第27話 撃滅、そして真相

 アルフレッドが果敢に百蛇の魔獣を相手取る。戦局は有利。それは彼の武力のお陰だが、リタの幻術が効果を発揮した事も大きい。蛇の炎や毒液があらぬ方を向き、危険性は皆無。そして無防備になった首を、アルフレッドが片っ端から殴りつけていくという、万全の作戦だ。

 押している。傍目から見ても善戦していることは確実だった。その人智を超える強さをゲツメイは呆然と眺めていた。


「この強さ……兄上に匹敵するやも」


「イッヒッヒ。ゲツメイさぁん、この貸しは高くつきますよぉ? そうだなぁ、チュートロ百個くらいで手を打ちましょっか」


 胸を震わすゲツメイにアシュリーの雑音は届かなかった。アルフレッドが力強く飛び、拳を、蹴りを叩き込む。百蛇は焦れた様に暴れ狂うのだが、全てが空回るばかり。危なげない戦闘は守勢側が圧倒して続いた。

 延々と、長ったらしく、終わりの気配を見せぬままに。


「チッ、全然ダメだな」


「何をしておる定める者よ。いつまでジャレつくつもりか?」


「オレだってさっさと片付けてぇよ! まさか打撃耐性があるとか知らなかったんだよ!」


 アルフレッドの最大の弱点は丸腰である事だ。それは金をケチッたせいでもあるが、切実な理由が別にある。彼の力に堪えられる武器が存在しないのだ。


「クソッ、エレナの剣でも借りるしかねぇか」


 辺りにはろくな刃物が見当たらない。武具屋は遠く、散乱する血濡れの武器も全てが破損している。優勢であるはずのアルフレッドに苛立ちにも似た焦りがよぎる。その焦りは短絡的にさせ、戦法がおざなりになるものだ。

 手の内を見切られてしまったアルフレッドは、蛇の一本に巻き付かれ、全ての自由を奪われた。逃れようにも締め付けは強く、両腕ごと身体を囚われたまま、闇夜に吊るされることとなった。


「この……馬鹿力め……!」


「アルフ、今助けるわ!」


 リタが素早く風魔法を浴びせかけた。しかしろくな詠唱も術式もない攻撃は、肉を薄く裂いただけで終わる。むしろ幻術を解いてしまったが為に、百蛇の猛反撃を招いてしまう。


「リタ、オレは良いから逃げろ!」


「せめて獣化する時間さえあれば……ハッ!?」


 次なる標的はリタだった。彼女の身体を目掛けて1つ、2つと牙が掠めていく。そして、3つ目までは間に合わなかった。回避で浮いた瞬間を襲われたのだ。

 巨大な口がリタをひと飲みにせんと迫る。だがその首は突然に力を失い、地面に激しく叩きつけられた。

 周囲には微かながらも術式の跡が感じられる。それはゲツメイの魔法による援護だった。その一瞬の隙でリタは態勢を立て直し、百蛇から大きく距離を取った。


「定める者よ、いつまで遊んでおるか! さっさと決着を着けぬか!」


「そう言われても、オレには決定打が……!」


 その時、脳裏によぎる物があった。モコによるお勉強の一幕が甦ったのだ。


◆ ◆ ◆


「起きろ、この寝坊助め!」


「いってぇな! 刃物を人に向けんじゃねぇよ!」


「キミが魔法の事を知りたいって言うから話してるんだよ。ドラマ仕立てでさぁ」


「そのドラマ要る? 本当に要るやつ?」


「じゃあね、もう掻い摘んで話すけどさ」


「始めからそうしろよ」


「良いかい、魔法ってのは術者の『想い』に大きく依存するんだ。術式だの詠唱だのは、効率よく発動させる手段でしかない。魔法言語が成否を左右する訳じゃないんだよ」


『ほう。だったらオレはどんな魔法でも使えるって事か』


「ただし生半可な想いじゃだめだよ。断固たる意思、明確なイメージ、そして最低限の魔力。これらが揃わないと発動すらしないからね。いつものアホ面のままじゃ、間違いなく失敗するよ」


「拳だけで決着がついちまうオレにしたら、クソ面倒な話だ」


「良いかい、もう1度言うよ。魔法とは、想いの現れさ」


◆ ◆ ◆


 あの野郎もたまには良いこと言いやがる。アルフレッドは微笑むと、身をよじって利き手を縛めから逃した。そして魔力を充填し、狙いを絞る。それをつぶさに眺める3人は、尋常でないエネルギーを感じて、同時に叫んだ。


「ダメよアルフ! 早まらないで!」


「即刻止めるのだ、定める者よ! 都を焼き尽くすつもりか!」


「ヤバイヤバイ絶対ヤバい、このままじゃアタシらも街ごと消されちゃいますよぉ」


 悲鳴混じりの声も、今ばかりはアルフレッドに届かない。彼の集中力はかつて無いほど高まっており、あらゆる物音をシャットダウンしているのだ。


(まだだ、もっと絞れ……!)


 右腕に宿る光は、徐々に形を変え、手首の先へと集まった。そこから更に魔力を集約し、手のひらの中心に集める。しかし本来の姿へ戻ろうとする魔力は反発し、膨れ上がろうとする。扱う魔力量が多ければ、反動も比例して大きくなるものだ。


(言うこと聞けよ、この野郎!)


 収縮と膨張。せめぎ合う2つの変化は、反復しながらも、ついには小さな光球へと形を変えた。チャンス到来。絶好の瞬間にその力を如何なく解放した。


「穿て、炎龍ーーッ!」


 一筋の閃光が煌めく。龍と呼ぶにはあまりにも細すぎる光線だが、威力は絶大だ。百蛇の首を容易く撃ち抜くと、胴を貫き、そして地中に深い穴を刻みつけた。続けて届く轟音。地盤が割れて土壌が沈下し、数件ばかり家屋の屋根が地面と並べた。

 百蛇には確実なダメージが刻みつけられており、悶絶するように首を漂わせては耳障りな声を上げる。

 それでもアルフレッドは満足せず、締め付ける首から逃れて大地に降り立つも、苦々しく敵を睨んだ。


「仕留め損なったか、クソが!」


 もう1度構える。右手に魔力を満たし、再び制御を試みるが、今度は上手くいかない。ただでさえ不得意に思う緻密な魔力操作は、摩耗した神経では困難を極めた。


「今がチャンスだってのに……!」


 焦りから玉の汗が浮かび、アゴを伝って滴り落ちる。もう1発、あともう1度だけ同じことをすれば良い。そう自分に言い聞かせても、魔力の暴走は収まらず、立ちくらみに襲われる始末だ。

 そんな彼の元に、気安い声が投げかけられた。緊迫した戦況とは異なり、妙にほがらかな響きがある。


「おぉい魔王ちゃん、ソイツを使ってくんな。切れ味バツグンの名刀だぜ」


 夜闇から現れた刀が地面に突き立った。それは自ずから淡く輝いており、さながら暗雲から差し込む日差しの様な美しさに溢れていた。


「なんだ、凄そうな武器が」


 アルフレッドは手にした瞬間、ただちに確信した。これならいけると。そして突貫した。

 その刀は面白い程に良く切れた。切り上げ、突き、振り下ろし。それら全てが巨大な肉を裂き、百蛇の首も次々に両断していく。そして胴体まで辿り着くとすかさず飛びつき、深く斬りつけた。


「これで終いだオラァ!」


 首の集まる部位を真っ二つに割いた。すると、断末魔の叫びが幾重にも連なり、やがて消えた。百蛇の全ては力なく倒れ、あらゆる動きを止めたのだ。


「いやいや、すんげぇな魔王ちゃん。オイラでも散々に手こずった化物を、いとも簡単にブッ殺しちまうんだから」


 拍手、そして気安い口調。現れた男は初対面で、アルフレッドには見覚えすらない。逆立つ赤い髪、身を包む純白の鎧の全てが、初めて見かけるものである。


「何者だよ、おめぇ」


「あれっ、察しが悪いねぇ。オイラはヤポーネ最高神のヨウコウ。それよりもまず刀を返してね、ウッカリ壊れたら大変だ。極彩丸っていう超絶貴重な神刀なのさ」


 ヨウコウは返答を聞く前に刀を奪い、腰の鞘に戻した。チィンと鳴り響く音が、まるで主人との再会を、刀自身が喜んだかのようだ。神々しさすらある音が一同の耳目を集めたのだが、それも長続きはしなかった。特に身内に対しては効果が薄かったのだ。


「兄上! 妾の問いに答えてもらおう!」


 ゲツメイは怒りに震えながら立ち上がると、眼を吊り上げて詰め寄った。今にも噛みつきそうな気迫を隠そうともしない。


「あはは、ゲツメイ。どうしたんだよ。もしかして、ご機嫌斜め? 可愛い顔がへちゃむくれだよ?」


「あぁそうじゃ、斜めも斜め、ねじ曲がって明後日の方を向いておるわ!」


「そうなのかい。さすがは自慢の妹、こんな時でも洒落た言い回しを……」


「兄上、今までどこをほっつき歩いておった! おかげで都は散々な目に遭ったのじゃぞ!」


 それはアルフレッドも気にしていた事だ。そもそも交渉がこじれたのも、ヨウコウの不在が原因だったのだから。


「それはね、地獄部の連中に泣きつかれちゃってさぁ。蛇が出たから助けてちょーーってなもんで。それを皆で頑張って倒そうとしたんだけど、まぁ途中で逃げられちまって」


「その結果がこの騒ぎか。兄上の不始末か」


「勘弁してくれよぉ。兄ちゃんだって頑張ったんだぞ、丸一日中ずっとさぁ。つうか、オイラが弱らせておいたから、被害もこんなもんで済んだって話さ」


「そうか。今となっては調べる術もない。蛇の件は不問とする」


「へへっ。ゲツメイは話が早くて助かる。そんじゃあ大団円って事で、オイラは魔王ちゃんと旨い酒でも」


 ヨウコウは徳利を片手に立ち去ろうとしたが、全開の扇によって阻まれた。


「待て。話はまだ終わっておらぬ」


「えぇ……? 勘弁してよ、兄ちゃんは働きっぱなしで疲れてんだぞ」


「丘の上の祠。悪霊を封じていたのじゃが、この春に封印を施しただろうな?」


「あ、いや、どうだったかなぁ……」


「澄み酒を樽でくれてやった代わりに、祠の管理は任せた。封印は年一度の更新。忘れたとは言わせぬぞ」


「ええと、ゴメンね。ちびっとだけ忘れちゃったかも。20年くらい……」


「にっ……にじゅう!?」


 この時、ゲツメイは確信した。今夜の騒動は全て兄が原因であると。そして疑いの眼を向けた魔王軍は、善意から手助けしてくれたのだと。

 そう思えば空いた口が塞がらない。二の句が告げず、しかし何かは言おうとして、声にならない声で呻く。顔もヨウコウとアルフレッドの双方を見比べ、やがて憤怒の想いに身を震わせた。


「このグウタラ者めが! その性根を叩き直してくれよう! 夜が明けるまで説教じゃ、覚悟せよ!」


「あっ止めて。ホラ、魔王ちゃん来てるし、親睦を深めなきゃだし。お叱りは後日って感じに」


「滞在期間を延ばせば良かろう! 小賢しい言い訳はもう沢山じゃ!」


「痛い痛い、止めてゲツメイちゃん! 兄ちゃんの耳が取れちゃうよ!」


「いっそ千切れてカラスの餌にでもなってしまえ!」


 騒がしい兄妹が立ち去っていく。その姿が夜闇に消えても、言い争いだけは延々と聞こえた。

 

「何だったんだ、マジで」


「さぁね……」


「とりあえず、風呂でも入るか」


「そうね……」


 アルフレッド達は名状しがたい徒労感に襲われてしまった。もはや何も考える気がおきず、さながら亡霊のように宿へと戻っていった。既にシルヴィア達が戻っていたのだが、再会の喜びは程々に。余りの疲れっぷりに子供たちが遠慮したのである。

 明日は昼過ぎまで寝ていよう。アルフレッドは通路から見える月を眺めつつ、そう思った。帰りの船に乗る必要はない。他ならぬゲツメイが、滞在を延ばせと言ったのだから。


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