第7話 実家②

 自室で過ごすこと数時間、時刻は既に夕方の六時を迎えていた。空腹感に襲われた僕はリビングへと向かった。


 リビングキッチンになっている部屋のキッチンでは母親が絶賛夕食作りをしていた。因みに今日の献立は僕の大好きな煮込みハンバーグ。


 リビングのソファでは既に凪紗が陣取り、リモコンを片手にバラエティ番組の特番を観ていた。


 僕はテーブルの決められた席に座り。スマホを弄る。


 今日は凪紗も行っていた通り、姉の環も帰省してくるようだった。姉さんとも二カ月振りなので、なんだか会えるのが楽しみだ。


「ただいま、母さん」


 父さんが帰宅してきたようでリビングに入ってきた。気づいた母さんは一度手を止めて、父さんを出迎える。ジャケットを受け取ると父さんは荷物を二人の寝室へと置きに向かった。その後を追うようにして母さんも一旦姿を消した。そして、二人にすれ違うようにして、姉のたまきがリビングへと姿を現した。


「悠く~ん、久しぶりー!」


「あぁ姉さん、おかえぶっ!?」


 姉さんが僕を見るや否や力いっぱい抱きしめてくる。突然の事に僕はあたふたしてしまう。逃れようとしても逃れられない、その豊満な、いや、言わないでおこう。何だか奥から鋭い視線も感じるし。


 数十秒間抱き着かれた状態でいると、姉さんの方からすっと体を離した。


「よし!悠くん成分を仮充電しましたー」


「よ、よかったね」


 謎のエネルギー報告をし終えた後、同じく凪紗にも抱き着こうとする。


 僕の光景を見ていた凪紗は姉の魔の手からするっと逃げ延び回避する。抱きしめたはずの凪紗が腕の中に居ない事に気が付いた姉さんは、ポカンとしていた。


「みんな、揃ったみたいね。丁度、夕飯も出来たから食事にしましょ」


 父さんと母さんがリビングに戻ってくると、母さんが作った夕飯を全員で運び、食卓に全て並ぶと各々定位置に着席する。


「いだだきます」


 父さんを皮切りに食事が始まる。


 父さんとそして姉さんは、ビールのプルタブをくいっと開けて乾杯をする。ぼくももう少ししたらそこの仲間入りが出来るのだと思うとワクワクしながら、大好物の煮込みハンバーグを口に運んで行った。




「だがらねぇー悠くーん、お姉さん寂じいのでず」


「わかったよ、姉さん」


 既に出来上がった姉さんが僕に絡んでくる。父さんはというとアルコールを摂取すると眠くなってしまうらしく、リビングでいびきをかいて寝ていた。こうも様子が違うと面白い。


「ゆうぐーん」


 僕の腕にしがみついて離れない。かれこれ三十分はこの状態だ。


「環姉、悠兄が困ってる」


「えぇー、そんなことないよー、ねっ?ゆうくん」


「ま、まあ」


「やったー」


 体全体で僕を抱きしめてくる。やれやれと言った様子で凪紗は見ていた。


 酔っぱらった姉はもうだれにも止められない。抱き着かれた瞬間にふわっと香る香水は何の香りかわからないが好みの香りだ。



 

 姉さんの絡みから解放された僕はお風呂に入り、自室で久々の家族団欒を噛み締めていた。

 

 一人だとどうしてもテレビを付けていても、話し相手が居ないので時折寂しさを感じることがある。どんな小さな生活音でも響いてしまうので、久しぶりの賑やかな生活音に浸る。


「悠くーん、入るよー?」


 ノックと共に部屋に入ってきたのは酔いが収まった姉さんだった。


 僕よりも先にお風呂を済ませた姉さんは寝間着姿で僕の部屋のベッドに座る。


「どうしたの?」


「悠くん、大事な話があります」


 そう言って姉さんが畏まったので、僕もつられてかしこまる。猫背だった僕が自然と姿勢が矯正された。


「悠くん、彼女出来たの?」


「んぐっ」


 いや、だからどうしてそうなるんだと、本日二回目となるやりとりに僕は今日最後のダメージを喰らった。


「んぐ、はぁ。どうしてそう思うのさ?」


「だって、悠くん。何か私に冷たいし。凪ちゃんもなんだか悠くんに優しいし。色々考えて、考えた結果、彼女かなって・・・。」


「な、なるほど?」


 姉さんの謎理論はさておき、なかなかどうしてこうなるのかと僕は考える。二カ月でそんなに僕も変わってしまったのかと、この数カ月の出来事を思い出す。しかし、これと言って目ぼしい出来事が見つからず、姉さんに言った。


「はぁ、凪紗もなんだか疑って来たけど、彼女はいないよ?ほんとうに。それに、もしも姉さんに内緒で交際何てしてたら、姉さん大号泣でしょ?」


「・・・はい」


 少しウルっと涙目になる、姉さん。


 というのも、僕と姉さんがまだ実家暮らしをしていた頃。凪紗にも彼氏疑惑が突如浮上したのだ。僕はまったくもって気づいていなかったが、姉さんのよくわからないセンサーが反応したらしい。


 その時も、こうして今にも泣きそうに、というかあの時は泣いていたが、本人たちに問い詰めていた。あの時、結局容疑は晴れたらしい。


 そんなこともあり、僕と凪紗は二人である協定を結んだ。どちらかに恋人が出来たらまずお互いに相談し、その後二人で姉さんに告げようという事を。


 僕ら二人を異常なまでに溺愛している姉さんに、いかにダメージを最小限に伝えられるかは、今後の課題となるだろう。


「僕も凪紗も恋人が出来たらちゃんと姉さんに報告する。約束だ」


「・・・うん」


 僕が言ったことに安心した姉さんはホッとしてベッドにどさっと横になった。置いてあったブルーのクッションを抱きながら右に左にくるくるしていた。


 何だか今日は違う意味で疲れたなぁと壁に掛けていたカレンダーを何気なく見る。来週の今は下宿先に帰っている頃だよなぁなんてしみじみしていると、カレンダーの数字が想起させた。あれ、そういえば僕も来週小テストあるんじゃね?


「うわぁ!テスト!!!」


 急に叫んだ僕に驚いた姉さんが飛び起きてどうしての?と訊いてくる。僕は急いで端的に説明すると、聞き終わった姉さんはくすくすと笑い近づいて頭をポンポンと乗せた。


「ふふ、ほんとはもっと長居しようかと思ったけど、部屋に戻ろっかなー、それじゃあ、おやすみ、悠くん」


 ひらひらと手を振って、姉さんは僕の部屋から退出した。


 その後の時間から僕は追い込んだ。下宿先に帰るのも一日前倒し、とにかく追い込んだ。家族の余韻を感じることなく、僕は小テストの日を迎えるのだった。

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