第20話 本番 Part2
「次は私ね。ご苦労様、音無くん」
「はい。じゃあ、よろしく頼みます。先輩」
明星先輩は俺に一つ、労いの言葉をかけてくれた後、俺のキーボードについていたマイクを取る。そして中央のマイクスタンドに付け替える。
さて、次の曲は彼女がボーカル。ようやくこのバンド本来の構成に戻った訳だ。
だからさっきよりもっと、驚かせてやる。なんて、改めて意気込む。
『ん、あー、あ。……うん。大丈夫みたいね。よかった』
そう、先輩は簡単にマイクテストを行なって、言葉を続ける。
『次のボーカルは、私、明星がとります。いつものバンドのイメージがあるだろうから、ちょっと意外に思われるかもしれないけれど……ね』
先輩がマイクの前に立ったのを見て、観客がまた、ざわつきだすのが分かる。やはりこの感じだと彼女、こういった場でボーカル、取った事ないのか。
そんな事を考えていると、客席の前あたりから朝倉さんの声で「静ちゃんが……ボーカル?」なんて意外そうな声が聞こえてきた。やっぱり同じバンドの朝倉さん達にも、そのようなイメージはなかった、と言う事だろう。
先輩は観客の反応を見て、少し苦笑い。そうね。意外、よね。と、マイクに拾われない程の小声で呟く。
でも、すぐに気を取り直して、話を続ける。
『でも、さっき以上のものを見せるつもりだから、聴いてくれると嬉しいです。次の曲は、少し大人受けするような曲。静かだけど、すごくカッコいいって思う曲です』
そして彼女は、一つ息を吸う。
そして、微かに微笑んで、続けた。
『それでは、TotoのGeorgy Porgyです。どうぞ』
そう言った後、飛猿がワン、ツー、スリー、フォー、とリズムを取る。それに合わせて俺は、イントロのキーボードラインを奏でていく。
その時ちょっと、観客が驚いたような反応になった。
この曲、全体を通してギターよりもキーボード、ベースが前に出てくる曲だ。この曲だって、イントロはキーボードがメインだし。
まぁ、Totoの楽曲はこれに限らず結構そういったものは多い。でもだからこそそれがTotoの音楽をより独特なものにしてると思うし、より他にはないかっこよさを生み出してると思う。
そのかっこよさを、うまく伝えられたという事だろうか。そう思うと、演奏し始めなのに少し嬉しい気持ちになる。
でも、まだこの曲は始まったばかりだ。本当にこの曲がすごいのは、ここから。
イントロが終わると、高垣さんのベースと、先輩のボーカルが加わる。
この曲はTotoのAORの代表の一角とも呼べる曲。少し都会的で静かな夜、という情景が頭の中に自ずと浮かんでくる曲だ。
ストレートなロックみたいにガツンと盛り上がるわけではないけど、静かに、おしゃれにキメるその雰囲気がもう最高にかっこいい。
でも、この曲、その雰囲気を上手く引き出した上で弾くのが死ぬほど難しい。まぁTotoのメンバーが揃いも揃って凄腕のスタジオミュージシャンばかりだから、素の演奏技術がなし得てるものなのかな、とも思えるけど。
でも、弾く以上は自分たちなりに洗練させた「音」で、この曲の雰囲気を十二分に引き出そう。そんな思いで練習を重ねてきたし、今、全力で弾いてる。
先輩の甘く、少し洒落たような雰囲気を意識したボーカルと、時折聞こえるギターのカッティング、高垣さんと飛猿の、曲を支えるしっかりとしたリズムのベースとドラム。そして俺も、みんなが奏でる音に合うよう、旋律を重ねていく。
みんなそれぞれ、全力で弾いているのが分かる。
だから、だろうか。今まで弾いてきた中で、一番完成度が高いような気がする。
先にこの曲は、キーボードが前に出る曲と言ったけど、それだけじゃない。全体的に楽器の音のバランスがとてもよくとれた曲だ。と思う。
それぞれの楽器が、それぞれ主張すべきところで出てきて、また、重なり合って一つの曲として形を成している。だから、こんなにカッコよく仕上がっているんだろうな。
もちろん、それをこなすのは難しいことだし、それを成そうとして今まで何度もつまづいてきた。けど、
それを今、俺たちは、これまで演奏してきた中で一番、完成に近い形で演奏できている。
そんな音が、鳴り響いている。
客席から、「カッコいい」とか、「この感じ、好きだな」という声が聞こえてくるたび、それを心の中で実感する。
体全身が泡立ってくる。自分が伝えたかったことが、ちゃんと伝えられたようですごく嬉しい。
それは、みんなも同じみたいで。
演奏に更に力が入ったような、そんな気がした。
そして演奏は中盤に差し掛かる。
この曲は曲の中間部と最終部に女性ボーカルが入るパートがある。先輩はそれを、呟くように歌い始める。
……いや、ね。なんだろう。色気がすごい。
いや、この曲、調べてみると元々女性を口説くような、そんな歌詞らしい。そんな歌詞を女の子が惚れてしまうような雰囲気を持つ先輩が歌っているのだから、そもそもの雰囲気がもうこの曲とマッチしていたんだけど。
それが更にぴたりと当てはまってしまったような、そんな感じ。一ミリ寸分違わずもうピッタリと。
ボーカルを一通り歌い終わって、先輩はくるり、と後ろを向く。
ドラム、ベース、キーボードがリズムを合わせて音を大きく鳴らした瞬間、観客がワッと盛り上がったのがわかった。
うん、気持ちはよく分かる。おっそろしいほどカッコよかったもん今の先輩。
そしてギターリフが主張する間奏に入る。このリフがまたもんのすっごくカッコいいんだけど……、あぁ、やっぱり。先輩、この曲の魅力に完全に浸かってる。
この少し静かで、それでいてすごくお洒落でイカした曲の魅力にどっぷりと、だ。歌う時の体の使い方からそれがありありと伝わってくる。
めっちゃいい笑顔してるもの。Taxmanを弾いてた高垣さんと全く同じような、そんな笑顔だ。ギターの音色も心なしかイキイキしてるように見える。
まぁ、きっと俺たちも同じ顔、してるんだろうな。だってみんなで奏でるこの音が、とてつもなく楽しいもの。
それをステージの上でやれてるんだから尚更だ。
そんな気持ちのまま、演奏して、歌う。
多分、まだ足りないのだろう。俺たちじゃまだまだこの曲の魅力の半分も伝えきれてないのかもしれない。一曲目のbadgeもそう。まだまだ到達するべき所は、高い。
でも、だからこそもっと、更に、良さを伝えたい––––––!
そう思うのはきっと、ステージの上にいるからだ。軽音部員だけとはいえ、大勢の人が聞いているからこそ、こんな気持ちになれる。
そう心で感じながら、改めて演奏に力を入れる。
最後の先輩のボーカルが終わって、俺、飛猿、高垣さんの3人で曲を締める。
一呼吸置いて、大きな拍手が起こった。
少しだけでも、俺たちの演奏で、観客に伝わったってことだろうか?
そう思うと、とても嬉しくて、俺は。
思い切り深く、お辞儀。
それには、少し力が籠ってたと思う。
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