第11話 心配②

 整理する事二時間。明日店長と猫崎さんでもなんとかなりそうな所まで出し切ると、これ以上は流石に遅くなるので僕らは切り上げた。


 今日も当然、僕は駅まで猫崎さんを送る。本当は最寄り駅からも送りたいところだが、流石にそこまでは申し訳ないからとやんわりと断られた。


 少し雨の臭いが漂っている。早く帰らないと雨に会うかもしれない。僕が気にせず歩いていると猫崎さんが少し後ろで立ち止まった。


「猫崎さん?」


「……鷹岡くん」


 そう言って猫崎さんは僕の事をすっと見て言った。


「この前の答え聞いてない」


「この前?」


 猫崎さんは僕に近づいて来て服の裾を引っ張り、駅とは違う方向へと進路を変えた。


「ちょ、猫崎さん?」


 僕は猫崎さんに引っ張られること数分、住宅街にポツンとある小さな公園へと連れられた。


 猫崎さんはそのままブランコまで僕を連れて行き、座るように促す。何だかよくわからなかったが、僕は猫崎さんに従い何十年か振りにブランコに座った。


 座った瞬間、金属が擦れた音が辺りに響いた。全体重をかけたらブランコが外れてしまうのではないのかと思ったが、案外大丈夫らしい。


 もう一つのブランコに猫崎さんがちょこんと腰を掛けた。


 今日の服装がグレーの無地のパーカーにショートパンツにスニーカーと身長も相まって、小さく収まる猫崎さんが一瞬中学生ぐらいに見えてしまった。本人には内緒にしておこう。


 未だ雨は降っていないが、吹く風に乗って土の香りがしてきたので、いつ本格的に降り始めてもおかしくはないのであまり長居するのは良くないなと考えていた時に、暫く口を閉ざしたままだった猫崎さんが、ゆっくりと話し始めた。


「答え聞いてなかったから」


「答え?」


「この前、ゲームショップで」


「あぁ」


 この前というのはあの時に事かと一人で納得する。とは言え特に何か僕が言わなくちゃいけないことなんてなさそうなのだが。


「私はどうしたのって訊いた」


「そ、そうだっけ?」


「うん」


「それで、それがどうしたの?」


「本当の意味で答えてもらってない」


「え?」


 本当の意味という事がやはりよくわからなくて視線を泳がす。猫崎さんは僕の様子を見て、ブランコから立ち上がり僕の前に立った。


 そして初めて本当の猫崎さんを見た。


「あの時、実はもっとはやくから鷹岡くんの姿を見つけてた。ちょうど私も同じソフトを買おうとしてたから。でも、鷹岡くんいつもとどこか違ったから、声を掛けるのに時間が必要だった。だから私はどうしたのって訊いた」


「猫崎さん」


 抑揚も表情も読み取りにくい猫崎さん。それでも僕の変化に気が付いてくれてずっと心配してくれていたんだ。


「だから、その、何度も訊こうとしたんだけど」


「……そっか」


「うん」


 必要な事を言いきった猫崎さんは再び隣のブランコに腰を下ろした。


 空に浮かぶ灰色の雲の流れが速くなる。もう少ししかこうしている時間は無いのだろうと僕に知らせる。それでもたまにはこういう沈黙も良い気がする。


「ありがとう、猫崎さん」


「……?」


 そして僕は勢いよく立ち上がり宙空を仰いだ。


「なんか、元気出たよ」


「……??」


 はてなマークを浮かべ続ける猫崎さんを余所に、僕は一人で精気を取り戻す。思わぬところからの励ましに僕は心が躍っていた。


「もうすぐ雨が降りそうだから、そろそろ帰ろう」


「う、うん」


 やっぱりはてなマークしか浮かんでいなかった猫崎さんを半ば強引に駅まで送る。


 駅まで送ると終電が間近に迫ってきており、間に合ってよかったと安堵する。


「それじゃ」


 また表情を無くした猫崎さんが素っ気なく挨拶をして僕とは反対方向の電車のホームへと向かう。僕もまた、とだけ伝えて別れる筈だった、はずだったのだが。


「猫崎さん!」


 僕の呼び声に猫崎さんはふっと振り返る。驚いたようで目が少しだけ真ん丸になっていた。


「今日はありがとう!気をつけて!」


 少し恥ずかしかったけれど、僕は大きな声でそう伝えて自分の乗る電車のホームへと向かった。


 後ろは振り返らなかったけれど、猫崎さんはどんな表情をしていたのだろう。それを知る事もないまま帰宅の途についた。

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