第17話 本番直前のやりとり
「おはようさん御門氏。よく眠れました?」
「まぁ、なんとかいつも通りには。でもやっぱり緊張はするよ」
「まぁ、でしょうな。でもそりゃ必死に練習した証左でもあるんだから、自信持ちなされ」
「ん、そうだね。自信持っていくよ。それに……なんだろうね。不安だけど、めちゃくちゃ楽しみなんだ。演奏するの」
バンド名が正式に決まって、さらに2、3週間が経った頃。夏休み真っ盛り、暦は8月を回ったところだ。
今日は軽音部の中間発表の日。俺と飛猿は先輩と高垣さんより先に会場である体育館に足を運んでいる。ちらほらと、部員が集まり始めた頃だ。
そして今日は、朝倉さんたちと対バンの約束をした日でもある。
正直昨日は不安と楽しみがない混ぜになって中々寝付けなかった……けど、全体的なコンディションは悪くないと思う。練習の成果を発揮する時だ。
––––––さて、ベース担当の高垣さんが加入して、バンド名が正式に決まった後、俺たちはただひたすら、音をしっかり一つに纏め上げられるように練習を重ねた。
みんなで通しで音を合わせて、「少し全体的にスローだからテンポを上げようか」とか「ちょっと走り過ぎたな」なんて意見を出し合って、繰り返し繰り返し曲を弾いた。
正直、これだけでもめっちゃ楽しかった。だって漸く、バンドらしい形で、バンドらしい音が出せたのだから。
それに、一曲通して弾きこなせた時なんて、もう、最高だ。2週間経った今でもその気持ちは褪せることがない。
「……ん、そうだろな。御門氏と先輩……、高垣氏もだけど、めちゃくちゃ楽しそうだったもんな音合わせの時。その気持ち、リスナーに存分にぶつけたらいいんじゃねっすか?」
「おう。そのつもり。あとは……、朝倉さんたちが俺たちの演奏聞いてどんな顔するか、ちょっと想像するとワクワクするよ」
「お、邪悪な笑み。いいね。俺もおんなじこと思っとったわ」
「へへ、だろ?」
過去の名曲を聴いて、彼女たちはどんな反応をするのだろう? そう思うと、少しニヤケっ面が表に出てしまう。それは飛猿も同じようで、不敵な笑みを浮かべる。
もう、「リスナーたちにそっぽを向かれてしまうんじゃないか」なんて思わない。偉大な曲たちの魅力を、思い切り伝えよう。伝わればきっと理解してくれる、という気概と自信があるから。
「あら、気合十分って感じで安心したわ。おはよう、音無くん。それに平手くんもね」
「あ、おはようございま––––––うぉ」
「ふふ、びっくりした?」
明星先輩の声が聞こえたので挨拶をしつつ、振り返る……と、つん、と指で頬を突っつかれる。
片足に重心を預けて、少しいたずらな笑顔で微笑む先輩。なんかクールな雰囲気がすごい。ほんと何やってもカッコ良く映るなこの人。
「……随分とお茶目なことしますね。意外ですよ。って、高垣さんはまだ、ですか?」
「あら、まだ来てなかったの……って、いるじゃない。ほら、あそこに」
「え、何処……って、あ、本当だ」
目を凝らして見てみると、確かに高垣さんの後ろ姿が見えた。隅っこにいるから気がつかなかった。
……つか、大丈夫か? なんか小刻みに震えてる気がするんだけど。
とりあえず、声をかけて見ないことには始まらないか。そう考えて、彼女に近づいていく。
「た、高垣さん。おはようございます」
「人、人、人……はむひゅぅぅううっっ!!?? んむ、こほ、けほっ、こほっ!! あふ、音無くん!? おぉ、おはようございますっ!」
周りがびっくりするくらいの大声と一緒に、彼女は体を飛び上がらせる。
あぁ、うん。なんかめちゃくちゃ緊張してることだけは分かった。今のアレだ。緊張をほぐす願掛けだ。人って3回手に書いて飲み込むやつ。
彼女、俺たちと初めて会った時もかなり緊張してたっぽいし、人前に立つことがあまり得意じゃないのかもしれないな。
「大丈夫、ですか? やっぱり、不安?」
「は、はい。こうして人前で演奏するの、初めてで……。それに、いつも、音楽の趣味、理解されては来ませんでしたから、余計っ……。あぁいやっ、楽しみではあるんですけど」
あぁ、そっか。彼女もちょっと前の俺とおんなじなのか。どこか、何か親近感を感じてたのは、それか。
なら今度は、俺が飛猿に励まされたように、彼女を励ましてやらなくちゃ。
「––––––大丈夫ですよ。俺もおんなじです。一曲目の歌、上手く歌えるかどうか、みんなが顔顰めやしないかどうかめちゃくちゃ不安ですし」
「は、う。そうなん、ですか?」
「はい。でも……、先輩が教えてくれたんですから、今はある程度自信持ってます。それに––––––」
まぁ、俺の歌声は先輩曰く、「声の使い方が上手くないが故に下手に聞こえてしまう」ものであって、決して音痴ではないらしい。そこの矯正は彼女にみっちりしごかれたから、ある程度のものにはなった……と、思いたい。
まぁ、そこは今はどうでもいい。それよりも、もっと。
彼女に伝えたいことは、別にある。
「俺たちが必死になりゃ、きっと観客にも、その曲の魅力が伝わるって信じてますから。だって、CreamとTotoですよ? 魅力の塊だ。見向きされないなんてそんな訳、ないじゃないですか」
「––––––凄いです。そこまで、自信、持てるなんて……」
「まぁこれ、飛猿のやつの受け売りですけどね。これがなきゃ俺だって、高垣さんとそう変わりゃしませんよ」
「それでも、です。しっかりと自分の趣味に自信を持ってなきゃ、その言葉すら、心に入ってきませんから。それにちゃんと、自分だけのものじゃないって言えるところも……」
彼女はそこまで言うと、すう、と目を閉じて深呼吸をする。そして、自然な笑みを浮かべる。
それは、いままで彼女を見てきた中で、一番落ち着いた動きだった。
「ありがとう、ございます。貴方のおかげで少し、自信が持てました」
「そっか、ならよかったで––––––って、痛いです。先輩」
「あらそう。まぁ、よかったわ。高垣さん、プレッシャーに潰されそうで少し心配だったもの。ありがとうね音無くん?」
「それならこの耳引っ張ってる手を離してくれます? ヒリヒリするんですけど」
「イヤよ。少なくともこの複雑な気持ちが収まるまでは、ね」
複雑な気持ち……ってなんなんでしょうね。少なくとも高垣さんの事を心配してたけど、問題ないようでよかったって思ってるってことはわかるけど。
他はさっぱりわかんないですよ。
「––––––御門氏って案外……ってこれ以上は言うのやめときましょ。それより、お相手が来たみたいっすよ」
「あ、本当だ。あれ、朝倉さん達……みたいだ」
少し遠くの入り口から、女の子3人が入ってくる姿が見える。朝倉さんと、七音さん、それと……香澄さん、だっけか。
こちらの存在……、というか先輩がいることに気が付いたのか、朝倉さんはこちらに向かって駆け寄ってきた。
そして、勢いそのまま、飛びつくようにぎゅっ、と先輩に抱きつく。
「静ちゃーんっ!! おっはよっ!!」
「っ、とと。ふふ、今日も相変わらず元気ね、芽衣子」
「当たり前だよ! 今日のために昨日は早く寝て、いっぱい睡眠とってきたんだから。元気いっぱいだよ!」
そう言うと、彼女は屈託ない笑顔を先輩に向ける。純粋で、素の自分をそのまま見せているかのようだ。
それにつられるように、先輩も優しげな笑顔を朝倉さんに向ける。
……なんか朝倉さんってこのバンドメンバー以外にも友達多そうだな。おそらく誰にでも分け隔てなく、素の態度で接することができる人なんだろうから。まぁ、今はどうでもいいことなのかもしれないけどさ。
「全く、いきなり走り出さないの。ついてくの大変なんだからね。もう」
「まぁまぁ美優ちゃん。そう言わないで。メイちゃんの気持ちも、私はわかるからさ」
そして、七音さんと香澄さんも、遅れて此方にやってくる。
全員が揃ったところで、俺と飛猿、高垣さんの存在に気付いたのか、こちらに体を向ける。
「1ヶ月ぶりかな? 久しぶりだね。音無くん、平手くん。そこにいる女の子は……」
「高垣楓さん。新しく入ったベースの人ですよ」
「そっか。よろしくね、楓ちゃん」
そう言われて、高垣さんは「よろしくお願いしますっ……」と言う言葉と共にぺこっ、と頭を下げる。
朝倉さんは高垣さんに快活な笑顔を送ると、俺たちの方に視線を戻す。
「ま、今日はよろしくね。対決って形だけど、お互い楽しくやろうよ。でも……、負けるつもりはないよ。静ちゃんの音を上手く活かせるのは、私たちの方だから」
そして、今度は挑戦的で、挑発的な表情を、腕を組みながら送ってくる。よっぽどの自信を持ってる証だ。
そんな自信に気圧される––––––のは、過去の俺の話だ。
あの日、先輩は「こっちでやる演奏は今までの中でも特別」と言ってくれた。
その言葉があるから、下手な演奏なんてするわけにはいかないってのもあるし、それに。
俺、飛猿、高垣さんなら、絶対大丈夫。彼女と上手くやれる。そう思えるから、だから、
「そう、ですか。でも、こっちも負ける気、ありませんよ? 思いっきり驚かせちゃうような演奏、するつもりですから」
不敵な笑みで、そう言い放った。
「っ……! 言うね、本当に––––––!」
「可愛い顔して大胆だねぇ、君。ふふ、楽しくなりそうっ……!」
彼女達も、競争心をくすぐられたみたいだ。そうだ。きっとそうじゃなきゃ面白くない。
さぁ、後には引けなくなったな。そう思って一つ、自身に思い切り喝を心の中で、入れた。
「……あら、御門氏似合わないわね」
「ちょっとサル。今いい雰囲気だったんだけど?」
「おう、こう言うノリが好きなの察して」
……ま、こんな風に飛猿のやつがムードクラッシュしなけりゃ、いい雰囲気で締められたんだけどな。
まぁこれはどうでもいい話だ。
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