第6話 実家①

 一人暮らしを始めてから、僕は両親の有難みを知った。


 逆に一人暮らしを始めなければ、この有難みを知る事も出来なかったのだと思うと、本当に恐ろしや。両親には頭が上がらない。ありがとう、父さん、母さん。


 GWということで、僕は久しぶりに実家に帰省していた。


 下宿先から実家までは電車を乗り継いで一時間強と言ったところで、新幹線や飛行機を使う程の距離ではないので気軽に帰省できる。


 一時間なら実家通いすればいいのでは?と家族の議題に上がったが、お金を出してくれた父親が「男なら早めに一人暮らしを経験した方がいい」とカッコよく母親を説得してくれたので、やっぱり父さんには頭が上がらない。ありがとう。


「悠兄、ちょっといいー?」


 僕の部屋をノックして入っていたのは妹の凪紗なぎさだった。


「悠兄さ、この問題わかるー?」


「ん、どれ?」


 そう言って問題集を僕に差し出して、シャーペンでぐるっと問題を指し示す。高二の数学の問題か。文系の僕にとって理数系の問題は得意分野とは言い難かったが、問題を見る限りどうやら僕でも解けそうな気がする。


 しばらく熟考してみたのちに答えを導き出せたので、なんとか兄の威厳は保てそうだ。


 僕は解けた問題を細かく教えていく。


 妹の凪紗は今年で高校二年生になる。高校時代で一番のんびりできる時代。あれ、これは僕だけか?


 ともあれ凪紗は絶賛志望校選びに精を出し始めてはいるが、本格的な受験勉強はまだだった。なんでも早くから手をつけられることに越したことはないが、折角の高校生活、勉強だけではなくて、色んなことを楽しんでほしいなと思うのが兄のささやかな気持ちだ。


「そして、この公式を使うと」


「あー、なるほど。わかった、ありがと」


 僕の机を使って要点を纏める。

勉強をしているの理由は来週ちょっとした小テストがあるから。しばらく遊び惚けてたからちょっとやばいかもとのことから急いで復習をしているらしい。頑張れ、妹よ。


 勉強している姿を見ると、二カ月ぐらいしか経っていなかったのに、なんだか凪紗が成長していたように思えてじっと見つめていると、視線に気が付いた凪紗が横目で見つめ返した。


「なに?」


「あぁ、なんでもない」


「いや、なんか言いたいこと有るんでしょ?」


「いやいや、そんな大したことじゃないよ」


「そういうのが一番気になるんですけど」


 ノートで要点を纏めていた凪紗が体ごとこちらに向いて、僕の次の言葉を待っていた。本当に大したことではないんだけどな。


「なんか、その、なんだ。二カ月しか経ってないのに、なんだか凪紗は大人になったなって」


「・・・はぁっ?」


 そのはぁという言葉は、毎年僕に反抗期な凪紗最大の冷たい返しだった。頑張れお兄ちゃん。


 凪紗はしばらく黙っていたので、沈黙を破るために僕は続けた。


「その、長かった髪もバッサリ切ると一段と大人びるんだなって。それに雰囲気もどことなくしっかりしてきたというか、なんというか?」


「・・・なんで最後疑問形なの?」


 ジト目で僕を睨む凪紗だったが、言いきらない僕を見て重めの溜息を零した。


「悠兄さ」


「ん?」


「彼女とか出来たの?」


「ぶっふ」


 真剣に聞こうと思ったら突然の鋭利な質問にダメージを喰らう。思わぬ角度からの攻撃が更に傷を抉ってくる。


「悠兄がそんな気が利いた事言えると思わないし。一人暮らしだから色々出来るじゃん?だから彼女の一人や二人ぐらい、もう家に誘ったのかなって」


 痛い、痛いよ凪紗。傷口をこれ以上抉らないでくれ。彼女はもちろん、友達だってあの、あの変わり者のあのうおずみしかいないんだよ。


 そんな残念ライフを送っているとは言えず急いで否定する。


「その様子を見るとそんなことは無さそうだね。今回はたまたまってことね」


 ちょっと残念そうな顔をした凪紗を横に、大ダメージを喰らった僕はベッドでもがき苦しむ。


 大学生になったからといって誰しもが彼氏彼女を作る事が出来るというのは断じてない。校内を二人で仲良く歩いたり、一緒に講義に出たり、同じサークルなんかに入ってみたりと。


 僕の妄想だけが独り歩きして、実際の僕はというと恋人関係は愚か、友達関係すらまともに構築なんてできていない。


 一人で納得していた凪紗はノートと問題集を手に取ると、僕の部屋を後にした。去り際に思い出したように言い残した。


「あ、今日そう言えば、環姉も帰ってくるみたいだから」


 素っ気なくそう言い残し扉を静かにぱたんと閉じた。

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