第5話 誘い 〜side萌香〜
本日の講義が終われば明日からは待ちに待ったGW。微かに聞こえる話し声から、みんなが浮き足立っていることがわかる。隣の席の
一限二限と講義が終わり昼食後の三限目。これが終われば今日の講義は終了だ。時計を見ると残り数十分。終わりが見えてきた。
今日はこの後、講義終わりに梓とカフェでお茶をすることになっている。久しぶりに二人で話す機会でもあったので、楽しみな気持ちからなんだか授業に集中出来ない。
教壇に立つ教授とは出来るだけ目を合わせない。これは学生たちの暗黙の了解だったと思う。
九割型当てられることはないのだが、たまに目が合った学生に答えを求める教授も居たりするので、大学の講義は基本教授ではなく板書かノートに視線を向けているのが最適だ。今日もしっかり下を向いた。
そんな本日の講義も後数分という時に、後ろに座っていた
この後予定ある?良ければ二人でご飯に行かない?
どんなに鈍感な人でもきっとこれがどういう意味であるのかぐらいわかるだろう。恋愛に疎い私でもこれぐらいは理解できる。つまり、そういう事だよね?
しかし、今日に限っては梓と予定があったので、梓を理由に断ることが出来る。
でも、次は?
ノートの切れ端に用事がある事を書き足して、神郷くんにそっと返す。
後ろの席でふぅーっと息が抜けるのが聞こえる。こういう時、私も眠っていればと梓を見る。すうすうと静かな寝息を立てて寝ている姿が今はちょっとだけ羨ましい。
「今日の講義はここまでとします。復習しっかりとやっておくように」
教授はそう言い残し講義室を後にした。そうして一斉に喧騒が戻ってくる。
夢の世界に出ていた人たちが次々に帰還を果たす。
「ふぁ、終わった?んじゃ、お茶しに行くかー」
タイミングの良さは世界一。
去ろうとした私たちを、腕を掴んで神郷くんが止めた。
「犬塚、どこ行くの?俺らも行っていい?」
「えっと、その・・・。」
返しに困る私を見て察したのか、梓がスパッと言った。
「今日は女子会なの。男子禁制!」
梓がそう言って後ろの席の神郷くんたちに挨拶をすると、私の腕をぐいっと引っ張って、大学を後にした。
「うわぁ、あいつ完全に狙いに来たね」
梓は頼んだ抹茶ラテをストローで啜りながら、自身が眠っていた講義中に起きた出来事を聞いていた。
大学から下校して私たちは某有名珈琲店へと足を運んだ。さすがにファミレスっていう気分ではないと梓が言ったので、必然と選択肢はここになった。
甘いものが得意では無い私はいつも紅茶を頼む。今日の紅茶はカモミール。
「神郷なぁ、あいつ下心しかないしなぁ」
「下心って、やめてよ梓」
「はぁにしても、萌香もてるねぇ。さすがだわ」
言われて恥ずかしくなり急いで紅茶を口に運んだ。
「でも、やっぱ神郷は友達ぐらいがいいべ。恋人になるとなんか束縛激しそうだわ」
「梓、それ偏見だよ?」
「んな事ないよ!私の目に狂いはない!」
そう言うと梓は身を乗り出して言った。
「ガツガツよりもコソコソが丁度良かったりするんだよ」
「肉食系よりも草食系?」
「なんだかんだで優しい方が絶対に良い!」
残りの抹茶ラテをぐいっと飲み干すと、まるでビールを飲んだ後のようにぷはーっと声を出した。豪快な飲みっぷりがすごく良い。
私も出来ることなら優しい人の方がいい。恋愛経験が無い私にとって、最初はやっぱり普通なものがいい。
それで別れたとしても。
どうせ、私の家じゃあ。
「それにしてもさ」
飲み終わった梓は私の紅茶が入っているカップをじっと見つめ、私の顔を見てから言った。
「カフェモカとかじゃないんだね?萌香だけに」
「怒るよ?」
「もう少し話していく?」
梓と他愛もない話をする事二時間。長居するのも悪いと思い珈琲店を後にした私たちは、この後の予定を考える。
正直この辺りでご飯となると神郷くんに出会ってしまう可能性が無きにしも非ずなので、出来れば少し離れた場所でご飯でもと思っていた矢先に、私のスマホが鳴る。
表示を見て表情が強張る。母親からだ。
「ふぅ、萌香出てあげなよ」
「いいよ、どうせ確認の電話だし」
着信音が鳴り終わると直ぐに今度はメッセージアプリに通知が来る。既読を付けずに通知内容を確認する。
「門限まで後一時間。わかっていますか?今どこですか?間に合いますか?お父さんに連絡はしてますか?していないならどちらかに連絡してください」
鬼のような長文メッセージに気が滅入る。これを見た梓も流石に引いていた。
「ごめん。今日は帰るね」
「そうだね。その方が良さそうだ」
にぱっと笑った梓がぎゅっと抱きしめてくれた。この優しさにいつも縋ってしまう。
「萌香に必要なのは、親とぶつかる事だよ?忠実な犬にはなっちゃダメ。嫌なものには嫌って言える賢い犬にならなきゃ!」
「犬前提なんだね。でも、ありがとう」
そう言って駅のホームで分かれて反対方向の電車へと乗り込む。
梓は忠実な犬にはなるなと言った。それはきっと家族や友達との付き合い方の事だろう。
スマホの通知画面を見るとあれからも追加のメッセージが何件か来ている。
私は確認する事なくスマホを閉じる。
着々と期限は近づいて来ているのだと実感する。
「……人懐っこい猫か」
電車の車窓から見える夜の灯りを見ながら、彼が言っていた言葉の意味を考える。結局真の答えを出すことが出来ずに最寄駅で下車をした。
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