第26話 突然

 それは突然の事だった。予期せぬ事柄過ぎて思わずスマホを落としてしまった。

 

 僕はもう一度スマホに届いた文章を見るためにメッセージアプリを開く。

 

 女性の後ろ姿。アイコンの女性の着ている服に見覚えがある。画像はどうやら犬塚さんの後ろ姿の様で、オシャレ度は僕のアイコンとは雲泥の差だった。

 

 犬塚さんから届いたメッセージはどうやら二通。最後はどうやらスタンプのようでどんなスタンプを使っているのか気になってしまった。

 

 とは言え直ぐに既読を付けるのは正解なのだろうか?色々考えてしまいタップを躊躇ってしまう。

 

「どうしたのだ、鷹岡よ」

 

「……魚住」

 

 颯爽と僕の目の前に現れたのは学内唯一の友人こと魚住一。今日も今日とて愛用の黒いリュックには沢山のアニメのキーホルダーが付いていた。何となくだけど先月よりもちょっと増えてる?


「なぁ、魚住」

 

 分厚いレンズの黒眼鏡をくいっと人差し指で上げると、腕を組み直してどっさりと背もたれに背を預けた。


「人からメッセージが来たら直ぐに既読をつけて返事をするか?」

 

「ん? 急にどうしたのだ?」

 

「あ、いや。まぁその、なんだ。たまに返事に困るようなメッセージが来ることってないか?」

 

 相手の腹を探る様に僕は隣に座る魚住を横目で見る。魚住は腕を強く組みながらただ前を見据えていた。なんだかその姿は勇ましさすら感じてしまった。

 

「……鷹岡よ」

 

 こちらを見る事なく僕の名前を呼んだ魚住。なんだか修行僧のような横顔だが、僕は彼の回答を静かに待った。そしてそれはそれは重い重い口を開いて僕を落胆させた。

 

「そんなメッセージをやり取りするような友がいると思うか?」

 

 ですよね。

 

 言い切った魚住はどこか誇らしげでその勇ましさの理由がわかってしまった気がした。そもそもの前提が僕らは違う。改めて僕らの立場を理解した後に、僕は諦めて犬塚さんから届いたメッセージをタップした。

 

『こんにちは。急にごめんね。突然なんだけどこの前のお礼をさせてくれないかな? 暇な日を教えてくれると嬉しいです』

 

 長過ぎず短く過ぎず適量でそれでいて綺麗な印象を受けるですます調の文章に一瞬にして緊張が抜けていく。そうしてこの前起こった出来事を薄らと思い出す。

 

 そう言えば別れ際にお礼がしたいと言っていたな。こめかみの辺りをポリポリと掻く。

 

「それで鷹岡よ、そういう事を聞くって事は己が身にそのような事が起きている、という事でよいのかな?」

 

「あ、まぁそんな感じ」

 

「……そうか。してそれは女か!?」

 

「……えっ」

 

 それまでずっと前を見ていた魚住は獲物を狙う肉食獣かの如く鋭い眼光で僕を横目に捉えていた。気を抜けば喰われる。それ程の眼力だった。失言は命取りだ肌でそう感じる。

 

「な、なんでそう思うんだよ?」

 

「ふふふ、それはな——」

 

「それは?」

 

「勘だぁっ!」

 

「……はぁ」

 

 近くの席に座っていた学生が痛いものを見るような目で魚住の事を盗み見ていた。あぁ聞いた僕が馬鹿だったから頼むから変に目立つのは止めてくれ、魚住よ。

 

 既読はつけてしまったがどうしよう。担当教授も入室してしまったので直ぐには返せなさそうだ。軽く返事でもするべきか?

 

「そう言えばなんだが鷹岡よ」

 

 普通のトーンに戻った魚住があっけらかんと言った言葉に絶望した。

 

「既読を付けずにメッセージを確認出来るアプリがあるらしいぞ」

 

「……先に言え」

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