第3話 温度


 ぼっちはぼっちらしく景観を損ねないように努める。誰もが利用を許される食堂においてもそれは同じだ。


 多くの学生は空きコマだった学生が先に席を取り、後で講義が終わった奴がそこに合流し昼食を摂ることになる。そうして大所帯での食事を可能とするのだ。


 そのためか、中央に自然と陽キャたちが集い壁際にぼっちが追いやられるという構図が完成する。残念ながら僕が対面しているのは人間ではなく壁だった。


 アルバイトもそこそこにやっていた僕は、学食でも追加に総菜一品をプラスするぐらいには困窮はしていない。そんな僕の本日のメニューは一番安いたぬきうどんとホウレンソウのお浸しだ。


「やぁ、ホーク」


「その呼び方止めて」


 いきなりスパイアニメのコードネームのように、友人の名前を呼ぶ奴がこの世の中に居るのかと一人で突っ込んだ僕が馬鹿だった。結論は居る、一人だけ。


 大学二年生になっても、中二病が治っていない男こと、僕の大学の唯一の友人、魚住元うおずみはじめ


 最初に言っておこう。彼はドが付くほどのアニメオタクだ。


 アニメやオタクの存在が悪い訳ではもちろんない。僕も少しならアニメは見るし、ゲームも傍から見たらアニメの仲間に思われていることだろうから別にいい。オタクだって今では自分から公表していく人間だって現れていたので、昔と違い迷惑な存在という訳でもない。


 こいつはとにかく、痛い。


 魚住は今でも二次元で沢山の嫁を作り、沢山の嫁たちの対応で現実世界がおざなりになってきてしまっている。本人曰く現世は諦めたとの事。


「冷たいな、ホーク。ホークが嫌なのか?」


「呼ばれることがね?」


「じゃあ、少しランクは下がるがホースで」


「どっちも大して変わらないから、もちろん止めて?」


「ふむ」


 古典的なオタクここに現る。


 まあそんなこともあってか魚住は僕と違う意味でぼっち道を突き進んでおり、同じぼっちの僕とはなんやかんやで意気投合?そうして話していくうちに今の関係に至る。


 壁との対面式の席に、僕と魚住が肩を並べて座る。基本ぼっちは隣の席を荷物置きにしがちだったので、そのルールを知っていた魚住は当然の様に隣に座った。


 ここまでずっとぼっちぼっちと嘆いていたが魚住という友達がいるじゃないかと思っただろう。


 しかし、魚住が大学に来ていることの方が珍しく、こうして一緒にご飯を食べていることの方があり得ない光景なのだ。


「今日も頑張ったな俺」


「ということはそっちも午後は空きコマ?」


「うむ、そうなるな!鷹岡もか?」


「うん、今日は帰ってゴロゴロしようかなって」


「ならば、今日同志たちで集まる事になっているのだが来るか?ちなみに今日の集いは僕姫のノノちゃんの生誕祭をだな」


「遠慮しておきます」


 饒舌に語る魚住を横に残りのうどんを啜った。


 僕が食べ終わる頃にぽつぽつと雨が降り出した。お皿を片付けていた僕は急いで鞄の中を探る。溜息だけが口から零れた。


「むむ、彼女。中々に」


 隣で唸った魚住の視線の先を追う。


 男女二人で仲良く歩いているグループ、その中に犬塚さんの姿があった。


 控えめな栗毛色の髪とオシャレの巻き髪。服も原色ではなくパステル調の物ばかり。この前の時も確か落ち着いた色のワンピースを着ていた気がする。メイクも薄めに、素材本来の良さを活かしていた。あの時も薄々感じていたが同学年の中で、可愛さは確実上位に入っているだろう。


「彼女、やはり似ているな」


「似ている?」


「そう!俺の推しこと彼女こと嫁のりっちゃんに!」


「・・・りっちゃん?」


 そう言って魚住が、勝ち誇ったようにスマホを見せてくる。


 そこにあったキャラクターは確かに何処か似ている気がする、犬塚さんに。彼女と言ったのは犬塚さんのことだったのか。


「しかし、俺の嫁のりっちゃんはあんな風に、他の男とベタベタ会話はしない!控えめにそれでいてお淑やかに、そして何より俺にだけ優しいのだ!」


 横で熱く語る魚住の対応はそこそこに、僕は犬塚さんを見た。


 隣の女子学生は犬塚さんとは反対にど派手な感じを漂わせる。服装からして先ずど派手、上から下まで原色、原色、原色。よくもまあダサくならないものだなと感心した。そして隣の男子学生ともラフに肩を組んでしまうぐらいにはど派手なイメージを抱いた。そんな人と友達だという事は、犬塚さんも案外裏はあんな感じなのか?いや、そっちが表か?


「しかし、まぁあんな感じで接することが出来るもんだな。見ている方が清々しいぞ」


「そうだね、僕等には無理だ」


「りっちゃんに似ている彼女も、先ほどから口数が少ないが要所要所でしっかりとボケを挟んでいるあたり、相当人慣れしているな。ふむ、なかなか出来るな」

「よく見てるな、ほんと」


「それにどうやら、隣の男子学生。彼女に気があるようだ」

「え、そうなの?」


「先ほどからちょいちょい視線を彼女に向けている。話し終わった後なんて物凄く顕著に表れている。うんうん、あれは絶対に好きだな」


 逆にそこまで人間界のことというか、三次元の読み解く力があるのにどうして本気を出さないのだろうかと疑問が喉まで出かかったが、本人に興味が無いのだから仕方ない。


 僕たちの数歩先を歩いていた犬塚さんグループの一人の男子学生が何やら食堂に戻っていく。どうやら忘れ物をしたらしい。


 必然的に、僕たちと犬塚さんグループがすれ違う事になるのだがどうしよう。こんな時、どんな顔を。と言うお約束を考えている時に、僕に気が付いた犬塚さんとパチッと目が合った。


 数秒間時が止まった。ありとあらゆる思考が停止し、表情筋も動作を止める。鼓動だけが脈を打つ。


 気づいたときには僕は目を逸らし、何事もなかったように通り過ぎていた。


 後ろを盗み見たい気持ちと意味が無いよと言う気持ちが混ざり合い、いつの間にか少しだけ早足になっていた。


 隣でブツブツ昨日の深夜アニメを語る魚住の声が右から左へと流れていく。


「萌香、どしたのー?」


 もう一人の女子学生が犬塚さんの名前を呼ぶ声だけが耳にダイレクトに届いた。どうしたの問いに、犬塚さんは何て答えたのだろう。


 雨の臭いが僕の鼻腔をくすぐると次第に雨が本降りになった。傘が無くて諦めていた僕に、相合傘をして帰ろうと魚住。男二人で何をやってるんだと思ったが、その場を後に出来るならもういいやと魚住の提案を呑む。


 不思議な感覚が僕の背中をぐいっと押した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る