第22話 風邪②

 鷹岡悠馬、十九歳。絶賛大ピンチ。


 お見舞いという行為をするのも初めてだし、そもそも女の子の家に行くのなんて生まれて初めてで。初めてづくしが僕を押しつぶしていく。今の僕はミジンコよりも小さいかもしれない。


「ここ、だよな?」


 猫崎さんが指定した場所に辿り着いた僕はとりあえず上を見上げた。天にも届いてしまうのではないかと思うぐらい高いマンションが僕を見下ろしていた。


 一瞬で済む世界が違うことがわかった。


 猫崎さんの部屋番号を押すと、三コール目で猫崎さんが出てくれた。掠れた声で返事をする彼女の姿を一瞬だけ見たが、こちらまで苦しくなってしまうほど赤らんでいたのがわかった。


 来ちゃったけど、大丈夫かな?


 一抹の不安が過ぎっていく。


 そもそも、そもそもだ。


 僕は生まれてこの方誰かの見舞いなんてしたことがなかった。


 正直使い物になんてならないに等しいから、精々出来ても何かを買ってくる事ぐらいしかない。


 今日も一応だが、風邪のお見舞い定番のものたちをそれなりに買ったはいいものの果たして正解かどうかなんて知る由もなかった。


 耳がツーンとぼやけた感覚が襲う。普通では経験することのない感覚に背筋がピンと伸びた。


 最上階の一番奥の部屋。そこが猫崎さんの家。


 長い長い廊下を歩いて辿り着いたドアの前で僕は大きく静かに深呼吸をする。


 ふーっと吐き合えるのを合図に僕はインターホンを押した。


 胸の鼓動は徐々に早くなり心音が辺りを響いているような気がする。余計なことが脳裏をよぎり僕は頭を振って雑念を消す。


 ほんの数秒が、ほんの数分。待っていても一向に猫崎さんが現れる様子がないことに不安を覚える。


 あれ、開いてる?


 ドアが開いていることに気がついた僕は少しだけ開けて中を確認する。やましい事をしている訳ではないが、中からのひんやりとした空気が僕を責め立てているような気がしてしまった。


「猫崎さん? いる、かな?」


 生活音の無さに背筋が凍る、変な汗が滲み出てくるのを感じながら、玄関から猫崎さんの名前を呼ぶ。


 嫌な予感だけが駆け巡る。


 僕は玄関から急いで中へと入り彼女の姿を探した。


 広いリビングには余計なものが置かれてなく埃一つすら見つからないほど綺麗になっている。しかし同時に無機質さが表れているような気がして、他人の家という理由ではない居心地の悪さがあった。


 辺りを見回すとドアの隙間から灯りが零れ出ている部屋があり、僕は直感的にそこが猫崎さんの部屋だという事がわかった。

 

 僕が近づくと何やら猫崎さん以外の声が聞こえてきた。きっと弟と妹さんだろう。


「猫崎さん?」


 猫崎さんの弟と妹が知らない男の侵入に驚いたように目をまん丸に見開いてこちらを見る。その痛い視線を浴びながら僕の目の前に飛び込んできたのは猫崎さんが力なくぐったりとしている様子だった。


「猫崎さん!!!!!」

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