第16話  四つ葉のクローバー

 さぁ、演目も決まって早速みんなで練習開始……とは、今回の場合ならなかった。

 なんでってそりゃ、目下に期末テストが控えてたからだ。流石に学生の本分勉強を疎かにするわけにはいかない。

 俺と飛猿、高垣さんは自分の勉強に時間をかけるようになったし、明星先輩も先輩で「芽衣子の学力底上げ勉強会」なるものがあるとの事だったし。


 てか朝倉さん勉強苦手なんですね。全然想像……いや、着くな。申し訳ないけど。


 なんかみんなに囲まれて色々教わりつつも、問題に四苦八苦しつつ騒いでるシーンが思い起こされる。

 ちゃんとした面識があのカフェの一件しかないはずなのにここまで鮮明にイメージできるのは、あの時見た彼女の裏表のなさそうな態度からなのかな。いやよくわかんないけど。


 とにかく、そんなわけで中々全員集まる機会もなく、テスト期間は過ぎていってしまった……けど、個人的なスキルを高める分には、この期間はまたとないチャンスだった。


 確かにテスト勉強の隙間時間での練習になるので、いつもより練習時間が少なくなるのは確か。けど、各個人での練習だったから、その分自分の演奏を客観的により良く聞き、より深く自己分析することができた。

 故に、練習時間は少ないけど、その分練度の高い自主練習ができたんじゃないか、なんて思える。


 ……まぁ、こんなこと思えるのも、全て一緒に演奏する仲間がいるからこそ、だろうな。いくら個人で練習できても、それを発揮する場がなきゃ、なんか虚しいだけだし。


 と、まぁそんな感じで時間が過ぎて、長いようで短かったテスト期間が終わった日の放課後。

 各々の自主練の成果を見せるため、久し振りにみんなで放課後に集まって音合わせを行うことにした。


「で、皆さんこの2週間でどんくらい弾けるようになってますの? 一応俺はGeorgy Porgyの方、なんとかいい感じに叩けるように仕上げてきましたけど……」


 まずそう切り出したのは飛猿だ。badgeを練習した時もそうだったけど、やはりコイツは一曲を弾けるようになるまでが凄く速い。一から覚え始めてものの2週間でしっかり弾けるようになるなんて、中々できることじゃないと思う。そこはやはり流石と言うべきか。


「まぁ、俺は元々弾いたことがあったから、覚えるのにそこまで時間はかからなかったよ。先輩はどうですか?」

「私もそんな感じよ。だからみんなで演奏する分には問題ないくらいなんじゃないかしら。それよりやっぱり一つ、気になるのは……」

「私、ですよね。メンバーになった、ばっかりですし」 


 高垣さんはそう言うと、少ししゅんとした表情になる。

 いや、別に高垣さんの技量を疑ってるわけではないんだけど。というか彼女の演奏を聞けば疑うなんてそんなこと、するはずもないというか。


 ただ、彼女は俺たちのバンドに入ったばかり。Georgy Porgyに加えて、badgeも覚えなくてはならない。


 単純に考えて俺たちより負担が2倍かかってしまっているわけだ。故に、彼女のキャパシティの上でも大丈夫なのか心配になるのは当然のこと、だと思う。


 テスト週間に入る前に彼女は「大丈夫です」とは言っていたから二曲とも練習してもらってはいる。けど、それでもやっぱり負担になっているのではないか、不安だ。


「まぁ、君の実力はよくわかってるけどな。実質、俺たちより一個多くの曲を覚えなきゃいけないわけだしな。君の負担が大きくなってないか心配なんだよ。大丈夫か? もし大変なら色々やりやすいように手は講じるぞ」


 そして、それは飛猿も同じだったみたいだ。少し心配そうに高垣さんの顔を覗き見る。


 まぁ、2曲覚えることが彼女にとって負担なのだとしたら、最悪Georgy Porgyのベースを中心に覚えてもらって、badgeは今までの練習通り俺がベースラインをキーボードで弾けばいいかな、なんで考えている。

 だからなんとかなる……とは思う。けど、純粋なベースで奏でるわけではないから、どうしても迫力に欠けてしまう。


 まぁ、それは仕方ないことなんだろうな––––––。なんて思ってた。けど、


「あ、はい。平手くん達の心配は最もですし、凄く嬉しいんです、けど……、Georgy Porgyは元々コピーしたこと、ありましたし。badgeの方は初めてでしたけど、知ってる曲でしたし、覚えるのにそんな時間はかからなかったので……」

「––––––なんとなく思いましたけど、高垣さんって飛猿と同じで天才型なんじゃ……」

「あぅ。いや、そんなこと、ない、ですよぅ……」


 高垣さんはふと呟いた俺の言葉が少し恥ずかしかったのか、少し顔を朱に染めて俯く。

 いや、まぁ彼女は大丈夫と言ってたのだからそれなりに自信はあったのだろうし、俺たちもそれに任せたのだから今更なところはあるけど、さ。


 それでも一から弾き始めた曲で「そこまで覚えるのに時間はかからなかった」なんて言われたら嫌でもそう思わざるを得ない。

 まさか飛猿に続いてこんな凄い人が入ってくるなんてな。どんな偶然だ。嬉しい誤算ではあるけど。


「……なんだ。問題ないみたいっすね。まぁこの前「やれます」なんて言ってたんだし、それなりにちゃんも自信はあったんだろな。アー、杞憂だったかー」

「でも、そうやって心配してあげるのは大事なことだと思うわよ? ともあれ、個々の演奏についてはみんな問題ないみたいだし、安心したわ。あとは––––––」


 そこまで言うと、明星先輩は少し考え込む仕草を取る。何か他に足りないものがある、と言いたげな表情だ。

 他に俺たちのバンドにおいての懸念点、足りないことと言えば、なんだっけ…………って、もしかして。


「バンド名、ですか?」

「ふふ、ご明察よ」


 先輩は察してもらえて満足なのか、朗らかな笑いを俺に向ける。可愛い––––––というか綺麗、だよな。先輩って。


「そう言えばまだ決めてませんでしたな。どんな名前にします? 俺としてはこのバンドの発起人である御門氏と先輩に決めてもらいたい感あるんすけど」

「わ、私も、みんなが満足するなら、なんでもいい、ですよ?」


 飛猿と高垣さんの意見はこんな感じ。いやいいのか。これ結構大事なことな気がするんだけど。

 まぁ、気持ちはわからなくはないけどさ。


「先輩、彼らはこう言ってますけど、どうします? 俺は先輩が決めてくださっても全然いいんですけど……」

「そうね。私が決めてもいいけど……それなら音無くん。私は貴方に決めてもらいたいわ」

「え、なんで、ですか?」


 突然、彼女自らご指名をいただきました。

 よく、わからないな。バンド名はそのグループの体を表す大事なものだ。そんなものを俺1人に委ねようなんて––––––。


「だって、貴方があそこでHotel Californiaを弾いてなかったら、あの日セッションしてなかったら––––––、私たち多分一緒に音楽なんてやってなかったと思うもの。そう思えばこのバンドができたのは、私からしたらあなたがきっかけなのよ」


 そう言われて思い出されるのは、彼女とセッションをしたあの瞬間。会って間もない俺に「セッションしないか」と誘ってきた彼女の笑顔が脳裏に思い起こされる。


 あの出会いは、そんなに彼女にとって大きいものだったんだ。まぁそうじゃなきゃ会った翌日にバンド組もうなんて言ってこないだろうけど。


 でも、こうして言葉にしてもらえると、やっぱり嬉しい。その思いが、彼女の笑顔を余計に眩しくする。


「だから、貴方に決めてもらいたいの。理由になってないかもしれないけど……、ダメ、かしら?」


 少し、自分の言い分が苦しいと思ったのか、先輩は困ったような笑みを浮かべる。うまく今の気持ちを言葉にできないのだろう。

 でも、彼女がちゃんとした気持ちを持ってるってことはわかるから、それでいいのだろう。


「わかりました。じゃあ、お言葉に甘えて。えぇと––––––」


 だから、せっかく決めさせてもらえるなら、いいものを考えつかないと。そう思って、ちょっと深く考え込む。


 ……こうして4人、似た趣味同じ趣味の人たちが集まれたのって、本当に幸運だよな。


 4人、幸運……、あ、思いついた。


「Four Leaf Cloverとか?」

「確か……、四つ葉のクローバーって意味、かしら。どうしてそれを?」

「いや、こうして4人、似た趣味の人、しかも古めの洋楽が好きなんて人たちに出会えたことってすごく幸運なことだと思って、そこから。ちょっとストレート過ぎかもしれませんけど……」


 ストレートが過ぎて、ダサい気がせんでもない。これなら普通に、幸運の花言葉に絡めた花の名前とか、4の数字に関係のあるカッコいい単語に捻りを加えた方が良いんじゃ……なんて思う。


「いいと思うわよ。 Four Leaf Clover四つ葉のクローバーね。直球だけど、どこかぴったりな感じで、すごくいいと思うわ」


 彼女は微笑んで、ぎゅっ、と俺の手を優しく両手で握る。突然柔らかい感触が両手を包むものだから、思い切り心臓が跳ねた。


 しばらくして彼女もそれに気づいたのか、ちょっと顔を紅くして「ふふ」と笑って誤魔化す。可愛いな。


「いいと思うで、しっかり意味も考えられてますしね。悪くないっすよ」

「四つ葉クローバー……。すごく、素敵だと思います。ダサいなんて、そんなことない、ですよ。音無くん」


 2人とも、肯定的な言葉をかけてくれる。

 もう、決まりみたいだな。


「決まり、ね。それじゃあ、新生バンド、 Four Leaf Cloverのメンバーとして、みんな、よろしくね」


 明星先輩は、俺の手をさらにきゅっ、と握って、

 今まで見せた中じゃ一番綺麗で明るい表情で、そう言った。

 

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