第12話 らしくない

「んで、威勢よく啖呵切ったはいいけど、どうする? これから」

「どうするてどういうこっちゃ御門氏。なんか問題でもあるのか?」

「いや、彼女達に比べて俺ら、色々不利な点が多すぎるなと」


 あの、明星先輩のバンドメンバーと一悶着あった数日後のこと。

 休日という事で俺は試験勉強も兼ねて、飛猿とバイト先のカフェで今後について話し合っている。

 因みに今日はバイト、休みなので思いっきりここでくつろいでもさして問題ではない。


 明星先輩も来るとは言ってたけど、別件があるらしく遅れてくるとのことだった。


「……あー、なるほどな。御門氏が懸念してることってあれだろ。彼女達の元からの人気度とか、そもそもリスナーの大半が知らねー曲やって勝てるか不安とか、そんなとこか」

「まぁ、概ねあってるよ。彼女達、元々かなり人気のあるバンドみたいだし。それに勝とうってなると、曲の選曲から気合入れてく必要あるかな、って。でも……」

「そりゃ不安よなぁ。うちの軽音部ヒップホップやら今流行りのロックバンドのコピーばっかだし。受け入れられるのかっていうのはあるわな」


 飛猿は学校で配られたテスト勉強用の問題用紙から視線を俺に移す。側から見たら片手間に相手されてるように見えるかもしれないけど、彼は真剣にこっちにも意識を傾けてくれてることは、理解してる。


 そう。昨日あんな見栄を張って喧嘩を買っておいて恥ずかしい限りではあるけど、俺は一抹の不安を拭いきれずにいる。


 今までは誰に聞かれるわけでもなかったから、自分たちの好きな曲を演奏してればよかった。けど、今回は違う。好みが全く別のリスナーに聴かせるのだ。


「もし、受け入れられずにそっぽをむかれてしまったら、って考えたらちょっと怖いよ。中学の頃も、あんまり理解はされてなかったから、さ」


 中2の頃、カラオケでBeatlesの曲を歌った時、友達に「分からない」と言われたことを思い出す。そのあと別のやつが歌ったポップスの方が、盛り上がってたのは別の話だけど。


 ふとした拍子に聞いてたプログレ曲を「ダサい」と言われたことも、合わせて思い出す。いや、あれはプログレにそれを言っちゃお終いだとは思ったけども。


「ほーん。ま、色々あったんでしょうなぁ、けどさ。俺からしたらなんからしくねぇと思いますけどね」

「……どういうことさ。それ」

「だって御門氏なんに対してだって––––––、殊更音楽のことに関しては我が道を往く感強かったですもん。そんなこっで悩んで怖気付くなんて、ねぇ」

「いやだってこれ、勝負だよ? もし負けたら、あの朝倉さんの態度からして、絶対先輩と会いづらくなっちゃうし。そしたらこのバンドだって実質解散だ。そんなの––––––」


 嫌だよ。漸く、自分の中で燻ってたものを開け放てるような人に、場所に、出会えたのに。

 君とだって、こうして一緒に音を合わせられるようになったんだ。それを失いたくない。


「あーあーますますらしくないっすわホンマ。じゃあ逆に聞くけどさ。君の好きな曲はその今の曲とやらに劣るんか? 負けっちまうもんなのか?」

「っ! そんなわけ、ないだろ。だってBeatles、Queen、Toto、deep purple、Pink Floyd、Genesis……。ってあぁもうあげたらキリないけど、とにかくロックの歴史に輝くバンドが今に劣るなんてそんな事––––––!」


 あるはずがない。世界中の人の心を動かした偉大なバンド達が、どんな時代になっても、それと比べて劣るなんてそんなこと、考えられるはずがない。



 むしろ、常に頂上に輝き続けるものだ、とさえ思えるものだ。




 だってそうじゃなきゃ、10代そこらの俺がなんでこんなに心惹かれてるんだ。初めて聴いた時は歌詞なんて分からなかったけど、それでも、もう心が引っ張られたような感覚だった。

 きっと言葉では言い表せないような、宇宙に届いちまうくらいの「魅力」があるのだろう。そんな音楽たちが「劣る」なんて、そんなこと、考えたこともない。


「じゃあその魅力を十二分に伝えりゃいいじゃんか。その曲の魅力を君が伝えようと必死になりゃ、客も自ずとそれがわかるもんさ。知名度じゃないよ。音楽は」

「そりゃま––––––、そっか、そうだったなそういえば」


 わかっとるはずだろ、君ならさ。と少し飛猿は呆れ気味に言う。

 確かに、こいつに「burn」を聴かせた時も、自分なりの音で、この曲の魅力を伝えてみせる––––––、なんで思ってたっけ。


 その魅力がしっかり伝わったからこそ、ジャズ好きの飛猿があそこまで純粋な笑顔になったんだろうか、なんて思う。


「ま、君と先輩……、俺もだけど、頭の中の音を形にできんだから、自信持ちなさいな」

「そう、だね。ありがと飛猿。確かにらしくなかったな」

「お、じゃあこのカフェ代奢りな」

「それとこれとは話が別じゃねっすか」



 やっぱり伊達にジャズバンドやってないな、コイツ。説得力が違う。不安がだいぶ和らいだ。

 普段は飄々としてる癖に、こう言う時だけどこか頼りになるんだから。人は見かけによらないな。


「ふふ、本当に貴方たち、いい関係ね。あんまりに音無くんがしょげてるものだから喝でも入れてあげようかと思ったけど––––––、いらないお節介、だったかしら?」

「……あれ、明星先輩。いつからそこに?」

「だいぶ前からいたわ。貴方がらしくないところ見せたあたりくらいからかしら……。もしかして気づいてなかったの?」

「ええ全く」

「……そう言われたらそう言われたで、少し傷つくのだけれど」


 気づけば、明星先輩が向かいのカウンター席にいた。どこに目ぇつけとんじゃ、という飛猿の声が前から聞こえてくるけど、そういうお前は気づいどったんかい。


 俺たちの方向に体を向けて、足を組んでコーヒー飲んでる。少しスポーティーな私服もあいまって、なんか雰囲気がカッコいいな。ちょっとドキッとする。

 

「……すみません。ちょっと話にのめり込んじゃってたもんですから––––––」

「ふふ、冗談よ……。さて、まずは最初に謝っておかなきゃ。昨日は申し訳なかったわね。芽衣子が貴方たちのこと、煽り立てるようなことしちゃって」


 くいっ、とコーヒーを飲み干して、彼女は椅子から立ち上がる。

 まぁ、朝倉さんのことについてはあまり気にしてないんだけど、やっぱり友達だからってことで、少し気になってしまうところはあるのだろうか。


「いや、別にいいですよ。売り言葉に買い言葉で喧嘩買った俺たちも似たようなもんですし……。それに先輩も、満更じゃなさそうでしたよね? 勝負受けるの」

「まぁ、ね。ちょっとワクワクしてるのは事実よ。勿論あっちでやる演奏も全力でやるつもりだけど、こっちでやる演奏は今までの中でも特別だし、ね」


 そう言って後ろに手を組んで、腰をかがめて俺を見る。そして朗らかな笑みを浮かべ、少し首を傾けて見せる。


 その姿はとても可憐で、思わず顔が熱くなってしまう。飛猿がなんかニヤニヤしてるけど、無視だ。突っ掛かったら余計に煽り散らしてくる気がする。


 きっと、楽しみなんだろうな。今まで、自分の見せてこれなかったところを、思い切りさらけ出せる機会ができたのだから。

 全く、余計にうじうじしてたことがアホらしく思えてくる。彼女がそのつもりなら、しっかり答えてあげなくちゃ。


「そう、ですね。そしたら早速今からでも練習、しますか? 一応こっちは勉強ひと段落つきましたし、飛猿がなんか音出しできる場所、知ってるみたいなので」

「ええ、そうね。そうしたいのは私もなんだけど……、今日は別のことに時間を使いたいの。いいかしら?」

「? 別にいいですけど……、それって?」


 なんですか? と言葉をつづけようとしたけれど、その言葉は彼女の次の言葉に、忘却の彼方へと投げ飛ばされることになる。


「まだ候補だけど、ベースの子が見つかったのよ。近くの公園で落ち合う約束をしてるんだけど、一緒に会ってもらえないかしら?」


 その言葉に、俺と飛猿は一度顔を見合わせる。そしてゆっくりと先輩の顔を見返して、


『おぁあ!?』


 叫んだ。

 随分とコミカルな絵面になったと思うけど、まあ仕方ない。

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