第19話 熱中
「うわ、面白すぎる」
部屋には誰もいないのに、あまりの作品の出来に感嘆してしまう。
元々王道のRPGとして日本だけでなく世界でも有名になった作品の二作目。
発売日が丁度受験期と被っていたこともあり、買うタイミングを逃し続けてここまで来てしまった。貸してもらわなければもしかしたらずっと忘れたままだったかもしれない。
「うぁ、ファン失格だ」
喜んで嘆いて。今日の僕は忙しい。
ゲームを一時中断して僕はベッドにどさっと倒れる。ゲームの余韻に浸る。幸せな休日だ。
余韻に浸ってそれが僕の中で渦を巻いて、僕という容れ物から溢れ出してしまいそう。この興奮を誰かに話したい。でも相手がいない。
魚住はこういう王道系を得意としていないし、かといって家族の誰かに言ったところで伝わるはずもない。どんどんと膨れ上がる風船のように、共感してほしいという欲が膨れ上がっていく。
「こんな事で連絡するのは迷惑、かな?」
僕は起き上がってベッドの上で正座する。スマホのメッセージアプリを起動し、少ない友達欄からその人の名前を探し出す。ほんの数秒で達成された。
猫崎さんの登録名はフルネームで猫崎柚葵。アイコンは飼い猫なのだろうか、真っ白な猫の写真になっている。一方の僕はというと、普通に漢字でいいものをわざわざ陽キャっぽくゆーま、なんて伸ばして、アイコンもいつ撮ったかもわからない某コーヒー店のカフェモカになっている。
こうしてみると凄く恥ずかしくなってきて急いで変更をする。名前も悠馬で、アイコンの写真は、直ぐに思いつかなかったのでいつか撮った鳩の写真にしておいた。
「さすがに迷惑だよな」
いきなりアルバイト先の同僚が、しかもそこまで親しくない男から、ゲームを貸してくれたとはいえメッセージが送られてくるのはどう思うだろうか。
一年間一応同じ場所で働いているから他人と言えば違うし、とは言え友達かと言えばそれも違う気がする。
「うわぁ!こういう時どうすればいいんだぁー!」
鷹岡悠馬十九歳。絶賛コミュニケーションで悩み中。
でもこういう時は送らないが吉。僕が少し我慢すれば良いだけの事だし、たかがゲームの感想を送ってしまうような男だとも思われたくない。
だから僕はスマホを閉じた。閉じてゲームに集中しよう!集中すれば。
「やっぱり誰かと話したい!」
集中し過ぎてゲームに没頭する事3時間。面白さが更に増してもう爆発寸前だった。
迷惑だと言われたら金輪際メッセージを送らない。今回は酔っていたから記憶にない。今日は誘惑に負ける日だと思って素直に負けよう。
しかし長文は気持ち悪いような気もするので、短く簡潔に。
「ゲームありがとう!凄く面白いね!今日は時間を忘れてしまうほど熱中してしまいました汗ほんと貸してくれてありがとう!」
うーん、ちょっと長いような気もするけれどこれぐらいが限度かな。
僕は急いでスマホを閉じて枕に顔を埋めた。返事が来て欲しいようで来て欲しくない。変な感覚だ。
今日は本当に感情が忙しい。
「お疲れ様でした」
アルバイトが終わったのは九時半ぐらい。
今日はお客さんも少なかったので忙しくなかった。
今日も今日とて店長たちが仲良さそうで実に微笑ましかった。
風が生ぬるい。夜なのに涼しさを感じられなくなり、夏の訪れを感じ始める。
今日は駅まで一人。直ぐにヘッドホンをつけてお一人様に浸る。
しかし、今日はどうやら違った。音楽を流す前に、ピロンとスマホの通知音が鳴った。
普段音楽や動画以外に使うことなんてなかったので、急いで確認してみる。
「ゲームありがとう!凄く面白いね!今日は時間を忘れてしまうほど熱中してしまいました汗ほんと貸してくれてありがとう!」
胸がトクンと波打った。
急なメッセージにその場で立ち止まる。
内容を確認する。どうやら私が昨日貸したソフトの感想とお礼のようだ。わざわざ送ってくれるなんて律儀な人だなぁ。
それにしても何て返そうかな。
淡白すぎるのは冷たい女みたいで嫌だけど、友達とやりとりしたことがなかったので返し方がわからない。
それにしても、メッセージからも彼らしさを感じる。短く過ぎず長過ぎない。丁度良い感じが彼らしい。
ならばと思い私も自分らしく返そう。
そう結論付いたのは自分の家の最寄り駅に着いた時だった
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