第7話 「音」の模索

 そこから俺と、明星先輩の猛特訓が始まった。猛特訓と言っても、彼女の場合バンドを掛け持ちしてるような状況下だから、一緒に音を合わせる機会はバンド練習が終わってからになるけれど。


 まずは、原曲を今まで以上にしっかりと聴き込むところから始める。

 彼女が学校に持ってきた「Live in Paris」というdeep purpleのアルバムを何度も何度も繰り返し聴いた。


 このアルバム、deep purpleがブート屋から買い取って出したアルバムだと聴いたことがある。俺も親父が持っていたので聴いたことはあった。でも、このバンドの音源にしちゃ随分とマニアックな方だと思う。

 

 まぁ、確かにこのライブ音源は迫力あっていいと思うけどさ。

 それは多分どうでもいいことなんだろうけど。


 とにかく曲全体を通して音がどんな感じで鳴ってるのか、どんな風に弾いているのか、2人で毎日分析した。


 そして次に、それを踏まえた音出し。自分たちなりに分析した結果を元に、理想とする音を目指して弾いていく。

 でも、それは当然のことながら簡単なことじゃない。


「ここの間奏、どうやったらこんな張りのある風にできるのかしら……? ねぇ音無くん。ちょっと弾くから聴いてみてくれないかしら」

「…………うーん、ちょっと惜しいですね。なんかこう、もっと勢いありますよね。原曲」

「そう、ね。ありがとう。もうちょっと聴いて、弾いてを繰り返してみるわ」


 そう、俺たちがやろうとしているのは、いわば頭の中に浮かんだ「音」を現実にしようというもの。

 やっぱり、それは思った以上に難しい。


「……あ、ちょっと待ってください。今メロディ間違えました」

「そうね。ちょっと指がもつれて、って感じだったけど、らしくないわね。どうしたの?」

「ちょっと出したい音を意識しすぎたんだと、思います……。やっぱり大変だなこれ……」


 想像した音をうまく再現しようとするけれど、どこか違ったり、意識しすぎるあまりメロディーをトチってしまったりする。


 頭の中にあるものを形にするって、こんなに難しいんだ、と改めて思うけれど、ふとそこでピアノ曲を小さい頃何曲か作っていた頃を思い出す。


 そういえばあれも、家族が手伝ってくれてなんとか形になったけど、1人だったらそれ以上に大変だったろうな、と思う。

 きっと、それと似たようなものなのかもしれないな。


 でも、めげずに何度だってやろう。そんな気持ちで試行錯誤しながら何度も練習に打ち込んだ。

 そして2週間経って、漸く目指していたものを「形」にできるようになってきた。

 今日も一通り、分析、音出しを終えて、お互いに帰る支度をする。


「……ようやく、満足いくような音が出せるようになってきましたね。あと、一押しってところですけど」

「そうね。でも、やっぱりdeep purpleのような音をちゃんと出す、ってなると……難しいわよね」

「まぁ、きっと完全に再現するのは不可能だと思います。だから……」

「自分なりの『音』を作っていくしかない、かしら? ふふ、その通りだわ。そのためにもこれからさらに頑張らなくちゃ、ね」

「そう、ですね。もっと頑張らないと……」


 そう、実際にやってみて思ったのは、いくらそのバンドの「音」に近づけようとしても、「その通り」のままに演奏するのは不可能だということ。


 でもまぁ、当然っちゃ当然だ。そのグループ一人一人が何年もかけて、試行錯誤して培ってきたものを、そんじょそこらの人間が完全にモノにできるわけがない。


 だからこそ、近づける+自分なりの音を模索することが重要なんじゃなかろうかなんて、最近は思う。


 まぁ勿論それは大変なことで、時々心折れそうになることもある。けど――――――


「でも、楽しいな。こういうの。今までこんな風に好きなことで、誰かと、必死になることなんてなかったから」

「……そうね。わたしもこんなに好きなジャンルで、ここまで深く話して弾いてなんて、したことなかったからすごく楽しいわ」

「……あ、すみません! 心の声が、つい――――――」

「いいのよ、私もおんなじ気持ちなんだから。このCD、バイトしたお金で初めて買った思い入れのあるものなんだけど、これを一緒に聞ける人ができるなんて思ってもみなかったし」


 そう言って、彼女は机に丁寧に置かれた紙製のアルバムを持って朗らかに笑う。凄く、嬉しそうな笑顔だ。


 その笑顔は、とても素敵だった。

 ほんのちょっと、体が火照ってしまうくらいには。


「っ……。そうですね。貯めたお金でものを買うって凄く、嬉しいですよね。俺もこのギター中学の頃小遣い貯めて買いましたし」

「あら、そうなの? 随分と買うまでに時間がかかったんじゃないかしら?」

「まぁ、ハイ。一年くらいはかかりました。家の手伝いとかしたりして」

「あははっ、なんか想像したら可愛らしいわね。この高校バイトOKだし、良ければバイト、探してみたら?」

「……少し、考えさせてください。確かにバイトは今探してる最中ですけど」


 火照った顔を誤魔化すために、あえて話題を転換してみたけど、無駄だった。全然おさまらない。彼女の含みを持たせたような表情が、余計に鼓動を速くさせる。


 でも、誰かとこんな話、したことなかったから。

 俺は少し楽しさも、感じていた。

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