第29話 不安①

「うわぁ、凄いね」

 

 空気が抜けるようにして犬塚さんは驚いた様子を見せる。僕にとっての日常も犬塚さんにとっては非日常になるのは何とも面白いものだ。辺りの安っぽい光が犬塚さんに当たり輝いて見えた。

 

 あの後僕は犬塚さんを連れて近くの大型ゲームセンターに来ていた。連れて行きたいなんてカッコいい事言っておきながら、目的地がゲームセンターなんて甲斐性が無さすぎるにも程があると今になって思う。物凄く恥ずかしい。

 

「見渡す限りクレーンゲームしか無いなんて……凄いね」

 

 犬塚さんが言った通りここはただのゲームセンターではない。普通のゲームセンターぐらいなら犬塚さんだって行ったことはあるだろうし。

 

 バッティングセンターから電車を乗り継ぐ事十五分。最寄駅の眼前には海が広がり潮風が漂うこの場所に、このクレーンゲーム専門のゲームセンターは存在した。

 

 僕も魚住と一回だけ、アニメのフィギュアを取りたいという魚住について行ったことがあったので、この場所を知っていたという訳だった。

 

 しかしだ。

 

 何度も考えてしまう。女性を連れてくる場所として、ここは適している場所なのかどうかを。

  

 でも。

 

「鷹岡くん、あれ、あれ見て」

 

「ん? どれ?」

 

 犬塚さんが指差す方向を見ると、どうやら生の野菜が入っている物らしく、珍しそうに犬塚さんは目を輝かせた。

 

「えっと……やってみる?」

 

「……うん、取れちゃったら、どうしようね」

 

 ふふっと笑う犬塚さんに、そこまで気がついていなかった僕はハッとした。

 

 確かに取ってどうするのだろう。

 

 そんな疑問は取り敢えず置いておいて、僕はその野菜のクレーンゲームに硬貨を投入した。

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犬か猫かは、選べない。 香椎 柊 @kac_shu

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