第8話 練習の成果

「んで、しっかりモノにはできたんかい?」

「まぁ、俺たちなりにしっかり考えて、完成させたつもりだよ。ですよね、明星先輩?」

「ええ、それなりに自信のある形には仕上がったわ。もっとも平手くんが満足いくものかどうかは、わからないけれどね」


 あの、ちょっと甘酸っぱいような一件から更に時が経つこと2週間。即ち飛猿に最初に演奏を聞いてもらってから1ヶ月。

 飛猿にこの1ヶ月間の練習の成果を見てもらおうと、第二音楽室に呼び出したわけだけど。


 正直、飛猿が満足いくような演奏ができるかは、まだわからない。


 今目の前にいるやつは明らかに演奏技術としては俺たちよりも上。それに、プロに限りなく近い人たちの演奏を間近で聞いてきた存在。故に、耳は非常に肥えていると思う。

 そんなやつを満足させるような演奏をする、なんて、難易度としてはだいぶ高いだろう。


 でも、そんな中でも、先輩の言った通り、それなりに、自分たちなりに自信の持てる形に仕上がってはいると思う。

 色々試行錯誤もした。トライアンドエラーで何度間違えてもめげずに色々考えて、研究を重ねてきた。だからこそ、これからの演奏には一定の自信を持って取り組める。


「まぁ、放課後にチラッと邪魔にならないように見さしてもらいましたよ。かなり頑張ってたのは伝わってきました。今回はその頑張りの成果をしっかり見さしてもらいますね」

「ええ、元よりそのつもりよ。さぁ、始めましょう。音無くん」

「はい、準備はOKですよ。先輩」


 飛猿の言葉は側から見たら少し上から目線のように聞こえる。けど、これは彼なりの激励だ。君らの努力はちゃんと見てるから、頑張れよ、って言いたいんだと思う。


 そう言われちゃ、期待以上の演奏を見せるつもりでやるしかない。元より、そのつもりだけどさ。


 楽器のセッティングはもう既にお互いに済ませてしまっている。準備は万端。あとはもう弾くだけだ。


「じゃあ、いくわよ」


 そう言って、先輩はイントロのギターリフを弾き始める。演目はこの前と同じ、deep purpleの「burn」だ。

 彼女のギターリフが鳴った瞬間、飛猿の顔が少し綻んだのがわかった。


 そりゃそうだ。だって、1ヶ月前とは全然違うから。


 ハードロックのギターらしく激しく、暴力的にかき鳴らされるけれど、同時にどこか繊細で、細やかなものを感じさせる音。


 彼女の歌声のように、澄んでいて、透明感のある音。これが、彼女が編み出した「音」なのだろう。それは、ずっと聴いていたいとさえ思える、不思議なもの。

 それがハードロックの激しさとケンカすることなく同居しているのだから、凄く、独特に感じる。


 こりゃ、負けてられないな。そう思って俺も彼女の音にキーボードを合わせていく。正直、ジョン・ロードのようなキーボードを完全に弾くのはこの前言った通り無理だ。けど――――――、


 自分なりに模索した「音」で、この曲の魅力を十二分に伝えてみせる――――――!

 そんな気概とともに、音を強く、激しく鳴らしていく。彼女の澄んだギターの音に、なるべく合うように。


 演奏中に飛猿の方をチラッと見ると、少し高揚したような笑みを浮かべていた。


 少しは、彼の満足いくような演奏ができてるのかな? 

 そう思うと、余計に演奏に力が入る。誰かに演奏を聴いてもらって、喜んでもらえるなんて、こんなに嬉しいことはないから。


 間奏に入って、この曲の一番の聞きどころのギターソロに入る。彼女の表情は――――――、あぁ、やっぱり。


 めっちゃくちゃ楽しそうだ。

 この前の何倍も、何十倍も。


 自分の脳内で描いた音をしっかり形にできるって、すっごく高揚する。もう、最高だ。言葉にできない。

 きっと、彼女も同じ気持ちなんだろうな。そう考えながら、続くキーボードメインのパートを俺は、その気持ちをぶつけるように弾いていく。


 一通り演奏を終え、先輩と俺は同時にふう、と息を吐く。それは偶然のことだったから、思わず顔を見合わせて笑い合ってしまったけど。


 少し間を置いて、飛猿の手を叩く音が聞こえた。


「いいんじゃねっすか? いや、久しぶりにいいもん見せてもらいましたよ」


 そう言ったヤツの笑顔は、俺が今まで見たことのないようなものだった。

 ものすごく純粋で、屈託のない笑顔。今までどこか思わせぶりだったり飄々とした態度しか見たことなかったから、めちゃくちゃ新鮮だ。


「先輩のギターは凄くキレーな音してましたし、御門氏のキーボードも真っ直ぐな芯が通ってる感じがして……、まぁ、つまりしっかり2人なりの「音」が出来上がってましたよ」

「マジ、か。じゃあ――――――」


 俺は、彼の次の言葉を想像する。それは凄くポジティブなものだけど、当然、そうあってほしいな、なんて思う。

 そしてその飛猿は、少しの間、すうっと目を閉じる。そして、


「入ったりますよ。御門氏のバンド。今聴かしてもらった2人の音にドラム合わせるなんて、なんか楽しそうですしね」

『……よしっ!』


 お互い、柄にもなく、そんな声をあげて、俺と先輩はお互いにごつん、と拳をぶつけ合う。

 それだけ嬉しかったってことだ。しょうがない。


「―――本当によかったわ。平手くんの満足のいく結果が出せなかったらって思うと、正直不安でしょうがなかったもの……」

「俺も、そうでしたよ。でも、先輩そんな素振りなかったですよね。側から見て凄く楽しそうだったから……」

「まぁ、途中からはノッてきたからそんな感情吹っ飛んじゃってたけどね。そういう貴方だって、凄く子どものような無邪気な笑顔してたけど?」 

「……それを言われちゃなんも言えないですよ」


 まぁ、楽しかったのには違いはないけど、一抹の不安を抱えていたのは事実。うまくいって本当によかったよ。

 そう思うと、ドッと力が抜けるような感覚に襲われる。やべ、ちょっと指が震えてるや。


「ま、そんな中でもしっかり実力を出せたならいいんじゃねっすか? そんな君らと一緒なら、俺も思いっきりプレイできると思いますしね」


 飛猿はそう言うと、座っていたパイプ椅子から立ち上がってこちらへと歩み寄ってくる。


「ようやく見つけたよ。御門氏。この学校で思いっきり、手加減ナシにドラム叩けそうな奴ら。ま、囲碁将棋部としても、バンド仲間としても、よろしく頼むわ」


 多分、こいつも俺と似たような感情があったんだろうな。その高い技術故に、満足のいく演奏のできるグループがこの学校じゃ見つからなくて。


 だからきっと、こいつも伸び伸びと、思いっきり演奏がしたかったんだろうな、と思う。

 それは、少し前までの俺が持ってた感情と、少し似てる。


「うん、よろしく頼むよ。飛猿」


 だから、俺は。

 強くその手を取って、握った。

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