第13話 対面

 彼女に連れられて来たのは、先程のカフェからそこまで離れていないところにある、そこそこ大きな公園。ここでそのベース担当候補の人と落ち合う予定らしい。ただ、


「ちょっと、早く着きすぎたみたいね」

「そうみたいですね。何時ごろに落ち合う予定なんですか?」

「ええと……、12時ね。今は11時30分だから……」

「めっちゃ時間あるじゃないですか」


 どう考えても早く着きすぎました。予定時間までゆうに30分の余裕がある。どう時間潰しましょう。

 まぁ、俺たちもちょっと浮かれて足早に向かったところがあるから、先輩だけに原因があるとは言えないけれど。


「……む、確かに少しはやる気持ちがあったのは認めるけど、貴方たちだってそれは同じでしょう? 歩くスピード、いつもより早かったじゃない」

「あ、いや、別に責めてるつもりじゃ。俺も「楽しみ」っていう気持ちがあったのは確かにそうですし。ね、飛猿」

「まぁ、せやな。漸く王道なバンドの体を成せるかもしれないんだし。まぁ、お互い様ですよ……ってか、早く着くこと自体はそんな悪いことでもない気がするんですが」


 まぁ、言われてみればその通りだ。時間に遅れてしまうならともかくとして、早く着いたなら待ってればいいんだし。

 何か話でもして待ってれば、案外30分なんてすぐに過ぎるのかもしれないし、そんなにげんなりする時間でもないか。


「そう、ね。それじゃあ、今後の話でもして待ってましょうか。ちょうど中間発表の曲について、選曲をどうしようか考えてたところだしね」

「あーそういえば。2曲まで演奏できますもんね。一応今練習してる曲はCreamのBadgeですけど……」

「それは入れましょうや。せっかく練習してるんやし。あとはもう一曲をどうするか、でしょ」


 意外と、話のネタはすんなりと出て来た。3人とも、近くにある横長のベンチに座って腰を落ち着ける。

 そう。中間発表会の時に演奏する曲について、一曲目はもう大まかに決まってはいる。


 それは、CreamのBadgeという曲だ。中間部に独特なギターラインがあるんだけど、それがたまらなくかっこいい曲。雲の隙間から太陽の光が差し込むような爽やかさがあるから、明星先輩のギターサウンドにすごく合う曲じゃないかと思ってる。

 個人的に好きな曲でもあるしぜひやりたいと思ってたから、飛猿のその意見には異論はない。


「そうね。私もあの曲のギター、弾いてて楽しいしやりたいわ。けど、Creamってスリーピースバンドじゃない? ベースの子が加入するとなると、1人はぶれちゃうと思うけれど……」

「あ、言われてみれば確かに。どうしましょう……」


 そういえばそうだった。Creamは3人編成。もし、ベース候補の人が加入、となった場合。主にキーボードでベースラインを担当してた俺がいらない子になってしまう。


 先輩がボーカルのみに専念する形も考えたけど、それだと彼女のギターの魅力が活かせない。というより、先輩の方がギターの演奏能力としては俺より上だから、極力弾いてもらった方が良いだろうという想いもある。


「んな難しいことでもないだろ。御門氏がボーカルとりゃええだけじゃね? 一回一緒にカラオケ行ったことあるけど、そんなにヘタッピってわけでもなかったし」

「……ちょっと待ちなさい。私には『自分の歌声に自信がない』なんて言って聴かせてくれなかったじゃない。どういうこと?」

「いや、カラオケならノリでなんとかなりますけどちゃんとした場で大勢に聞かせるとなると……ってかなんでそんなに怒ってるんですかちょっと待って痛い痛い!」


 少しじとっ、とした目で先輩は俺に抗議の視線を送る……だけじゃない。ずいっと顔を近づけてほっぺを軽くつねってきた。ヒリヒリした痛みが頬を襲う。やめてくださいなにしてんですか。

 確かにカラオケにはよく行くけど……、だからと言って自分の歌声に自信があるかと言ったらまた話は別。友達に聞かせるだけならいいけど、バンド内で歌ったり公の場で発表するとなると……、ちょっと抵抗がある。


「嫉・妬・よ。もう、平手くんに聴かせられて私になんで聞かせられないのかしら。私なら発声の仕方とか、色々教えてあげられるのに」

「いや、先輩があまりにもうまいから別に歌う必要もないかな、とも思ってまして」

「それ、唯の言い訳よ。決めたわ。一曲目は音無くんがボーカル取って。貴方の声、ちょっと気になっちゃったし」


 ……それ、理不尽じゃないですか? とは思うけど、彼女の有無を言わせないような口調と表情を見て、これはもう決定事項なんだろうな、と思う。

 飛猿も……期待できそうにない。だってそもそもこの話振ったのあいつだし。


「……ぐ、わかり、ました。まぁ、1曲目はそれでいいとして、2曲目、どうしますか? せっかくだしBeatlesなんてやってみたいんですけど」


 これ以上この話をされちゃ敵わない。取り敢えずボーカルの件は同意するしかないとして、早々と話を別の話題に移るように努める。

 明星先輩は話題を逸らされたようで少し不満げだったけど、俺の「Beatlesやりたい」というのには同意するものがあったのか、少し機嫌を持ち直したようになる。よかった。


「まぁ、それも「あくまで」ベースが入りゃの話にはなるだろけどな。御門氏はなにやりたいん?」

「んと……、I saw her standing thereとか? ……って言っても、ベースの人の音楽的趣味もあるし、そこ考慮しないといけないよな。そういえば」

「まぁせやな。して、先輩。そこら辺どうなってます? 何か聞いてますの?」


 なにも考えずに話を切り出してしまったけれど、この後会うベースの人のことも考慮しなければならないことを、ふと唐突に思い浮かべる。

 まぁ、明星先輩のことだからそこらへんの折り合わせはうまくつけてると思う。俺たちと似た趣味の人であるように、そこはしっかり考慮されてるとは確信してる。


 どんな人、なんだろうな。また少し賑やかになるといいけど。


「あぁ、その辺に関しては心配いらないわ。彼女は––––––」

「あ、あの、ぅ。明星先輩、です、よね?」


 先輩が何か言いかけたその時、後ろから軽く呼び止められる。

 少し大人しめな、女の子の声だ。


「ん? あぁ、来たのね。とはいえ、貴女も随分と早いじゃない。まだ20分近くあるわよ?」

「あ、いや、そのぉ……。遅れたらいけないと思って。先輩達が来た頃にはもう、いたんですけど。話しかけづらくて。ごめんなさい……」


 その声に反応して、後ろを振り向く。そこには、

 控えめな主張のおさげ髪の女の子がいた。

 それは、図書室で本を読んでる美少女、なんて言葉がよく似合うような、そんな印象を受ける人。


 そのおどおととした態度と雰囲気からは、バンドでベースをやるなんて想像もつかない、けど、


「そんな謝ることじゃないわ。私達もちょっと早く着きすぎちゃったくらいだしね。ほら、2人に自己紹介、してあげなさい」

「はわ、そ、そうですね。えと、私の名前は––––––」


 彼女が背負ってる、おそらくベースが入っているであろうケースが、これでもかと主張している。

 そして、その本人は、少し緊張した声色で、


高垣楓たかがきかえでって言います。一年生、です。よろしくお願いします……!」


 ぺこっ、と可愛らしいお辞儀と一緒に、そう言った。

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