第14話 楓のベース
「じゃあ、改めて自己紹介しましょうか。私の名前は明星静。そして右から順に、音無御門君、平手飛猿くん。どちらも貴女と同じ一年生よ。ほら、2人とも挨拶して」
「はい。よろしくお願いします。高垣さん」
「ん、よろしゅう」
明星先輩に促され、俺と飛猿は高垣さんに軽く挨拶をする。狭い部屋に、防音設備が施された部屋故か、軽く俺たちの声が部屋に反響する。
別にスタジオ自体に来ることは初めてじゃないんだけど、久しぶりなせいかどこか新鮮に感じるのは、感じ入りすぎだろうか。
……さて、場所は変わって、俺たちは飛猿の家の近く(らしい)にあるスタジオに来ている。
どうやらこの場所、飛猿が中学の頃に組んでたジャズバンドが懇意にしてたところらしい。故にヤツ自身このスタジオのオーナーに顔が効くんだとかなんとか。
故に、半ば飛び込みみたいになってしまったけれど、当日予約でもこうして部屋が取れた……、もとい、オーナーがなにかと工面してくれたわけだ。
ちなみに部屋代はしっかり3人で割り勘で払った。みんなで使うのだから、それは当たり前だ。
……まぁ、それは今は、どうでもいいことなのかもしれない。話の本題は別だ。
「は、はい、よろしく、お願いしますっ……」
目の前の女の子––––––、高垣楓さんは、緊張した面持ちで俺たちに合わせるように頭を下げる。
……うん。こうして見ると、ますますバンドでベースをやるようには見えない。
少しおどおどとした態度は可愛らしいけれど、人前に立って演奏をするってイメージとは程遠い。まぁ、俺が言えた義理ではないんだろうけど。
まぁ、でも、人は見かけによらないのだろう。現に、彼女の手には––––––、
ヘフナー社製のバイオリンベースが握られているのだから。
まぁ、もしかしなくても、アレだ。彼女の好きなバンドは、なんとなくだけど想像ができる。
「まぁ、挨拶はこの辺にしときましょうや。で、高垣さんが持ってるそれってバイオリンベースやろ? ってことはもしかして……」
「あ、はい。わかりますか……? 私、Beatlesの、特にポール・マッカートニーのベースが大好きで……って、もちろん他のバンドも好きなのはいっぱいありますけど、とりわけ……」
やっぱり、そうだったか。飛猿も納得したような顔をしている。
彼女が持っているバイオリンベースは、ポール・マッカートニーがBeatles時代に使っていたことで有名なベース。
wings時代は別のものを使っていたけど、最近またライブとかでお目にかかれるようになってきたものだ。
このベース、ネックがめちゃくちゃ重いらしいし、音も他のものと比べて結構柔らかいからか、使ってるバンドを見たことがない……ってか知らない。
故に、バイオリンベースを所持しているのを見れば、この人はBeatles、ポール・マッカートニーが好きである、ということは誰しも想像することだと思う。
「中学では、中々このこと話せる友達、いなくて。それは高校でも一緒だったんですけど……、ふと放課後に、Creamのbadgeを貴方たちが弾いてるのを影で見たことがあって、それで……」
「いても立ってもいられなくなった、でしょう? そう、私の方に昨日話をしに来てくれたのよ。あまりにも突然だったものだから、少し驚いたけれど、ね」
「はわ、すみませんっ……! ご迷惑なのは分かっていたんですけど、つい……!」
「いいのよ。私達もベース担当、探していたところだったし。音楽的趣味も共通してるから、別に迷惑ってわけでもないし」
そう。彼女のいう通り、俺たちにとってベース担当は喉から手が出るほど欲しかった存在。その候補となる人が現れただけでも、ありがたい限りなのだ。
それに、それを抜きにしても––––––、Beatlesのベースが好きな人に出会えたことは、俺にとっても嬉しいし。
「そうですよ。それに、俺もBeatlesのベース、すごく好きですから。もしベース始めることがあったら、真っ先にコピーしたいな、なんて……」
思ってるんですよ。そう、言おうとしたその時。
高垣さんの目が、カッ、と見開かれた気がした。
「そう、ですよねっ! ほんとすごいんですよポールのベース……! taxmanやsomethingのベースラインなんて、独特で、もうすごくかっこいいんですよ! あぁあと、I saw her standing thereみたいな流れるようなベースラインももう最高でっ! 初めて聞いた時、もう、ふわあぁって……!」
「うぉ」
「それにそれにっ、その後のwings時代もすごいんですよっ! rock showのベースライン弾きながら歌ってるの見て、もう、あれ、神業……! って思いましたし……!」
俺の言葉を聞いてスイッチが入ったのか、高垣さんは急に俺に向かって体を乗り出してくる。
さっき見せてたちょっと自信なさげな態度とは180度打って変わった態度。信じられないくらい饒舌だ。
「––––––って、ふぁわわっ! す、すみませんっ! 私ったらついっ……!」
「あ、いや、いいんですよ。熱く語れる人が増えて、正直嬉しいというか」
「そ、そうですか……? よかったぁ……」
彼女はヒートアップしてしまっていたことに気づいたのか、はっとなって不安げだったけど、すぐにホッとした表情になる。そこまで張り詰める必要、ないんだけどなぁ。
確かに少しびっくりするけど、ここまで熱く語れる人がいたっていうのは、正直嬉しい。Beatlesは父が大好きなバンドで、幼少期の頃から馴染みがあったものだ。
思えば、俺が洋楽にのめり込む「きっかけ」になったバンド。故に思い入れも強い。
明星先輩ともよく話はするけれど、また、そんな人に新しく出会えたと思うと、なんかすごくワクワクするというか。
わかるかな、この気持ち。分かってくれる人がいると嬉しいんだけど、さ。
「ふふ、熱意に関しては問題なさそうね。仲良くやっていけそうで、安心したわ。あとは……」
「どんな演奏をするか、ですな。して、高垣氏。なんか弾いてみてくれね? なんでもいいから」
「あ、そう、ですよね。ちょっと待ってて下さいっ!」
そう言うと彼女は、慌ただしく準備を始めていく。
ベースをアンプに繋いで、音量調整をして、チューニングをする。ワタワタとはしてるけれど、手つきは慣れたものを感じさせる。
日頃からしっかり弾いてるんだろうな。と思えるくらい、慌てつつも、手早く確実にそれらを済ませていく。
高垣さんは一通りの作業を終えると、こほん、と咳払いして、深呼吸する。
「じゃあ、Beatlesのtaxman、弾きます。よろしくお願いします……!」
そう言って、出だしの音を数回弾き、演奏を始める。
歌いながら弾いてる。歌声に関しては緊張からかかなり声がうわずってしまってるけど、弾き語りがしっかりできているのは正直すごいと思う。
この曲はジョージ・ハリスン作曲の楽曲だけど、ポールのベースが恐ろしいほど唸りをあげ、主張する曲だ。
この曲を幼い頃聴いた時、ベースやってみたいな、なんて思ったことがあるくらいには、カッコいいベースラインだと思う。勿論、ギターフレーズやドラムも独特で、お気に入りの曲の一つなんだけど。
特に中間にはかなり速弾きのところがあって、初心者じゃ絶対に弾けない……と思うけれど。
彼女はその中間部分さえ、難なく歌いながら弾きこなしていく。
指板を見ることなく、緊張しつつも曲の魅力に浸かるように、若干笑いながら、とても綺麗な運指で弾いていく。
この曲の中間部分のベースラインって、歌いながらできるものなんでしょうか……? なんて、そう思うと自然と、こんな言葉が溢れて、こぼれ落ちる。
「すげぇ、な––––––」
飛猿のときにも、出た言葉。自分の語彙力の無さを恥じるべきなんだろうけど、今はそんなの、気にならない。
攻撃的なベースだけど、流れるように繋がれていく彼女の「音」も、そのすごさをより引き立てていて。
思わず俺は、その演奏に見入っていた。
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