第11話 対立という名の意地の張り合い

「お待たせいたしました。アッサムティーとホットコーヒー、カフェ・モカ2つ、お持ちしました」

「あ、ありがとうございます。こういうところでお茶なんて初めてだから、すごくワクワクするよ。ね」

「そうね。芽衣子はこういったカフェ、入るのは初めて?」

「うんっ。だから色々新鮮なんだ。かかってる音楽もなんか洒落てていいなー、なんて思うしさ」


 適当な席に案内した後の彼女たちの応対は、遅れてやって来た他のバイトの先輩に任せた。彼女たちが注文したドリンクを手際よく並べていく。

「知り合いみたいだけど応対しなくていいの?」とは言われたけど……、なんか割って入りづらいし。


 てな訳で、適当に飛猿の相手をしながら、彼女たちのガールズトークを遠巻きに聞いている。


 因みに今店内でかかっている音楽は、飛猿がちゃっかりリクエストしたジャズ曲。彼女たちに「洒落てる」と言われて見えないアングルで得意顔になってる。


 これ、なんかちょっと鼻につく笑顔だと思うのは俺に限った話じゃないはずだ。


「―――で、静。あそこにいる彼らについてだけど……、本当に大丈夫なの? 何もされてない?」


 確かあの人は、七音美優しちねみゆさんだっけか。眼鏡がよく似合う知的な顔立ちで、少し姉御肌のような印象を受ける。俺たちを見て、ちょっと小声で静さんに語りかけている。


 ……ああ。うん。やっぱりというかなんというか。

 俺たちこのバンド、野郎2人に女の子1人だからそりゃ心配もしますよね。色んな意味で。


 そこに触れてくれるあたり、いい友達なんだろうな、とは思うけど、槍玉に挙げられてる本人としては少々心苦しいものがある。


「大丈夫よ。平手くんはどこか面白い子だし、音無くんに関しては少し可愛いとさえ思えるくらいだし。私と音楽の趣味も共通してるから、気兼ねもないし、ね」

「むうぅ〜っ! だ・か・ら、その音楽の趣味って何さー。さっきからはぐらかしてるけど、そこを話してくれなきゃどうも納得いかないよ」


 前髪長めのボブカットに、茶髪の女の子――――――、朝倉芽衣子あさくらめいこさんはそう彼女に愚痴をこぼす。


 その気持ちもなんとなくわかる。おそらく彼女は明星先輩が俺たちに気を遣ってやしないかが気になるのだろう。

 彼女が気を遣って俺たちに趣味を合わせてないかが心配なだけなんだと思う……けど、さっきからこっち冷たい目で見るのだけが気になる。


 すげー怖い。やましいこと何もしてないのに「ごめんなさい」の言葉が喉からでかかるくらいには。


 でもまぁ、彼女も言い出しづらいだろうとは思う。だって「古めの洋楽が好き」なんて今まで言えてこれなかったんだからそれはもちろんのことあるけど。


 引かれやしないか、とか調子に乗って喋り過ぎないか、とか色々考えてしまうところは勿論あるだろう。


「ん、だからその説明の仕方が――――――」

「古めの洋楽っすよ。Beatlesとか挙げたらわかりやすいですかね」

「……ありがとう。平手くん。おかげで助かったわ」


 明星先輩が悩んでいるところに飛猿が横からアッサリカミングアウト。

 いや何やってんじゃお前。あれだけ先輩悩んでたんだからもうちょい言うにしたって考えた方が良くないっすか……ってほら先輩も苦笑いしてるし。


「おいサル。お前そんなあっさりとなぁ……! 先輩の気持ちが理解できねぇわけじゃないだろうに」

「いや別に隠すことでもないだろ? それに本人の口から言い出せないなら俺から言ったほうがいいかと思って。あとサルいうなや蹴っ飛ばすぞ」


 まぁその意見にも一理ある……かどうかはわからないけども。

 なんか釈然としない。散々悩み抜いて来た結果がこれと思うと、いいのかこれ……くらいは思う。


「音無くん。別にいいのよ。むしろいずれこの話は避けられないものだ、とは思ってたし」


 ……まぁ、彼女がいいっていうなら、いいのかも知れない。これ、本人の問題だろうし。

 心が広いなぁ彼女は。いや、俺が狭すぎるだけなのかな?


「まぁそれならいいんですけど……。てかまだBeatlesはやったことないよな俺たち。やりたいとは思ってるけど」

「ベースの枠がいないからな。そこが埋まりゃ御門氏をリズムギターに回せんだけど。今できんのって確か……」

「Led ZeppelinやCreamとかね。音無くんがキーボードでベースラインを弾いてくれるからなんとか体を保ってるけど、確かにちゃんとしたベース担当が欲しいわね」


 そう、俺たちができるのと言えば、「楽器担当が3人のバンド」つまりLed ZeppelinやCream(エリック・クラプトンが在籍してたハードロックの源流とも言えるバンド)に限られる。


 一応ベースが見つかるまではこれらのバンドの曲を中心にやっていこうと思うけど、やっぱり欲を言えば一日も早くベース担当が欲しいわけで。


「そうですよね……。wingsとか、Derek and the dominosとかもやってみたいですけど、どっちもツインギターの曲が多いから今は難しいですし……」

「でしょう? Genesisだって3人体制の時はあったけれど、それでもライブの時はゲスト呼んで4人以上でやってるし。より音を近づけるうえでも、もう1人メンバーはいてくれた方が―――」

「すとおぉおおぉおーーっぷ!! 何勝手に話してんのさもうっ! 私たちを置いていかないでよっ!!」

『……あ』


 ……やべ、彼女たち置いてけぼりにしてた。朝倉さんがめちゃくちゃ膨れっ面してる。

 多分、先輩が説明を渋ってたのは、こういうことだろう。話にのめり込みすぎてみんなを置き去りにしてしまうのが嫌だとか、そんなところだ。


「……ね、わかったでしょう? こうなるのが嫌であんまりあなたたちに話すこともできなかったというか」

「言い訳はいいよもうっ! 確かに私達今挙がったバンド知らないけどっ、うぅぅ……っ!」


 朝倉さんは何か言いたげに静さんを……というか俺を睨んでんのか、これ。

 てかさっきから彼女の中の俺の評価が急転直下な気がする。俺なんもしてないんだけどな。なんか複雑だ。


「きっと、私たちにも話してくれなかったことをなんでこの人達にはっ……て言いたいんだと思うな。メイちゃんは」

「そう、それだよ香澄ちゃんっ。いやわかるよ静ちゃんなりの優しさなことも、この人達と趣味がマッチしたからってことくらいはさぁ……っ。でも、でもぉっ……!」


 行き場のない怒りを抱えるように、ぷくーっと頬を膨らませて抗議の視線を送る朝倉さん。

 そして俺たちをきっ、と睨んで、


「よし、えっと、名前なんだっけ、君たち」

「え、あ、音無御門です。こっちは平手飛猿です」

「……音無くん、平手くん、対バン、しようよ」


 ぴっ、と主に俺を指差して、そう言い放った。


「え――――――?」

「納得いかないもん。なんか君らの方が静ちゃんのこと、知ってるみたいで。だから、勝負。どっちが静ちゃんの音を活かせるのかで、ね」


 きっと、それは自分たちに隠し事をされてた怒りからくるものなんだろうけど。

 ……それを俺たちにぶつけられるのはなんか理不尽な気がする。でも、それだけ友達を想ってるってことだから、あまり怒りは込み上げてこないけれど。


「別に、先輩のことを知ったつもりになんて、なってないですよ。確かに音合わせとか、好きな音楽の話をするときは楽しいなって思いますけど―――」

「……ふーん。ま、やらないってなら別にいいよ。これでも私達、技術には自信があるからね。もしかして、それに怯えて逃げ出しちゃった、なんて感じかな? 男がまさかそんなこと言わないよね?」


 彼女は、そんな言い訳じみた俺の言葉を「逃げ」の言葉と捉えたのか、少し勝ち誇ったような笑みでそう言う。

 ……挑発の、つもりだろうか。なんとまぁわかりやすいことで。そんな程度で俺たちが乗っかるわけ――――――、


「ごめん、芽衣子の言葉に乗っかるわけじゃないけどさ、私、なんか今の貴方達の会話に嫉妬しちゃったのよ」


 そう言ったのは、七音さん。少し悔しそうな笑みを浮かべて俺たちを見る。


「女の子をそんな気分にさせといて、逃げるなんて言わないよね? だから、受けなよこの勝負。そして真っ向から……見せつけてあげるからさ」


 そして、そう強く俺たちに向かって言い放った。

 多分これは、私たちの方が、貴方達より上だ。という意味があるのだろう。お前達より、私たちの方が上手い、と暗に言ってる。


 まぁ、別に挑発に乗るわけじゃ、ないけど。

 でも、これだけは言える。


「わかりました。受けます。でも―――、先輩達には、負けない自信がありますよ。ね、飛猿?」

「そっすね。少なくとも、技術も、迫力も、劣ってる気はしませんわ」


 この人達に完膚なきまでにしてやられるなんて事は、絶対にない。

 それだけの練習を、今までもしてきたし、これからもする自信があるから。


「っ。ふぅん。言うじゃん。じゃあ夏休みの部内発表の時に、勝負だよ。その時にどれだけ盛り上がったかで決めよ。私たちはもう音合わせはほぼ済んでるから、静ちゃんはそっちに力入れてもらって、大丈夫だからさ」

「OK。わかりました。ありがとうございます。楽しみにしてますよ」


 軽音部には夏休みに、部員が活動状況を発表する、部内発表会、というものがあるらしい。そこで勝負か。なんかワクワクしてきたな。


 それに、その日までまだ1ヶ月くらいあるのに、随分と余裕だな。ハンデのつもりか。もしそうなら、ハンデあげたこと、後悔しちゃうくらいのもの、見せないとな。


「……こんな事になるなんて、予想外ね。だけど、確かにお互いに納得できる形としては丁度いいの、かしら?」

 

 少し呆れたような明星先輩の声。これ、完全な意地の張り合いだ。故に巻き込んでしまって少し申し訳ないけれど。


「でも、自分の心惹かれた『曲』達を彼女達にぶつけられる、って思うとちょっとワクワクもするわね」


 でも貴女も、どうしてか満更でもないような態度してますね。ボソッと言ったその言葉と、彼女の口元の笑みを見て、そう思った。




 …………まぁ、それよりもまず、

 直近に迫った期末テスト、なんとかしないといけないんですけどね。

 

 あとさ、バイトの先輩達、ニヤニヤしてないでこうなる前に止めてくれればいいのに、なんて思ったのは、別の話。

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