第10話・アントンが父親を避ける要因となったお方

「ノア。よく来たな」

「おじいさまっ」

「待ちなさい。ノア。お久しぶりでございます。お義父さま」


 ガーラント伯爵である義父の屋敷は、森を抜けてすぐ側にあった。馬車が門前に止まると、そわそわした様子で大男の当主デニスが出てきた。フィーからの連絡をもらい、待ちきれなかったのだろう。馬車から降りたノアは、義父デニスに走り寄り、抱き上げられていた。その後を追いかけるようにして馬車を降りようとしたら、ノアを片手で抱き上げた義父が、空いた手を貸してくれた。


「ありがとうございます。お義父さま」

「ユリカ。よく来てくれた。あいつには止められていたんだろう?」


 私が馬車から降りると、体格の良い義父はノアの体を両手でしっかりと抱え直して言った。勘の良い義父には知られていたようだ。夫のアントンがここに来るのを避けていたことを。


「あいつは産みの母に似て頑固な部分があるからな」


 私は何も言えず苦笑した。夫のアントンと舅は長いこと仲違いしていた。私が嫁いでからもそれは変わらなかった。私にとって義父は初対面の頃から良い人に思えたのに、アントンから父とは関わってくれるなと、きつく言い渡されていたのだ。

 それでも義父は、孫のノアに会えたのがとても嬉しそうで、ノアが「あのおはなのなまえはなあに?」と、聞くのに一々答えていた。


 以前来た時にも思ったが、ここは戦場に出るような御方が住む屋敷にしては、とても明るく感じられた。特にこの花畑のような庭は、自分が住む屋敷でも見習いたいほど、美しく整えられていて、見ているだけで心が癒されるようだ。


 庭の中央には水瓶を持った美しい女性の大理石の像があって、水瓶から流れる水が弧を描く池の中を満たしていた。その周囲を取り巻くように花畑が広がる。

 その脇にあるエントランスへと続く石畳の上を歩いていくと、赤い屋根を乗せた白い建物の入り口で義母マルゴットが待っていた。彼女の髪は特徴的なので目立つ。赤味がかった黄色の髪に、艶やかな赤褐色をした瞳。その髪に負けない華やかな顔。その美人に笑顔で出迎えられると、その場が一気に華やいだ感じに思えた。


「いらっしゃい。ノア。ユリカさん」

「お久しぶりです。お義母さま」


 小柄で華奢なマルゴットは、大男の義父と並ぶと小動物のように見える。義父は五十代半ばで、マルゴットは四十代。彼女はとても成人したお子さんがいるとは思えないほど、若々しくて美しかった。


 私から見れば羨ましいほどの美貌の持ち主の義母は、皮肉にもアントンが父親を避ける要因ともなった御方。アントンから聞いた話では、実は義父のデニスとマルゴットはアントンの亡き母が寝付いた頃に知り合い、お互い気持ちを通じ合わせていたらしい。

 アントンの母が亡くなり、喪が明けると同時に、義母と義弟が屋敷に迎えられたことで、アントンはよく思わなかったらしく、私の前ではマルゴットのことを「父親の愛人」呼ばわりしていた。

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