第5話 彼女と俺の演奏能力

「……驚いたわ。予想以上よ、平手くん。おそらく楽器演奏能力なら、私よりも遥かに――――――」

「お、ホントですか。ありがとうございます」


 演奏が終わってすぐに、明星先輩はそう感嘆の声を漏らす。少し気分が高揚してるのか、手を押さえる指が震えている。飛猿は、なんか飄々とした感じだけども。まぁ、いつも通りだ。


 いや、まぁギターとドラムじゃ演奏するモノが違うから一概に上だ下だは決められないとは思うけども。

 でも、飛猿の演奏は確かに一般のアマチュアドラマーのそれに比べて、遥か上をいくのは実際に音を合わせてみて分かった。


 プロ……までは行かなくても、セミプロレベルの実力は確かにある。


「それに、音無くんも中々やるじゃない。手数とテクニックが足りないのを気にしてる素振りだったけど、即興であそこまでできるなんて、正直凄いわ」

「あ、ありがとうございます。まぁ、まだまだ未熟じゃあるんですけどね……」


 そして、かたや俺の演奏は正直飛猿の演奏に釣り合うものではなかったと思うけど、彼女は素直に称賛の言葉を送ってくれた。

 ちょっと嬉しい。即興っていうジャンルで褒められるなんて想像もしてなかったから。


「いいえ、それでも、よ。即興なんて私には出来ないもの。ところで平手くん。そこまでの技術、独学で身につけるのは難しいと思うのだけど、もしかして――――――」

「バンド経験っすか? ありますよ。親父がジャズバンドやってたんで、そこいました。ま、今は所用で休止中ですけど」


 やっぱりそうか。彼の技術もそうだし、即興に即興でピタリと音を合わせ、纏め上げるセンス。これは1人でドラムを叩いてるだけじゃ中々身につくものではないんじゃなかろうか。


 だから、きっと中学以前にバンド活動の一つ二つやってるんじゃないか、とはぼんやりと考えてた。


「まぁジャズバンドっても大層なもんじゃないっすよ。休日にジャズバーで演奏したりとか、そんなもんです。ジャズ曲の他に、御門氏が聴くような古めのロックをジャズアレンジしたりして演奏してましたけど」

「……なるほど、道理で上手いわけだわ。バーでジャズ演奏できるくらいの技術があるんだから、当然よね」

「そうですかねぇ。そんなことないっすよ?」


 飛猿は謙遜してるけど、ジャズバーで演奏するって生半可なモノじゃできない気がする。ジャズってアドリブガンガン入ったり幅広いジャンルに対応したりしてる印象があるから。

 それに、俺たちのバンドに名乗りをあげたのも、なんとなくわかった気がする。

 昔のロックのアレンジをしたことがある、と飛猿は言った。ってことは、それなりにその時代の音楽の知識も、興味もあったってことだろう。


「とにかく、私達に断る理由なんてないわ。むしろこっちからお願いしたいくらいよ」

「まぁ、いいっすよ。本来御門氏がバンド組むようなことあったら入ってやろうかなくらいには考えてましたし。でも――――――」


 そこまで言うと、飛猿は少し考えるような素振りを見せる。次に使う言葉を選んでいるような、そんな感じで。

 そして、決心したようにうん、と頷いた。


「その前に先輩の演奏、聞かせてくださいます? 御門氏も聴かしてもらったことあるけど一応。やっぱり技術面で妥協したくないんで」

「そう、ね。わかったわ。じゃあ音無くん。セッションお願いできるかしら?」

「わかりました。何、弾きますか? この前と同じでinvisible touchですか?」

「いいえ、deep purpleの「burn」なんてどうかしら。この曲のライブバージョン、好きでよくコピーしてたし、自信のある曲だから」

「……弾けなくはないですけど、なんか意外です。ライブバージョンってところがまた……」


 ……この前一緒にやった曲と比べると振り幅がものすごいような。これ、ゴリゴリのハードロックだぞ。


 deep purple。Led Zeppelinと並ぶ70年代を代表するハードロックバンド。最初期はクラシカルな音楽を志向してたけど、「in rock」というアルバムを皮切りにハードロックバンドとしてその道を突き進んだ。


 その中でもburnという曲は、deep purpleの曲の中じゃHighway starと肩を並べるくらいの有名曲だと個人的には思う。まぁ俺も好きな曲だから一応弾けはする……けど、彼女からその曲がリクエストされるのは、なんか意外だ。


「……そんなに意外かしら? 確かにポップ期のGenesisやTotoみたいな明るい音楽も好きだけど、deep purpleみたいに迫力のあるハードな音楽も好きなのよ」

「まぁ、確かに俺もハードロックは聴きますからなんとなくわかりますけど……」

「それに言ったでしょう? その時代の音楽は基本好きだって。ハードロックの他にもプログレだって多少は聴いてるし……」

「範囲広いですね。まぁ俺が言えたタマじゃないですけど」


 そんな言葉を交わしながら、お互いに準備を手早く進めていく。明星先輩はギターのチューニング、俺はキーボードのセッティングだ。

 まぁお互い準備は慣れたものなので、すぐに終えてしまう。さて、演奏開始だ。


「じゃあ、いくよ」


 そう言ってコンコンと小刻みに4回ギターを叩いて、先輩はイントロのリフを弾き始める。

 この前一緒に弾いた時とは違って、ちょっと暴力的なサウンドだ。それに俺はキーボードのラインを重ねて合わせていく。


 その瞬間、やっぱり、体全身から鳥肌が泡立ってくる。

 あぁ、やっぱり音を合わせるって気持ちいいや。

 本来の目的を忘れてしまいそうになるほどに、気持ちいいし、体全身がたぎってくる。


 そして、歌詞のあるパートに入り、彼女は歌い始める。

 彼女は澄んだ声の持ち主だから、デイヴィッド・カヴァテールのような切り裂くような声は出せないみたいだけれど、それでも彼女なりに迫力のある声になるよう工夫がされていた。


 そして、間奏に移ると、彼女のギターが激しく唸り始める。

 deep purpleのライブバージョンにおいて、リッチーブラックモアのギターソロはスタジオ版の何倍も暴力的だ。まぁ、burnも例外ではなくて、ギターがもう嵐のように暴れ狂う。まぁ、それがカッコいいんだけどさ。


 そしてその演奏を彼女は、つっかかることなく弾いていく。正直ちょっとギターを齧った程度じゃこのソロは弾けるものじゃないと思うし、大したものじゃなかろうか。


 だから、俺も負けてらんない。その後に続いてくるキーボードメインの2つ目の間奏を激しく弾き切る。

 このキーボードもまた結構な速引きで、指が時々追いつかなくなりそうになるけど、なんとか弾き切る。


 そして、最後のパートを歌いきり、演奏を終える。


「……ふぅ。ありがとう、音無くん。ふふ、やっぱりいいわね。あなたと演奏するの」

「いえ、こちらこそ。思わず当初の目的忘れちゃってましたし」


 お互いに微笑んで、楽しかった思いを共有し合う。彼女の微笑む姿がとても可憐で、少し顔を背けてしまったけれど。

 ……さて、本当の目的は、飛猿の奴にこの演奏を聴いてもらうことだ。俺はヤツが座っている方に体を向ける。


「で、どうだった? 今の演奏。俺はともかくとして彼女の演奏、学生の中じゃ十分上手い方だと思うけど……」


 そう、正直なところ、俺のキーボードはともかくとして、彼女のギターの演奏能力は学生ギタリストとしては十分なくらいのものだ。


 でもきっと、こいつの求めてるのはそのレベルじゃないんだろうな。


 妥協なんて、しないのだろう。

 なんか、そんな感じの顔色してる。


「そうね。君のキーボードも、先輩のギターも、アマチュアの中じゃ十分上手い方なんじゃないかな」


 でも、と、飛猿は続ける。


「欲を言えば、だけど。俺はあと一押し、いや、二押しかなぁ。君らに技術をつけて欲しい思ってますよ」

 

 やっぱり、か。

 彼は甘くはなかったわけだ。

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