第2話・きみのことはそれなりに大事に思っている
「その……、あれだ。きみが嫁いで来てもう三年になる」
その言葉に頬を張られたような気がした。貴族の結婚は政略ありきで末永くとは言いがたい。婚家に嫁いだ女性に望まれるのは、その家の後継ぎとなる子供を産むかそのスペアを産み落とす事。私にはそれが出来ていない。
私と結婚して三年も経つのに、子供が出来てないことが問題なの?
「こんな事を言うのは自分の我がままだと重々承知しているが、きみを妻には迎えたが仕事柄、この屋敷にそうそう帰ってくることもないし、きみとの間に子を成すのは難しい」
「そのことをお義父さま達から……?」
私にはそのようなことを言いそうな相手には心当たりがなかった。もしかしてその事を指摘するとしたら義父とか? 疑ってはきりがないけれど……。
「いや、父に勧められたわけではない」
義父に言われたのではないと知り、少しだけ心が軽くなった。彼は義父と絶縁状態にあるからそんなはずはないと思ってはいても、舅はこの国の将軍であり、ガーランド家の当主だ。その人に離婚を示されたなら決定的だ。
でもアントンはまだ二十六歳だし、私は二十一歳。私達はもう子を成せないという年齢ではない。この三年間、彼の仕事が忙しくて一緒にいる時間が少なすぎただけ。でも世間ではそんな事はいい訳にもならない。三年もあれば子供が出来て当然と考える世の中では、妊娠しない女はどこか体に欠陥があると思われ、石女(うまずめ)と呼ばれて、婚家から追い出されても仕方なかった。
考え込む私に、彼は言った。
「これは私の一存だ。勝手に思われるかもしれないが、私はまだ二十六だ。好きにやってみたいんだ。頼む、ユリカ」
「アントンさま?」
彼は済まないと頭を下げてくる。笑えない冗談だ。今をときめく近衛隊総隊長として、貴族令嬢の憧れのもとである彼。私に問題がないというのなら、もしかして? 疑えばきりがない。
「誰か他に好きになったお方でも?」
アントンがピクリと眉を動かす。
「違う。それは断じてない」
「じゃあ、どうして私と別れるだなんて……?」
彼は異性に注目されることが多いだけに、自分の行動を慎んでいるところがあった。それは彼の父親の影響が大きいのだけど、不貞しているの? との私の言葉に、アントンは大げさなくらい大きく首を横に振った。
「きみのことはそれなりに大事に思っている」
「それならなぜ?」
それなり? その発言に胸の中がもやっとする。私のことを大事に思っていると言いながら、どうして別れようなんて言い出すの?
「すぐに出て行けとは言わない。今月中に荷物を纏めておいてくれ。じゃあ、私はまた仕事に戻る。見送りはいらない」
そうアントンは言って、私の肩を軽く叩くとバルコニーから立ち上がった。それは気安い態度で友人か、気心知れた相手にするようなもの。妻にするようなものではない。私のことをアントンは何だと思っているのだろう。
その場に一人残された私は面白くなかった。夫の為に入れた紅茶が、捨て置かれた様にポツンと目の前にある。思わずそれを手にしていた。
すぐに追い出しはしないと言いながらも、荷物整理をしろだなんて。彼の中で答えは決まっている。アントンは私の意見を聞いてはくれなかった。三年も一緒にいたのにあんな人だとは思わなかった。
「……勿体無いわね」
誰に言うでもなしに、私は彼の為に入れた紅茶を飲み干した。彼に飲んでもらえなかった紅茶は少ししょっぱい味がした。
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