第15話 貴方のキーボードが聴きたいんです
一通り演奏を終えたあと、高垣さんは不安げに「どうでしたか……?」なんて聞いてきたけど、こっちからお願いしたいくらいのクオリティだったのは言うまでもない。
だってあの速弾きを指板を見ずに、かつ歌いながら弾きこなすなんて、普通にベースをやってるだけじゃできないことだと思うから。
これだけでも、彼女の能力はアマチュアのそれとは数段違う、と思う。
先輩は驚いた顔で彼女に詰め寄ってどんな練習をしたのかとか、少し興奮気味で質問攻めにしてたし、飛猿なんかは「アー、バケモンや、バケモンがいるー」なんて言いながら教室中転がり回ってたくらいだし。
先輩はともかくとして、飛猿の場合は褒めてるのか貶してるのかどっちなんだ、なんて側から見たら言いたくなるけど、多分前者。これは彼なりの褒め言葉だ。
まぁでも2人とも程々にな。高垣さん若干引き気味で涙目になってたし。
兎にも角にも、高垣さんを正式にメンバーとして招き入れることが決定したわけだ。
高垣さんは「本当に、いいんですか?」と不安そうだったが、逆にこっちからお願いしたいくらいだ、と言う旨を伝えたら、「なら、よかった」と、ぎこちなくも笑顔を見せてくれた。
その笑みはなんかどこか褒められ慣れてないような、そんな印象を受けて少し気になったけど、側に置いておこう。
で、今は4人で円になって、今度の中間発表会でやる曲について話し合おうということになってるわけだけど。
「4人になったから、色々できるようになりましたよね。何にしましょうか。悩みますよね」
「そうね。Beatlesもそうだし、deep purpleも、それこそpink floydみたいなプログレもできるし。ふふ、色々ありすぎて決めあぐねちゃうのも、かえって考えものかしら」
できる曲に幅が増えすぎて、逆に悩んでしまっている。まぁ、嬉しい、贅沢な悩みであるから嫌ではないんだけど。
こんな風に、どんな曲やろうか? あぁでもないこうでもない、なんて学校でできるなんて、1ヶ月、2ヶ月前には考えられなかったことだから、なんか嬉しいな。
そして、それは明星先輩も同じみたいで、すごく嬉しそうに笑いながら、俺の言葉に応えてくれる。
「まぁ、色々悩んでても仕方ないですし、なるべくパパッと決めちゃいましょう。飛猿、二曲目、やるとしたら何がいい?」
でも、いつまでも悩んでるわけにもいかない。さっさと決めてしまわねばならないのも事実だ。
俺と先輩じゃきっといつまで経っても決まらないだろうから、この中じゃ一番冷静であろう飛猿に意見を仰ぐ。
「うーむ。ま、さっき挙がったBeatlesとかいいんじゃないっすか? 御門氏やりたい言ってたし、高垣氏も大好きなバンドみたいですし。御門氏がリズムギターに回ればうまいこといくんじゃありません?」
「確かに、いいかもしれないわね。高垣さんのバイオリンベースの音を活かすにはもってこいだし、このメンバーみんなが好きなバンドであることは違いないわけだし、ね」
飛猿から出た提案は、この場においては最もな案だ。俺もかねてからやりたいと思ってたバンドだし、新しく入った高垣さんも入っていきやすいだろうし。
でも、その案は、一旦留め置かれることになる。
「あのぅ、すみません。申し訳ないんです、けど。私、今回は違うバンドの曲、やりたいなって思います」
他でもない、高垣さんによって、だ。
「? いいんですか? だって高垣さん、Beatlesに凄く思い入れある感じ–––––」
「は、ひゃうっ、すみませんっ! いや、その、えっとぉっ……。Beatlesが一番なのは確か、なんですけど、どうせなら文化祭とか、もっとおっきなところでやりたいなって……」
「あ、なるほど」
そっか。好きなバンドであるからこそ、その曲たちはもっと多くの、いろんな人に聴いてもらいたい。それなら、もっと大きな舞台で演奏したいと思うのは当然のことだ。
もっと大勢の人に、魅力を知ってもらいたい。その気持ちは、俺も持ち合わせていることだから、大いに共感できる。
「それに、私……、音無くんのキーボード、聴きたいんです」
「ん、俺の、ですか?」
「はい。ベースラインをなぞってる音が凄く、綺麗だった、から。本当にキーボードに専念したら、どうなんだろうなって」
俺の鍵盤が聴きたい。彼女はそう言った、のか?
ちょっと意外だ。演奏能力なら飛猿、学校での知名度なら明星先輩の方が全然上。俺なんか別に誰にも知られてるわけでもないし、演奏能力ももっと上手い人なんていくらでもいると思う、けどな。
「––––––あら、高垣さん。貴女いいところに目をつけるじゃない。彼のキーボード、凄いわよ? そうね。確かに聴かせて……、いいえ、一緒に演奏させてあげたいくらい」
「ふわ、本当ですか……?」
……高垣さんの期待の眼差しがものすごく痛い。あんまりハードル上げるような真似しないでくださいよ。
「先輩、そんなに褒めちぎんないでください恥ずかしいです。それに、そんないいもんじゃないですよ」
「……ま、君はもーちょい自分の演奏に自信持った方がいいで。君の演奏、そんな僻むほど下手じゃないし。むしろ誇れるくらいのものなんだから」
「……飛猿まで」
ま、俺ほどじゃねっすけどねー、なんて、彼らしい軽口を叩くけど、彼の言葉には俺に対する称賛の念が込められていることは、はっきりわかる。
まぁそれ自体は嬉しいんだけどさ。あんまり慣れてることじゃないから恥ずかしい。あんまり褒めすぎるのはやめてくれよ、もう。
「だから、お願いします。ここまで言われてる、貴方のキーボードが、聴きたいんです。ダメ、ですか……?」
困ったような顔で、上目遣いの高垣さん。この人、元が可愛いからそれだけで凄くドキッとさせられる。
––––––もう、仕方ないな……ってなんでこんな気持ちになってんでしょ。俺本職キーボードなのに。
「……でも、まぁ、俺は別に大丈夫ですよ。元々キーボードが本職なんだし、弾けるなら弾きたいですから」
「本当ですか? えへへ、ありがとうございます……」
「決まり、ね。それで演奏する曲についてだけど、やってみたい曲、思い浮かんだの。いいかしら?」
「いいですけど……なんですか?」
彼女はそう言うとニコリと笑って、落ち着きつつも、少しワクワクした声で、こう続けた。
「TotoのGeorgy Porgy、どうかしら? キーボードが前に出る曲だし、音無くん、好きだって言ってたから。ちょうどいいでしょう?」
「知ってます。あの、渋くてカッコいい曲です、よね。やってみたいです……!」
「いいんじゃねっすか? ジャズっぽくて。俺も好きですよ。故にやりましょ」
曲名を聞いた2人は、乗り気だ。元々好きな曲だったのか、嫌な顔ひとつ見せずに快諾する。
まぁ、その中で俺はといえば、
答えは一つしか思い浮かばない。
「いいですよ。大好きな曲、ですから。やるなら全力でやりましょう」
よし、これで演目決定。
あとは、練習するだけだ。
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「あ、そういえば、高垣さん入ったから別に俺、badgeのピアノのパート弾けますよね? ってなわけで先輩ボーカル……」
「ダ・メ・よ。そもそもあれ、2005年の再結成時のバージョン準拠でコピーしてなかったかしら? 別にスタジオ版のコピーでもいいけど、それでも貴方がボーカル取りなさい。弾き語り、出来ないわけじゃないでしょう?」
「……ですよね。知ってた」
うまく逃げの口実を作ったつもりだったけど、やっぱりダメでした。そうなんですよ2005年の再結成時のライブ、3人で演奏してるんですね。
だからなんなんだって話なんだけどさ。
まぁ、この話は、完全な余談だ。
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