第11話・おとうさまはおうちにかえってこないの
私が嫁いできた時には、すでに義父はマルゴットと共に別宅に移り住んでいて、王都にあるアントンの屋敷とは断絶とまでは行かなくとも、アントンとは疎遠になっているようだった。それでも私達の結婚式に二人は顔を出してくれた。義母の連れ子である義弟は、遊学しているとかで欠席していて、未だにお会いした事はない。
アントンが一方的に嫌っている相手だけど、私としてはノアの為にも、もう少し仲良くしておいた方が良かったかも。と、後悔がわいてきた。
アントンと離婚すれば、皆さんとは他人となる。仕事熱心なアントンが、ノアをもっと気に掛けてくれたなら良いけれど……。
「少し重くなったか? ノア。大きくなったな」
「まだまだだよ。おじいさまのほうがずっとおおきい」
「そうか。そうか」
心の中であれこれ考えていたら、義父の嬉しそうな声がしてきた。厳つい顔立ちのガーラント伯爵はノアの言葉に破顔させる。優しい笑みが浮び、祖父と孫の微笑ましい姿がそこにはあった。二人とも黒髪に黒い瞳をしていて血の繫がりを感じさせる。その横には義母が連れ添い、それが自然な姿に思えた。
それがとても羨ましかった。私には入り込めない、血筋という確かなものがそこにあるような気がして。
「おじいさま。おろして」
ノアと目が合うと、ノアはデニスの腕の中から降りてきて「おかあさま」と、抱きついて来た。そのノアの頭を撫でてあげていると、脇から「やはりじーじよりも、母さまの方がいいか?」と、義父のがっかりしたような声が上がった。
それがちょっとだけ誇らしかった。でももうじき私は、ガーラント家の人たちとは縁が切れるのだ。それがなんだか寂しく思われてしまった。こんなことになるぐらいなら、アントンの言うなりになんてせずに、皆さんともっと交流しておけば良かったのだ。今頃気がつくなんて遅すぎる。
「さあ、どうぞ。座って」
応接間に通される。マルゴットに勧められノアと二人並んでソファーに腰を降ろす。義父たちは向かい側の席についた。侍女達がお茶の支度をしてくれて、ノアの前にお菓子が置かれた。
ノアはお菓子に手を出さなかった。フィーのところで出されたミルクと、ナッツでお腹がすでに膨れていたらしい。それを知らない義父は遠慮していると思ったらしく、「遠慮しないでお食べ」と、さかんに勧めていた。
ノアは私の腕に顔を伏せて眠たそうにする。義父は苦笑いし、私に言った。
「お前たちとこうして会うのは何年ぶりかな? アントンはどうしている?」
「二年ぶりくらいでしょうか。アントンさまは元気ですよ。今日もお仕事に向かわれました」
義父と会った日を振り返る。確か結婚式の日にお会いしてから一年後、アントンに連れられてノアと三人で訪れたことはあった。でも確か挨拶もそこそこに、アントンに連れ出されるようにしてこの家を出たような気がする。
「おとうさまね、おうちにかえってこないの。おしろにずっといるの。おしごとだって。ぼく、さみしい」
無邪気にノアが言い放つ。それを聞いて義父は顔を顰めた。
「アントンは屋敷には帰ってきてないのか? ユリカ」
「昨日は帰ってらっしゃいました。ただ、仕事がお忙しいようで、ここの所、屋敷に戻られるのは一ヶ月に一度くらいです。体を壊されないといいのですが」
「ほほう」
義父は、アントンが屋敷にあまり帰ってきてないと知って不快そうだ。私は義父が、ノアの発言から、アントンについて誤解することを恐れていた。アントンが仕事に没頭するのは、息子に会いたくないからか。なんて思われることのないようにと、言葉を選んで言ったつもりが余計な事だったかもしれない。
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