第2話 質問

「犬と猫、どちらが好き?」


 誰もが一度は訊かれたことのあるこの質問。


 それこそ自己紹介の際に、知らない相手を探るためのポピュラーな質問として、常に質問率の上位に君臨している。


 犬と答えても良いし、猫と答えても良い。どちらも正解であり、不正解が存在しないのだ。相手を不快にさせないし、好きな犬種や猫種と派生させることも出来るのでとても万能な質問でもあると言える。


 この為僕も一度は訊かれたことがある。その度、僕はその場の流れで答えていた。相手が犬って言ったら犬だし、猫って言ったら猫。相手の意見が僕の答え。それが僕、鷹岡悠馬。


 授業で講義内容について話し合う事になってから、数分が経過していた。


 テーマについてなんてものの一瞬で確認し終えていたので実質肯定されたお喋りとなる。


 僕らの周りの学生は未だに夢の中から帰還せず、付近で起きているのは後ろの席の犬塚さんだけだった。


 テーマについて話し合えると、僕はそそくさと前を向いた。僕と話してると変な噂が立ちそうで、彼女に迷惑をかけたくない。非情かもしれないが、僕は直ぐに他人に切り替えた。


 暫くするとどうやら先生が忘れ物にあるとの事で一度退出した。


 学生たちは皆一斉に話始める。


 この煩さが逆に有難い。僕らが話していても変な空気にならずに済むからだ。


 他人を決め込んでいた僕に、後ろの席の犬塚さんが再び声をかけた。


「鷹岡くんって、犬か猫どっちが好き?」


 あの定番質問が今ここに。


 犬塚さんとは今日が初めましてになる。そのため、自ずと自己紹介が始まるのが通例だ。とは言え今の今まで講義中。そんな事もあってか先生が居た時には出来なかった質問を僕に投げかけた。


「うーん。犬、かな?」


 絞り出して出てきたのは犬だった。完璧犬塚さんの名前につられてしまった。


 答えを聞いた犬塚さんがくすくすっと笑って言った。


「ねぇ鷹岡くん。今、私の名前につられたでしょ?」


「えっ」


 なんでわかるのそんなこと!


「図星でしょ?」


「どうしてわかったの?」


「ふふ、顔に書いてあったから」


「顔に?」


「どっちもそれなりにって」


 凄すぎる。恐るべし女の勘。


 この定番質問、僕は正直苦手だ。というのも僕の名前には二つの動物の名前が入っていて、鷹と馬。大体どっちかを答えたら鷹じゃないの?馬じゃないの?なんて返されるから、あんまり良い思い出がない。


 そんな事もあってかどちらにしても言われるならばまだ相手と同じ方が言われる確率が下がると思って答えていた。


 今日は僕が先に答える番でもあったので、正直どちらでも良かった。質問は好きじゃないけれど、犬と猫の存在自体は好きだった。


「じゃあ、犬塚さんは?」


「私?私は……どっちだと思う?」


「どっちだろう。猫、かな?」


「その心は?」


「犬塚って名前だから?」


 謎かけみたいな返しをされたので僕もそれに乗っかった。


 本当は犬って答えそうになったんだけど、なんだか違う気がしていた。これが勘ってやつ?


 答えを聞いた犬塚さんは目をまん丸くしていた。そして直ぐに小さく笑ってみせた。


「鷹岡くんってさ、面白い人だね」


「初めて言われたよ、そんな事」


 何が面白いのかわからない。それに答えがあっているのかどうかすら教えてくれなかった。相手の気分を害さずに初対面の人に面白いって言える犬塚さんは、名前の通り人懐っこい性格なのかもしれない。まぁ、個人的な意見ですけど。


「犬塚って名前で猫が好きだとしたら変じゃない?」


「うーん、人懐っこい猫がいても良いんじゃないかな?」


 なんて曖昧な返答にまたもや犬塚さんは笑っていた。そんなに変なことを言ってるのかな僕。


 そうこうしているうちに教授が講義室に戻ってきたので、講義が再開される

 僕と犬塚さんは今度こそ正真正銘の他人に戻り、僕はきっともう大丈夫であるとふみ、居眠りを開始する。


 後ろの席の犬塚さんがちょっと嬉しそうにしていたのを、僕は気づいていなかった。

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