第23話 看病①
「パパー、はやくはやくー!」
幼い私の精一杯の力でパパの手を引く。やれやれといった様子のパパも私の無邪気さに根負けし、満更でも無いほどに喜んでいるのがわかった。
パパの肩越しにスマホを確認しながら歩くママの姿が確認出来た。休日といっても仕事から手が離せなかったようだが、幼かった私は、忙しそうだなぁ、ぐらいにしか思っていなかったので、あの時の私は何とも暢気なものだったなと後々に強く感じた。
今日は久しぶりの家族揃ってのピクニック。いつもの公園とは違い、家から少し離れた場所にある広大な見たことのない遊具がたくさんある公園へと足を運んだ。
辺りの目新しさに心が躍った。
近くの木陰にカラフルなレジャーシートを敷いてママは渋い顔で腰を落とす。パパは背負っていたリュックに入っていたものを次々に取り出してレジャーシートが飛んで行かないようにした。
「パパ、パパ! はやくはやく、いこ!」
「うん、わかってる。ちょっと待ってて?」
嫌な顔を一切見せず当たり前のパパを演じ切るパパ。私に向ける笑顔が愛情そのものだと肌で感じた。
ママも!
そう言って私の無邪気な笑顔をママにも見せる。
パパも笑顔になったんだ、ママもきっと笑顔になるはず。私はそう信じて疑わなかった。
あの時のママの顔。私はよく覚えていない。ちゃんと見ていなかっただけなのかもしれない、もしかしたら忘れちゃっただけなのかもしれない。
でも、本当にそうなのかな?
ううん。違う。私は確かに自分の双眸でママの顔を捉えたはずだ。
私が記憶に蓋をしているだけなのだと今になって思い出した。
あの時、ママは。
私の笑顔とは裏腹に凍りついた目で私の事をきっと睨みつけていたのだ。
「……猫崎さん!」
何度かの呼びかけに漸く反応した猫崎さんが重い瞼をゆっくりと開いた。
まだぼんやりとしているようだが僕の事をしっかりと視界に写して、ゆっくりゆっくり状況を飲み込んでいった。
「お姉ちゃん!」
妹の茜ちゃんが涙を湛えながら力強く猫崎さんに抱きついた。それにつられて弟の伊月くんも反対側から抱きつく。
突然のことに流石の猫崎さんも狼狽えていたが、すぐに2人の事を強く抱きしめ返した。
「良かった、目を覚ましてくれて」
「……ごめんなさい。心配も迷惑もかけちゃって」
本当に申し訳なさそうにする猫崎さんの姿を見て僕は急いで首を振る。尚も頭を下げたままだったので話題を変えるために、伝えないといけない事を切り出した。
「僕の方こそごめん。勝手に家にあがっちゃって。失礼極まりないことこの上ないんだけど、返事が無かったから、その……」
「ううん、大丈夫。助かったよ本当に」
「いやいや、僕は何も。あ、何か飲む? 色々買ってきてるんだ」
置きっぱなしにしていたコンビニ袋から水や栄養ドリンク、ゼリーやおかゆなど手軽に食べられそうなものを取り出していき本来の役目を果たそうとする。
水を開けて渡すと猫崎さんはくいっと一飲み。その姿を見て僕は漸く肩の力が抜けた。
僕と猫崎さんのやりとりを茜ちゃんと伊月くんは静かに見守っていた。特に茜ちゃんの方は僕の事をじっと見つめたままだったので流石に耐えきれず僕の方から口を開いた。
「ええっと、その、どうしたの?」
「……お兄ちゃんは、お姉ちゃんとどういう関係なの?」
声にならない変な声が出る。真剣な眼差しが凄く痛い。
友達だという事を身振り手振りで伝えると、茜ちゃんは納得したように小さく頷いた。
猫崎さんの方を見ると視線が絡まる。
目があった猫崎さんは少し目を丸くして驚いた様子だった。
はっと気がつき目を逸らしてしまった。
「……お姉ちゃん、僕お腹空いた」
今まで静かだった伊月くんがお腹に手を添えながら僕らを順に見る。
猫崎さんの学習机に置かれていた卓上時計を確認すると、もうすっかりいい時間になっていて、僕も言われてなんだかお腹が空いてきたような気がする。
「そうだね、今準備するよ」
「まだ寝てないとダメだよ、猫崎さん!」
起きあがろうとする猫崎さんをなんとか制止する。
僕を見た瞳が微かに潤んで辛そうなのが伝わってくる。
よし!
僕は意気込み立ち上がる。
「猫崎さん、僕が何か作るよ」
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