第21話 演奏が終わって

 演奏が終わってステージが暗転した後、それぞれ、自分の楽器をアンプから外して、ステージ袖へと外れていく。完全に客席から見えない位置に来た時、押し留めてた感情が溢れ出てきた。


「ふぅ……っ」


 それは一つのため息になって表される。俺は、近くの壁に体を預け、肩の力を抜いた。


「お疲れ様。いい演奏だったわよ? 音無くん」

「先輩こそ、ナイス演奏でした」


 そう言い合って、ごつんと拳をぶつけ合う。先輩の表情は、やり切ったような、スッキリとしたような表情だった。

 多分それは俺も同じだ。疲れてるけど、どこか風が身体中を吹き抜けたような感覚。端的に言うと、すごく爽やかなものが体全身を包んでいる。


 その感覚、絶対表情にも出てる。それだけ強いモノなんだ、これは。


「ふふ、出し切った、って感じね。その様子だとやっぱりライブ形式での演奏は初めてかしら?」

「まぁ、そうですね。ピアノのコンクールでの演奏経験はありますけど、こういうバンド形式での演奏経験は……」

「本当に初めて……か。初めてにしては驚くほどの出来だったわよ? 貴方も、高垣さんも、ね」

「あはは、そう、ですか。確かに俺はともかく、高垣さんが本当にすごかった、な」

「ふにゅう……。あ、ありがとうございますぅ……」


 俺は……初めてだったとはいえ、先輩や飛猿と音を合わせるのに慣れてたから、ここまでできるのは当然かもしれない。

 けど、高垣さんはまだバンドに加入してから1ヶ月とちょっと。まだ俺より慣れない部分はあっただろう。けど、そんなのおくびにも出さないような、クリアで高度な演奏を見せてくれた。


 その高垣さんは、俺より体の力が抜けてしまったらしく、その場にへたり込んで力なく笑っている。

 暫く、そっとしといた方がいいかもな。


「いや御門氏。あの程度で疲れちまうなんてまだまだっすな。俺なんて慣れたもんだからもうクールに演奏しとりましたわ。経験者だし」

「……まだまだ未熟、って言うのには同意するけど、君だって楽しそうな感情爆発させてたじゃんか。演奏聴いてりゃわかるよ」

「ありゃ、バレてたか。こりゃちゃんと周りの演奏を聴いてて偉い奴だ」

「相変わらず、だな。君も」


 そうお互いに軽口を叩き合って、お互いの手を握り合う。ほんっと、飄々とした態度だけはいつも崩さないんだから。まぁそこが彼の好きなところなんだけど、さ。


「でも、本当に良かったです。ちゃんと盛り上がったみたいで。でも……」

「朝倉パイセン達のバンドのことか。まーあっちも盛り上がり凄かったしなぁ。やっぱ元から知られてるって事で勢い全然違いましたし。どっちが盛り上がってたかと言ったら、若干あっちの方かもな」

「そうだね。先輩もそうだけど、彼女達、やっぱりすごいや……」


 思い出されるのは、朝倉さんがボーカルをとって、明星先輩達がバックで演奏している光景。彼女達が演奏してるってだけで、あの盛り上がりよう。やっぱり長くバンドを組んでるだけあって、そこは全然違う。


 多分そこまで行くのに、相当な努力をしてきたんだろう。じゃなきゃ、そんなことできるはずない。学校で1番の人気バンドに上り詰めるなんてそんなこと、できないと思う。多分。


「ふふ、そうでしょう? 自慢の友達よ、あの子達は。……でも、自分の好きな曲で及ばなかったっていうのは、なんか悔しいわね。まだまだってことかしら?」

「そう、ですね。俺たちがもっと上手けりゃ、もっと良さを伝えられるはず、ですし……」

「いや俺はどアウェーとはいえアマバンドに及ばんかったのが悔しいわ。もっとやれるはずやでホンマ」

「ふ、ゆぅ。私、も。同じです。もっともっと活動していけば、誰にも負けないバンドに、なれると思いますし……」


 元気を少し取り戻した高垣さんを含め、それぞれが各々の心の内を口にする。それは、まだまだ自分たちは未熟。もっとやれるはずだ。というものだ。


「もうっ、何言ってんのさ。負けたのはこっちだよ」


 でも、それに異を唱える人が、1人。

 その声は、俺たちの後ろから聞こえてきた。


 振り向くと、朝倉さん、七音さん、香澄さんがいた。

 3人とも、少し悔しそうな笑顔でこちらを見ている。


「朝倉さん。どうしてここに?」

「君らが全然出てこないから迎えにきたんだ……って、今はそんなこと、どうだっていいよ。何さ。あんな演奏して、まだまだって……。向上心の塊なの?」

「いやそんなこと。てか、負けたって、どういう……? 観客の盛り上がりとかはそっちの方が上でしたし……」


 ちょっと貶してるような、でもそれでいて誉めているような、よくわからない口調。それは、彼女の中に、言い表せない何かがある、と思わされる。


「だって、みんなの知らない曲であの盛り上がりだよ? あれが私達だったらできるかどうかわかんないもん。君らの演奏技術は、私たちよりも上。それに……」


 そこまで言うと彼女は、少し俯いて言葉を途切れさせる。でも、気を落ち着けるように息を少し吸って、続ける。


「静ちゃん。すごく楽しそうだったもん。いや、私たちと演奏してる時も全力でやってくれてたってのはわかるんだ。けど、あんな顔、見たこと、なくて……っ、うぅぅ……っ」


 そして、朝倉さんは言葉を詰まらせてしまう。

 俯いた顔からは、水滴のようなものが垂れていて––––––、って。


「ふ、ぐっ……。ひぐっ……」


 泣いてんのか、コレ。

 いや、俺としては彼女達に「負けた」と思ってたから泣かれるのは想定外というかなんか罪悪感というか……って本当どうしましょ。


 なんか側から見たら俺が彼女を泣かせたみたいになってる。なんでって、こっち側で発言したの俺が最後だし。


 音響の人たちそんな目で見ないで。俺何も悪くない……と思うよ? 本当に。


 高垣さんはオロオロしてるし、飛猿は……あ、もっとダメだ。踊ってやがる。我関せずだ。

 てか何で踊ってんのさ。多分コレ聞いたら「踊るしかねぇ」とかいうわけわかんない答え返ってきそう。


「あぁもう。泣かないの芽衣子。確かにそう映ったかもしれないけど、それが貴女達との演奏が楽しくなかったなんて言ってるわけじゃないんだから」

「えぐ、ぐぅっ……。そんなこと、言ったってぇっ……」

「あなたに、みんなに私の好きな曲が伝わったっていうのが嬉しかったのよ。今まで教えてあげられる勇気も、機会もなかったし。あなたたちにそれを伝えられたことが、嬉しくて」


 明星先輩はふわりと朝倉さんを抱きしめて、ぽんぽんと頭を落ち着かせるように撫でる。そうされた影響か、朝倉さんが啜り泣く声も、いくばくが小さくなった。


「あなたたちに私の心惹かれた曲たちを知ってもらえれば、私の心の内をさらけ出せれば……、今後のバンド活動も、日常ももっと楽しくなると思って。だから、大丈夫よ。芽衣子」

「ふ、うぅっ……。ほんと……?」

「ええ、ホントよ? 嘘ついたら針千本飲んだっていいわ」


 そんなちょっと古めかしい文句を口にして、ふわりと柔らかく、先輩は笑う。

 その笑顔はとても儚げで。

 朝倉さんが少し羨ましく感じてしまうくらいには、綺麗な笑顔だった。


「ホントだね? じゃあ約束っ。ふぅ、言いたいこと言ったらスッキリしたよ」


 彼女は先輩の懐から顔を上げると、元気な、晴れやかな表情を見せる。

 彼女達が人気がある所以、なんかわかる気がする。

 そう思わされるほど、惹きつけられるものを感じさせる表情だった。


 朝倉さんはその表情そのままに、俺たちの方へと向き直る。


「てな訳で、君たちのこと認めてあげるよ。今回は差を見せつけられたようで悔しいけど……、次は私たちがもっと驚かせてあげる。ね、2人とも?」

「そうだね。次はこうはいかないよ。今度こそ正面から、見せつけてあげるからね」

「2人とも勢いあるなぁ。でも、次は負けたくない、っていうのは私も同じかな?」


 朝倉さんの言葉に続いて、七音さん、香澄さんも笑いながら朝倉さんの言葉を肯定する。

 で、それに対して俺といえば。


「そもそも、俺たちは負けたような気がしてましたしなんとも言えないですけど……、でも、認めてもらえたなら、嬉しいです」


 そう言葉にすると、自然と笑顔が漏れた。ちょっと嬉しいような、爽やかなような、そんな優しい感覚に包まれる。

 朝倉さんはそんな俺の笑顔が少し意外だったのか、少し目を見開いて、俯く。


「へぇ、結構可愛い笑顔するじゃん」なんて七音さんが言ってたけど、聞かなかったことにする。なんか嫌な予感したから。


「おいおい御門氏。そこは『上等じゃいいてかましたろかヴォケェ』くらい言いなさいな。あれ宣戦布告みたいなものだぜ」

「……なんちゅう喧嘩腰だよ。そこまでは思ってないんだけど」

「確かに、そこまでは言い過ぎかもですけど……。あなた方がその気なら、負けたくは、ない、です……!」


 横から飛猿が何やら物騒な冗談を言ってるけど、あれだ。朝倉さん達の言葉に対して、彼なりにしっかりと答えたのだろう。高垣さんも少しおどついてるけど、同じ気持ちらしい。


「ふふ、いいライバルがお互いできたみたいね。これから楽しくなりそう。ね、音無くん?」


 そんな会話を横で静かに聞いていた明星先輩が、そう、笑って俺に語りかけてくる。

 まぁ、俺だって、飛猿達と同じ気持ちだ。

 認めてくれて、「次は負けないよ」なんて言われたら、こう思うのは当然だろう。


「そう、ですね。もっともっと、『音楽』に身が入りそうです。それじゃあ––––––こっちだって負けませんよ。朝倉さん。次はもっと、驚かせてやりますから」


 そう言って俺は、再び笑う。

 今度の笑みは、不敵な笑み……にしたつもりだ。


「っ。言ったね。じゃあ、これからライバルとして、よろしく」


 そういうと、俺に向かって彼女は手を差し出す。

 その手を俺は、少し強く握って、返した。

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