第10話 心配①

「それにしても、猫崎さんがゲーム好きだったなんて知らなかったよ」


「ん、まあね」


 本屋でのアルバイトも残り数十分、きっと最後のお客様になるだろう高齢男性の接客が終わると、静かな本屋に二人、レジに並んでいた。


 この時間になるともうほとんど人は来ない。来たとしても疲れ切ったサラリーマンか、夜まで元気そうな体育会系の大学生かそのぐらい。


 必然的に店内には僕等二人だけになる。


 今日は土曜日ということもあり、夕方からの時間は少し人出も多く、僕等二人体制のレジには列が出来てしまっていた。なんとか二人で捌ききってようやく訪れた静寂。僕は漸くこの前の話の続きをすることが出来た。


「普段は良くゲームはするの?」


「そだね、他の人よりかはする」


「訊いていいのかわからないけど一応、どんなゲームをするの?」


「なんでも」


「なんでもかぁ」


 この前の犬塚さんとは打って変わって、今度は僕が質問者になる。

 多く語らない猫崎さんと話すとこうなる事は薄々わかっていたけど、やっぱり多くは話してくれそうにはない。


「鷹岡くん」


「っ!は、はい!」


 思いがけない猫崎さんからの呼びかけに思わず敬語が出てしまう。名前を呼んだ猫崎は視線を泳がせ、何か言おうか言うまいか悩んでいるようだった。


「その、猫崎さん?」


「・・・やっぱいい」


 そう言って僕をシャットアウトしてしまった。何をしている鷹岡悠馬。


 店内に流れるBGMが静かに流れる。店長チョイスのBGMはどれも聴いたことがないものばかりで、話の話題にも出来ないほど。そのため、ただ沈黙を助長させた。


「二人とも、ちょっといいかな?」


 店長がバックヤードから現れ僕等二人を呼んだ。


 呼ばれた僕らは揃ってバックヤードへと向かった。


「悪いんだけど、ここの段ボールの整理お願いできるかな?」


 そう言って指差したのは積み重ねられた段ボールの山。


 店長は近々、この本屋に革命を起こすと僕らに宣言していた。この小さな本屋も小さいながらの経営をしてきていたお陰で、細々だが長く続いてきていたのであろう。


 若者の活字離れや、電子書籍化により紙媒体での販売自体が古いと謳われる中で、この本屋は潰れずによく頑張ったとよく店長は言っていた。


 しかし、守ってばかりではいけないのが経営というものらしく、少しは若い人も来て欲しいのが本当の願いらしい。


 という訳で店長は僕と猫崎さんに最近のおすすめの小説や漫画が何かないかと訊いてきたことがあった。


 なので僕は今はやりの習慣連載系の漫画をいくつか列挙したのだが、そう言えば猫崎さんは何を挙げたのだろうか?


 そしてそれが大体一カ月ぐらい前の事だから、この段ボールの中身はたぶんきっとそれらだろう。


「なんせさっき届いたもんで、明日でもいいんだけど、明日は戦力の鷹岡くんがいないからちょっとと思ってねぇ」


 確かに明日の日曜は僕はお休み。これを店長と猫崎さんだけで片付けるのは少々大変なような気がする。


「わかりました、今からやりましょう」


「そうか、助かるよ。それで申し訳ないんだけど今日は先に上がってもいいかな?」


 申し訳なさそうに僕らに頭を下げる。


「僕は大丈夫ですけど、猫崎さんは大丈夫?」


「ん、大丈夫」


 僕らの返事を聞いた店長は頭を上げて微笑んだ。


「ごめんねぇ、給料には今日の分入れておくから」


「いえいえ、大丈夫ですけど、どうかされましたか?」


「うーん、それが妻が体調を崩してしまってねぇ」


 そう言えば姿が見当たらない気がする。大体バックヤードで収支計算をしているのだがここ二、三日は見ていない。


「気にしないでいいよって言うんだけどさぁ、それでもやっぱり心配で」


「はい、大丈夫ですよ!気にしないで僕等二人に任せてください」


 猫崎さんを見ると小さく頷いていた。


 僕ら二人を見て店長が納得したのか、鍵を置いて小走りで帰って行った。いつまでも仲が良い二人の関係がなんだかほっこりした。


 店長が予めスペースを作ってくれていたようで、店頭の棚は一部物が置かれていない場所があった。ここに何を置くのか記されてあったので迷わずに入れられそうだ。しかし。


「それにしても量が・・・多いね」


「・・・そだね」


 この段ボールの量を見て隣に居た猫崎さんも若干だけど絶望の表情を浮かべていた。明日は僕はお休みだし、出来るところまではしっかりやらなければ。よしっと小さく自分で自分を鼓舞し、整理を始めた。


「あ、これ僕が言っていた漫画」


 進めていくと見覚えのある物たちが姿を現し始めた。


 習慣連載なのにこの画力と言った驚きのこの漫画。この漫画は因みに僕と魚住が話すきっかけにもなった作品で、今もまだ連載しているのになんだか懐かしいような気がするのは何故だろうか。


「あ」


 黙々と段ボールから商品を取り出していた猫崎さんが何かを見つけて小さな声を零した。


 僕はちらっとそちらを向くと手に持っていた物に見覚えがあって、思わず声を掛けてしまう。


「それこの前出たばかりの攻略本!」


 急に話し掛けられ猫崎さんはビクリとした。少し興奮気味になってしまった僕は急い謝る。


「ご、ごめん。急に話し掛けちゃって」


「ん、大丈夫」


 そして今度は猫崎さんから僕に訊いてきた。


「鷹岡くん、このゲーム知ってるんだ?」


「うん!高校時代によくやってたなー」


「ということは初代だね?」


「だね!そうか続編出てたのかぁ、あんなにやったのに知らなかったとは」


 僕は一人で唸っていると猫崎さんが続く。


「よければ貸そうか?」


「え、いいの?」


「ん」


 そう言って口角を少し上げてニコっと笑った。その笑顔を見たら何だか全部、飛んで行ってしまった気がする。


 一年共に働いていたけれど初めて見た本当の笑顔に少しだけドキリとした。


 

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