第24話 看病②

「お兄ちゃん、料理出来るんだ! すごーい!!!」


 猫崎さんの妹、茜ちゃんがその小さくてまん丸な目を輝かせながら僕が料理している様子を覗き見ている。その後ろで静かに見守っている伊月くんとは対照的だなと思った。


 太陽と月といったところだろうか。


 猫崎さんの許可を得て家に置いてある食材を漁らせてもらった。どこそこちゃんと綺麗にしてある猫崎さん家は今でも尚居心地はよく無かった。


 食材を並べ自分の力量で出来るものを考えた結果、野菜炒め兼焼きうどんにする事にした。


 埃一つ見つからない白く寂しいキッチン越しに、これまた広いリビングを眺める。


 リビングにはテレビやソファなどの必要最低限の物しか置かれておらず無駄なものは一切見当たらない。窓際には天井にも届きそうな程大きく育った観葉植物が鎮座しており、僕の家に置いたら一瞬でスペースを奪われてしまいそうだなと思った。


「……お姉ちゃん、大丈夫かな」


 先程まで瞳を輝かせていた茜ちゃんが溢れ出る気持ちを吐露するようにそう言葉を溢した。近くで伊月くんも心配そうにしていたので、炒めている横目で二人の方を見ながら言った。


「猫崎さんのこと好きなんだね」


「うん! 茜、お姉ちゃんのこと大好き! 伊月もそうだよね?」


 勢いよく同意を求めながら茜ちゃんが伊月くんの方を見た。伊月くんは尚も声を出すことはなかったが大きく強く頷いていたので概ね茜ちゃんと同じぐらいには猫崎さんのことが好きなのだろう。


 ——面倒見がいいんだなぁ


 そうこうしているうちに簡単焼きうどんが完成し辺りがほんのりいい匂いがした。


 少し多めに作っておけば後で猫崎さんが元気になった時に食べられると思い、僕は使ってもいい皿を出して三等分にしていく。


 その様子を見ていた茜ちゃんが何やら嬉しそうな顔をしながら僕に言った。


「お兄ちゃんも一緒に食べるよね?」



 手放した意識が手の届くところまで来たので私はそっと手を伸ばし意識を取り戻す。見覚えのある白い天井は熱のせいか未だぼんやりとしていた。しかし先程までの怠さは少しばかり和らいでいるような気がした。


 ゆっくりと体を起こして辺りを見回す。卓上時計の秒針音だけが部屋に響いていた。


 そして時刻は夜の九時。物音がしないところを見ると母親はまだ帰宅していないのだろう。少しだけ胸を撫で下ろしたのも束の間、はっとフラッシュバックのように茜と伊月を思い出した。


 ——そうだ、ごはん


 そう心の中で思い出したが動くのを思い止まる。


「鷹岡くん」


 ポツリとそう彼の名前を呟く。


 頭はまだぼんやりとしているのに彼の姿だけは何故だか鮮明に思い出せる。初めての違和感に一人首を傾げた。


 静かな家にかすかな香ばしい匂いが漂い、匂いに反応したのかお腹ぐうっと小さくなった。


 ドアを開けると小さな光を灯しながら一人洗い物に興じる男の子の姿があった。

 

「猫崎さん、僕が何か作るよ」

 

 断るに断りきれずに家事を頼んでしまった鷹岡くんの姿がそこにはあった。声をかけようかどうか迷っていると私に気が付いた鷹岡くんが驚いた顔のまま話を掛けてきた。


「猫崎さん!? もう起きて大丈夫なの?」


「うん、まだ少しぼーっとするけど」


 紅潮してしまっている顔のままだと説得力に欠けているようで鷹岡くんの目は私の事を疑っていた。私としてはここまでしてもらってる申し訳なさの方が勝ってしまいなんて言えばいいのか正直頭の中はグチャグチャだった。


 ——変な感じだ。


 私が無言で流し場に近づこうとすると鷹岡くんが私の前に立ちはだかり私を止める。


 本屋でアルバイトしているとき彼が隣にいるときあまり気に留めることはなかったが、身長が低い私にとって彼がとても大きく見える。それになんだか今日はいつも以上に逞しく見えてしまい、なんだか急に体温が上がってきているような気がした。


「……っ! 猫崎さん!」


「……あ、れ?」


 体が言うことを聞いてくれない。くらっと意識を奪われそうになって崩れ落ちそうな私を鷹岡くんが力強く抱きとめる。それに気がついて顔を上げると彼の顔が近づいてはっとした。


「大丈夫!?」


「……ごめん。ありがと」


 彼に支えられながら立ち上がる。


 自室に戻るように言われたが今はどうしてだかその言葉を飲み込む事ができない。今の私の思考は、子供が母親に甘えたいがために駄々をこねるのと同じような気がした。


 私が拒否するのを鷹岡くんはそれ以上は追求する事なくただ私の次のアクションを待っていた。


 私はソファにどっさり座ると行き場に迷う鷹岡くんがわたわたしていたのでポンポンと隣を叩いて誘導する。それに気がついた鷹岡くんはソワソワしながらも少し離れて着席した。


 ほんの数分だったと思う。


 秒針音だけがまたしても辺りに鳴り響く。それ程の静寂に背筋が伸びる。


 この均衡を破ったほうが会話の主導権を握る。直感でそう思った。だからこそ私から何かを切り出さなくてはいけないのに私にはそれ程の会話力がない。


 ——あぁ、ほんとうにダメだな。私。


 一人で落ち込んでいるとこの静寂を破るようにして鷹岡くんが私に向き直って口を開いた。


 「……ね、猫崎さん! あの……」

 

 ぐぅーーーー

 

 私のお腹の音が彼の会話を遮る。


 私は一瞬にして体温が急上昇していった。


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