第19話 本番 Part1
「お疲れ様です先輩。いい演奏でしたよ」
「あら、ありがとう音無くん。楽しんでくれたなら嬉しいわ」
朝倉さん達の演奏が終わってすぐ、俺たちは足早に舞台袖へと向かった。そこで、今しがた演奏を終えたばかりの明星先輩と合流する。
先輩に労いの言葉をかけながら、軽く俺の前に突き出された手にハイタッチ。なんとなく、先輩の考えてることがわかるようになってきた。
「しっかり全力で演奏してたの、伝わりましたから。次は俺たちとの演奏ですけど、体力の方は大丈夫ですか?」
「ふふ、大丈夫よ。まだまだ元気だし、なんなら体が温まってきたくらいよ。さぁ、準備ができたら行きましょう」
「お、やる気満々っすねー。いいぞ頑張れ静サマ」
「……平手くん。その呼び方、やめてくれると嬉しいわ。あまり好きじゃないのよ。ファンの子達はそう呼ぶけれど……」
飛猿の意地悪な言葉に、先輩は少し苦笑いになる。
「静様」というのは先の彼女の演奏中に聞こえてきた歓声にあったもの。主に女性の声が多かったように思う……てか男性の声でこれ言ってるの、なかったんじゃなかろうか。
おそらく、先輩には女子中心に一定の固定ファンがいるのだろう。側から見たらなんかアイドルみたいでちょっと変な気持ちになるけれど。
でも、そのファン達が「静様」なんて呼ぶのもわかる気がする。彼女、普段はいわずもがな、演奏してる姿は更にクールな雰囲気だから。
素の顔立ちの良さもあってか、ギターを静かに弾いてる時なんてもう大人のカッコいいお姉さんのようだ。女性のファンが多いのも頷ける。
「そう、なんですか? 先輩の雰囲気を上手く表してていいと思いますよ。静様?」
「音無君まで……。やめなさい。んもうっ」
「あてっ」
恥ずかしさから顔を軽く紅くした先輩は軽く俺の額を指で弾く。いや、まぁ仕方ない。こんな先輩新鮮だったものだから、少しからかいたくなったのだ。
どこか彼女は精神年齢が俺たちより高めのお姉さん、みたいな印象を受けてた。けど、こうしたことで恥ずかしがったりするところを見ると、意外と年相応なところもあるんだな、なんて思ってほっこりする。
「あ、ようやく集まった! 次、演奏する子達よね? 準備はもうできてるから、ステージに上がってもいいわよー」
そんな顧問の先生の声が、俺たちを現実に引き戻す。
俺たちの目の前に、眼鏡をかけた若い女の先生が駆け寄ってくる。少しゆるりとした雰囲気を持つ人だけど、これでハードロック、ヘビメタが好きって言うんだから人は見かけによらないと常々思わされる。
「あ、はい。わかりました。さ、行こっか、みんな」
俺はそう、飛猿と高垣さんに語りかける。
「お、ようやくけ。んじゃま頑張りましょうかね高垣氏」
「は、はい! 頑張りまひゅ……って、あぅ」
「気合十分みたいっすな。高垣氏はそんくらいが素って感じでいいと思うで」
「はわ。ありがとうございま、す……?」
そんな飛猿と高垣さんのやりとりに少し笑顔にさせられつつ、2人とも大丈夫みたいだな、なんて達観したことを考える。
さて、みんなを待たせてるし、そろそろ行かなくちゃ。
そう自分に言い聞かせて、光が照らされるステージに上がる。
そこからは、いつも通り、楽器のセッティングだ。
俺はキーボード、先輩はギター、高垣さんはベースをアンプに繋いで音出しをする。飛猿は据え置きのドラムセットに座ってなんか適当に叩いてる。
先輩がステージに出てきて、チューニングを始めた瞬間客席がざわつくのが音でわかる。
そりゃそうだ。だって一年生中心の新興バンドに、そこそこ技術的にも人気的にも名の知れた人がいたら、そりゃ驚きもする。
そしてその驚きは、このバンドはどんな演奏をするんだろう、と言う興味に変わっていく。彼女がいるバンドなのだから、面白い演奏がみれるのではないか、と言う期待。
客席から漏れて聞こえてくる声が、それを実感させる。
ハードルがどんどん上がっていくのを肌で感じるけど、むしろ緊張するのと同じくらいワクワクする。その壁、思いっきり踏み越えて更に驚かせてやる、なんて思うくらい、体全身がたぎってくる。
それはみんなも同じみたいで、各自各々、少し笑いながら、ワクワクしたような表情で作業を進めていく。
みんなが準備を終えたのを見て、マイクを取る。進行役は俺だ。なんで俺かはよくわからないけど。
「こんにちは。お初でございます。新興バンドfour leaf cloverです。どうぞよろしく」
そう言ってぺこり、と頭を下げる。それに合わせて横の3人も合わせてお辞儀。飛猿あたりがふざけるんじゃないかとも思ったけど、そんなことはなかった。
「俺たちがこれから演奏する曲は、ちょっと古めの曲です。ちょっと流行からは逸れてるかも。でも––––––、今も多くの人を惹きつける名曲です。その魅力を伝えられるよう、全力で演奏するので、ヨロシク」
そう、伝えたい事を伝えた後、改めてお辞儀をすると、ギターの音色がCメジャーの音で聞こえる。見ると、明星先輩が柔らかい笑顔で微笑んでいた。
それに続いてベースの音、ドラムの音が軽く聞こえる。見ると飛猿、高垣さんも同じように笑っていた。おそらく、俺の挨拶が少し堅苦しかったものだから、彼らなりに場を盛り上げようとしたのだろう。
「ありがとう」とそれぞれに伝えて、キーボードの方へ移動する。
「じゃあ一曲目。Creamのbadgeです」
そう、簡潔に伝えて、高垣さんにアイコンタクトを送る。彼女は俺の目を見ると、少し体を揺らしてリズムを取りながら、イントロのベースを弾き始めた。
そして、イントロを高垣さんが弾き終えると、ギター、ドラム、ピアノが合わさる。
その瞬間、音の厚みがぐっ、と増したのがわかった。
あぁ、これだ。何度経験しても鳥肌が立つし、笑っちゃうほど楽しい。
先輩と2人で、飛猿と3人で演奏した時も勿論楽しかったけど、いま奏でられてる音は、それとは全く別次元のものだ。
完成により近づけられた音。俺たちは今、それを奏でている。それが何よりも嬉しいし、楽しい。
大勢の前で緊張してる気持ちが吹っ飛んでしまうような、そんな気持ちにさせられる。
でも、その快感そのままに歌うってわけにはいかない。平静を装いながら、俺はこの曲の歌詞を、ピアノに合わせて歌っていく。
ちょっとスロウなテンポで、ゆったりとしたパート。その雰囲気を大事にしながら、ピアノの音を、ボーカルを合わせていく。
そうだ。このゆったりとしたパートが、よく荒ぶってた心を落ち着かせてくれたっけ。そう思うと、肩の力が抜けて、いい声が出た。気がする。
観客の反応は正直気にする余裕がないけれど、少し「おぉ」と言う声が聞こえたのはわかった。
でも、まだ、ここからだ。1番の聞きどころは、ここから。
メロディを弾き終わり、少し間が置かれる。そして、
badge1番の聞きどころのあの、爽やかなギターフレーズが、先輩の澄んだギターの音色とともに紡がれる。
その瞬間、わぁっ、と言う驚きの声が響いた。
先輩の嬉しそうな顔がチラリと見える。そりゃそうだろう。自分が心打たれたフレーズが、他人にも理解してもらえた。そう思うだけで、もう最高の気分だろう。俺だってそうだ。
でも、まだ、それだけじゃない。
その後、飛猿のリズミカルなドラムに、高垣さんのベースラインがギターに重なる。
そう、この曲の聞きどころは確かにギターフレーズなんだけど、それだけじゃない。ギターのフレーズが、ベースラインが、ドラムが、この曲特有の晴れ渡るような音を作り出している。
そして、あの3人は、その曲の雰囲気を見事なまでに再現していた。
やっぱりすげえや、この人たち。そう思うと、思わず顔が綻んでしまう。
負けてらんない。確かにこのパートはピアノは出てこない。けど、その曲の雰囲気にうまく合うように、ボーカルを合わせていく。
観客の熱が、静かに盛り上がっていくのがわかった。ちゃんと、この曲の魅力が、伝わってるって事でいいのかな? そうであったなら、すごく嬉しい。
そして、最後のパートを歌って、弾き切る。
熱のこもった拍手、歓声は、さらに大きなものになった。
よし、手応えはバッチリ。
でも、まだこれだけじゃない。次の曲で、もっと。
もっと驚かせて見せる。そう意気込んだ。
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