第9話 静と愉快な仲間たち
「最近なんか、静ちゃん成分が足りない気がする」
「どうしたの
「だってぇ、最近静ちゃん一緒に帰ってくれなくなったじゃん。さっきだって掛け持ちしてるバンド仲間との打ち合わせだって言ってどっかに行っちゃったしー」
昼下がり、中庭のベンチの一角で、ぶうぶうとぼやく女生徒が、1人。友達が最近つれなくなったのがご不満の様子だ。
彼女の名前は
彼女の所属するバンドは軽音楽部屈指の演奏能力を有していると話題なのだが、それはまた別の話。
「まぁ、でも仕方ないじゃない。ほら、私だって他のバンドの助っ人に呼ばれた時にはあんまりこっちに顔出せなくなっちゃうでしょ? それが掛け持ちってなら尚更よ」
「……うー、わかってるよぅ。でも今まで静ちゃんにこんなことってなかったじゃん困惑してるんだよわかるでしょ
「……早口になるくらいあなたが静レス、ってことはわかったわよ。ほら、落ち着いて、もう」
そう諫めるのは同じバンドのドラム担当の美優、と呼ばれた女子。ショートヘアーに、少し姉御肌のような印象を受ける顔つきをしている。
ほら、吸って、吐いて。と深呼吸を促す。芽衣子は言われた通りに吸って吐いてを繰り返していくうちに、いくばくか落ち着いたのか、少しおとなしくなった。
「でも、確かに静ちゃんとは一緒にいること減っちゃったのは確かだよね。それこそメイちゃんの言う通り、何か違和感を感じるのは事実だし……」
「そうそう、それだよ
うー、慰めてぇー。と芽衣子は香澄と呼んだ少女に抱きつく。芽衣子にそうさせるのは香澄と言う少女からどことなく感じるふんわりとした雰囲気故か。
そんな彼女を香澄ははいはい、よしよしと慣れたもののように扱っていく。多分こんなことは茶飯事なのだろう。
全く、いい歳こいて何やってんのよ、と、美優は小さくボヤいたが、もちろん気づかれるはずもない。
……余談であるが彼女たち、実力あるバンド、ということ以上に可愛いガールズバンドとしても話題である。
芽衣子はハツラツとした天真爛漫系。
美優は眼鏡の似合う知的系。
香澄は金髪がよく似合う、アメリカ人とのハーフ。
それぞれが違ったタイプの可愛さを持っていることもあり、男女問わずに大きな人気がある。
……密かにファンクラブもできているんだとか。
「……まぁ、でも静が掛け持ちしてるバンドで何やってるのか、は私も気になるけどさ」
「お、なんだかんだ言いつつやっぱり美優ちゃんも気になってんじゃん! てなわけで今日の放課後は……」
そう、芽衣子が言いかけた時、引き戸を開ける乾いた音がする。
入ってきたのは、話題に上がっていた、明星静だ。
「ごめんなさい。ちょっと話が長引いちゃって。戻ってくるのが遅くなっちゃったわ――――――」
「私たちに付き合ってもらうよ静ちゃん!!」
「……? え、ええ。いいけど……。どうしたの? 芽衣子」
話してた勢いをそのままぶつけるように意識を静の方に芽衣子は向ける。勢い余って椅子から体を乗り出している。
その勢いをぶつけられた静と言えば、訳がわからずただその言葉を肯定するしか無かった。
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「――――――ホントによかったの? 静。掛け持ちしてるバンドの方、今日は行かなくて……」
「大丈夫よ。キーボードやってる子の方が今日はバイトとかで、練習、流れちゃったもの。それに、確かに芽衣子の言う通り、最近一緒にいる機会もそこまでなかったから、ね」
「……なら、いいんだけど。おかげで芽衣子も上機嫌だしね」
時はさらに進んで放課後。明星静は久しぶりに、自身が元いたバンド仲間と帰宅の途についているところである。
久しぶりに静が合流したことで上機嫌になっている芽衣子を、美優と共に微笑ましい目で見ながら商店街の大通りを歩く。
今日は音無が「新しく始めたバイトのシフトが入った」ということで、毎日17時辺りから始めている音合わせは休みになった。故に、こうして元々親交のある仲間達と親睦を深めているわけである。
「えへへ、ありがとね静ちゃん。今日は新しく見つけたイイ感じのカフェがこの近くにあるから、そこで話そうよ! 積りに積もった話がいっぱいあるんだから!」
「まぁ、よく昼休みとか放課後の練習の時に話してたから大袈裟かもしれないけど……、みんな揃ってカフェ、なんて久しぶりだからなんか特別に感じるね」
「そうそう! よくわかってるなぁ香澄ちゃんはさ。美優ちゃんもこれくらい察しが良くなってくれればなー……って、あわわウソウソ冗談だってばー!」
ジト目で静かに怒りをアピールする美優に、芽衣子はあわあわとした態度で弁解する。
――――――確かに、こうして帰り道で他愛もない会話、なんで久しぶりだから、なんか特別に感じるわね。
そう思うとくすり、と笑みが溢れる。そういった意味では、芽衣子がこんなにテンションが高まるのもわかるかもしれない――――――と、静はこっそりと考えた。
「そういえば静。あなたが新しく入ったバンドについてだけど、どういう音楽性なの? あなたが「brains」や「ディープ・ダイバー」以外の曲を弾いてる姿があんまり想像できないんだけど」
「え、あぁ、そうね――――――、どう説明したらいいかしら……」
本当に、どう説明したらいいものか、と静は悩む。
確かにこのバンドでは、今上がったような主に女子ウケするようなバンドのコピーをやっている。故に、こういう質問がくるのは当然と言えば当然なのだが。
まさか「BeatlesやLed Zeppelin、Totoのような古めの洋楽をコピーしてる」なんて言えるはずもない。
まぁ、「こんな曲やってるのよ」程度ならまだいいのかもしれない。でも、このテの話題になると、ほぼ確実にヒートアップしてしまうと言う確信がある。その時に引かれやしないか、静は少し心配なのだ。
だから、上手い言い訳はないものか、なんて後ろめたいことを彼女は考えてしまう。
「あ、ダメだよー、隠し事しちゃ。今回はそう言うの根掘り葉掘り聞く予定なんだから」
「別にやましいことなんて何もないんだけど、ね。ただ、うまく説明できる自信がなくて」
「うまく説明ってどういうことさー……って、まさか男? 男ができてその趣味に合わせてるからなんか後ろめたいとか? だとしたらその男ぉ……!」
「違う違う、そうじゃ……ない、わね。ええそうよそうじゃないわ。というか話が飛躍しすぎじゃない?」
確かに彼は男……だけど、趣味に合わせてるかといったらそうじゃない。むしろ面白いくらい趣味の合う人だ。だからやりたい曲を思い切りやらせてもらってるくらいである。
怒髪天になっている芽衣子をストップ、落ち着いて。と、どうにかこうにか諫める。
「むー、ま、そうじゃないならいいけどさ……、っと着いた。ここだよ。私が言ったイイ感じの店って」
そうこうしている間に目的地に着いたらしい。話題が変わって静は内心ホッとする。
お洒落な西洋風の一軒家を模した外装。看板には「cafe 調べの館」と書いてある。
「そういえば調べ、って音楽の旋律とか、演奏することって意味があるんだよね。バンドやってる私たちにはピッタリかも」
「でしょ? 中の雰囲気も外からチラッと見た感じだとすごくいい感じだったし、みんなで来てみたかったんだ。てなわけで入ろっ」
香澄の言葉に美優が「そういえば、そんな意味もあったわね」と呟く。
「調べ」が旋律の意味を持つことは意外とメジャーなのでは、とも思う。けれど考えてみれば「調べ」と聞いて音楽をすぐに連想できる人は、その道をかじった人でない限りそこまでいないのかもしれない。
そう思いながら、静は芽衣子に続いて店の中に入る。
すると、
中には人が1人――――――いや、2人いた。
先客かと思ったが、あれは――――――、
「おい御門氏、茶ぁくれ茶。緑茶な」
「無茶言いなさんなここ西洋風のカフェやぞ。紅茶ならそれなりに……あ、いらっしゃいませ――――――って」
そこにいたのは、静が良く知る男の子。
少し可愛いとさえ思える、中性的な顔立ち。
一個下の後輩で、一緒にバンドを組んでいる――――――、
「明星先輩?」
「あら音無くん、ここでバイトしてたのね」
音無御門だった。
言葉の上ではなんて事のないように装っている。が、
彼女は実の所、結構驚いていた。
「あら、偶然っすね。先輩」
ついでにドラム担当、平手飛猿もいたのは、完全な余談。
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