第21話 ふれあう2人

 かつては栄華を誇ったレジスタリアだが、炎に焼かれてしまえば見る影もない。石畳は痛々しく焦がされ、家々は焼け落ち、家財は余さず燃え尽きた。辺り一面は廃墟そのものだった。

 しかし住民の様子はというと、暗くはない。むしろ晴れやかさすらある。そこら中から活気ある声が聞こえ、復興に向けた作業は至る所で進められていた。


「みんな塞ぎ込んでるかと思ったが、そんな事は無かったな」


「そのようだな。あっ……」


「どうしたエレナ、知り合いか?」


「いや、何でもない。私の忠告は無駄にならなかったらしい、それだけだ」


 彼女の視線の先には1人の大工が居た。活力をみなぎらせ、激励を飛ばす余裕を持つ男は、しきりに言った。空を見ろと、こんな日に汗水流さないのは損だぞと。

 それを眺めてエレナは静かに微笑んだ。


「何だか、やたらと元気だよな。うつむいてるヤツが珍しいくらいだ」


 驚きをもって見渡すアルフレッド。その言葉に続いたのは、案内役を買って出たアーデンだ。


「魔王の旦那がお許しくださったでしょう。軍の兵糧に、貴族連中が溜め込んだ食料を使っても良いって」


「そりゃな、腐らせるのも勿体ないし、オレ達だけじゃ食いきれないからな」


「お陰様で珍しい飯や酒にありつけたんで、気分も上々っすわ! アッハッハ」


「それよりもお前、案内役なんてやる暇があるのか? 今や騎士団長っつう肩書持ちだろうが」


「あ、いや、ちょいと長めの昼休憩ですから。それに国王陛下を護衛なしに歩かせたとあっちゃ、騎士団の名折れですからね」


 アーデンはもっともらしく頷くと、チラリとリタの方を見た。しかしお互いの視線は重なる事無く、場所を移動することとなる。


「ここいらは西地区です。貧民窟があったんですがね、今は全部焼けちまいました。家と言っても木箱やら布やらで仕切ってましたから」


「ここの連中はどこに寝泊まりしている?」


「南地区にある貴族さんらの邸宅ですよ。あっちは割と焼けずに残ってるんで。大勢で詰めかけたから、ちっとばかし手狭だけど、雨風は凌げてます」


「そうか。まぁ、ある程度は我慢だな」


「あの、アーデンさん。孤児の皆は無事なんですか?」


 突然会話に割り込んだのはグレンだ。どこか悲壮感のある表情だが、アーデンは微笑みながら受け止めた。


「心配すんなよ、無事だ無事。焼け出された事で、豪華な屋敷に住めるし飯もちゃんと食えてる。むしろ今の方が良いって笑ってたくらいだぞ」


「そうなんだ、良かった……」


「えぇーー? グレンきゅん、クソガキどもが気になるんですかぁ? ミレイアの一件で我が身可愛さに見捨てたゴミどもですけどぉ?」


「アシュリーさん。誰だって自分を守る為に必死なだけなんだ、きっと悪気なんて無かったハズだよ」


「ふん、どうだか。ニンゲンなんてね、どこまで行っても自分の利益しか考えないんですから。どいつもこいつも金金金。たまに別の事を考えたかと思えば、美女のケツ祭りと来たもんだ。救いようのない種族なんですって」


 自分のルーツを全否定されたグレン達は、反論せずに苦笑いした。アシュリーの言う事も大きく間違ってはいない。ただ、極端過ぎる言い様には眉を潜めた。


「ここの連中もね、とっくに恩なんか忘れちまってますよ。そりゃもうズギャッと手のひらをズババーーッと返して……って、おや?」


 変わらず毒を吐き続けたアシュリーだが、何か耳慣れないものを聞いて口を閉じた。歌だ。しかもよくよく耳を澄ましてみれば、自分の名前が使われている事にも気づく。

 声の主を求めて一同がやってきたのは南地区だ。貴族の邸宅が整然と並ぶ一帯に、その人物は居た。赤子を背負った女が、歌を口ずさみながら壁に絵を描いている最中であった。筆を振るう度に微かな光を放つのは、特別な画材を使っている事の現れだ。


「金色の〜〜まばゆき光に染める〜〜救済者〜〜その名はアシュリー」


「ちょぉいちょい! なんですかアンタは。人の名前を勝手に使うだなんて許可取ってんですかコラ!」


「あぁ! これはこれはアシュリー様!」


「……様?」


 女はアシュリーの傍まで駆け寄ると、何度も何度も頭を下げた。背負った赤子も胸元に位置を変えて、親子揃って向き合うようになる。

 アシュリーは想定外すぎる反応に後ずさり、腰が引けたようになった。それ程に相手の熱量が凄まじいのだ。


「先日は命を救っていただき、ありがとうございました! 息子ともども今日を生きられるのは貴女様のお陰です!」


「えぇ、はぁ、そっすか。ところでさっきの歌は……?」


「申し遅れました。私はサラスワネェという芸術家です。歌に絵画に彫刻にと、拙いながらも世に作品を送り出しております。ちなみに皆からはサラと呼ばれてまして……」


「はい、はい、サラさん。さっきの歌は何なのか聞きたいんですけど」


「あぁ、失礼しました! あれはアシュリー様を讃える歌でして、まだ続きがあるのですよ」


「続き?」


「皆に広めるよう仰いましたよね」


 サラは歌を再開すると、豊かな声量で伸びやかに歌った。そして最後、クライマックスに該当する歌詞には大きな大きな問題があり、一同を驚かせるのだ。


「魔王の后、永久の伴侶アシュリ〜〜」


 しかも歌ったのはサラだけではない。家を建て直す大工も、建材を担ぐ男たちも、空き地で遊ぶ子供たちでさえも声を合わせてきた。それは大合唱、しかも真っ直ぐすぎる笑顔を見せながら。


「そんな、そんな……アタシの為にそこまで! ニンゲンなんて、恩知らずだとばかり思ってたのに……!」


 アシュリーは思わず涙ぐむのだが、もちろん話はキレイに終わらない。猛抗議である。


「おい何だ今の歌は? 捏造すんじゃねぇ」


「そうよ。アルフの奥さんは私なんだから」


「いや、リタも乗っかるなよ!」


「そうだリタ殿。パートナーに相応しいのは、背中を守れる私以外にありえない」


「エレナも混ざってくんな、こじれるだろ!」


 そこからは三つ巴の争いだ。女子3人が自薦を表明し、自身の功績や魅力をこれでもかとまくしたてた。誰が嫁として相応しいか適任か、先日はこんな事があっただのと、それはもう言葉の矢が飛び交う戦場と化してしまった。

 アルフレッドはもはや止める気にもならない。道端の石段に力なく座り込むばかりだ。


「あいつら……人前なのに恥ずかしくねぇのかよ」


「あのう、旦那。つかぬ事をお聞きしますが、誰を選ぶか決まってるんですかい?」


 探りを入れるアーデンの声は、期待と不安が入り混じっていた。そこからの無言は重たく、そして長く感じられた。リタ達の騒がしさも、どこか遠い。


「幻だ」


「幻って……?」


「こいつらがオレをもてはやすのは、色々と上手くいってるからだ。オレに利用価値があるから集まっているに過ぎない」


「そんな感じですかねぇ? なんかこう、違うようにも思うんですが……」


「居なくなるんだよ、皆。オレがしくじればな。だが……」


 娘だけは、シルヴィアだけは傍に居て欲しい。その言葉は胸の中に留まり、ついにはアーデンの元にすら届かなかった。


「旦那ぁ、詮索なんて無粋な事はしませんが、ちっとばかし考えすぎじゃないですかね」


「何でそう思うんだよ。オレ達の事なんかロクに知らねぇだろ」


「まぁそうなんですがね。でも世の中がそう悪い事ばっかじゃねぇって事は知ってるんです。良いやつも居れば悪いやつも居る。それは種族関係ないって思うんですよ」


「そりゃあ、そうだろうけど」


「実際オレだって何度も、トルキンやら上の連中をブッ殺してやろうと思いましたよ。でも一度だって、ニンゲン嫌いになった事は無いんです。街歩けばガキどもが引っ付いて、飯屋に行けば馴染みの亭主が笑ってくれる。そんだけでも案外、楽しくやれるもんですわ」


「あぁそうかい」


 アルフレッドは気だるく立ち上がった。それからシルヴィアの方を見れば、グレン兄妹によって文字を教わっている所だった。教科書はないので、道々の看板が教材となっている。

 既にいくつかを覚えたシルヴィアは、はにかんだ笑みを父親に向けた。これにはアルフレッドも胸が一杯だ。凄いぞシルヴィと。やっぱり頭いいね、いやそんなもんじゃないこれは天才なんじゃないか世界一だ、と。

 特に珍しくもないシーンだ。頭を長々と撫で回し、大きな言葉で褒めちぎったなら、いよいよ場所を移す気になった。


「おいお前ら、いつまでやってんだ。次行くぞ、次」


「ねぇアルフ。誰の腰が好みかしら? まぁそれは私で間違いないけど、2番目以降を決めて欲しいのよ」


「はぁぁ? 美貌にかけては当代随一のアシュリーちゃんに決まってんじゃないですか。アルフなんて、しょっちゅうイヤラシイ感じで見てますもん」


「見てねぇよ羽を逆立てんぞボケ」


「イヤッやめてぇ! これ整えるのにすっごい時間かかるんですぅ!」


 アルフレッドがスイッスイと下から翼を撫でていると、また新たな声が物陰から飛び出した。少女と呼ぶにも少し足りない、幼子の声だった。


「あぁーー! 狐のお姉ちゃんだ!」


 その子は路地裏から現れるなり、リタの腰に飛びついた。それから腰骨にアゴを乗せて眩い笑みを浮かべた。赤くて長い髪は、汗でいくらかしっとりと濡れている。


「あら、アナタは……」


「あのね、ミーシャね、お姉ちゃんと会えたんだよ! 狐のお姉ちゃんのおかげ!」


「そう。良かったわね」


「だからね、うんとね、これをあげるよ! 頑張って作ったんだぁ!」


 ミーシャは背中の袋から白い髪飾りを取り出した。シラユメクサという、白い綿毛の花を編んだものだ。

 リタは受け取るなり、自身の頭に添えてみた。小ぶりなので、両耳を通した所で止まってしまう。


「どう、似合うかしら?」


「うんすっごく可愛いよ! 世界で1番!」


「あら嬉しいわ。子供ってば正直だものね、ウフフ」


 リタがチラリと流し目を送った。その視線の先では、明からさまに悔しがるアシュリーと、静かに微笑むエレナの姿があった。

 そうして話題が区切れると、ミーシャがアルフレッドの背後に隠れる子供に気づいた。


「あれ? ワンちゃんの耳だぁ」


 シルヴィアは自分の事だと知るなり、更に隠れようとしてしまう。父の足から覗かせた瞳は、どちらかと言えば不安の方が濃い。


「耳がおっきいんだね。ミーシャもね、イタズラするとお姉ちゃんに耳をギューーッて引っ張られるの。でもね、ミーシャのは全然伸びないんだ、不思議だよね」


 そう笑いかけられても、シルヴィアは警戒を解こうとしない。アルフレッドも、どうするのが正しいかと迷い、静観する形をとった。


「そうだ。凄く良いものがあるよ、犬耳ちゃんにあげるね!」


 差し出されたのは桃色の花だ。折り重なる花弁は指をすぼめたかのような、壺にも似た形をしていた。


「魔法がかかってるから、水につけるだけで長く咲くんだって、凄いよね。はいどうぞ」


 シルヴィアが父の顔色と花を、忙しなく見比べた。アルフレッドが頷くと、花は確かに手渡された。


「ねぇアッチに行こうよ、キレイなお花がたっくさん咲いてるのよ!」


「えっと、うんと……」


「すぐそこだから、行こっ」


 ミーシャはシルヴィアの手を引いて走り出した。言葉の通り、2人は近場の館へ向かい、庭の花壇に腰を降ろした。


「アタシ、ミーシャ。犬耳ちゃんのお名前はなぁに?」


「シルヴィ……」


「そっか、犬耳ちゃんはシルヴィちゃんなんだね。これから仲良くしようね!」


「う、うん」


 交流の出だしは、たどたどしい。シルヴィアにとって初めての、人族との純粋なふれあいだった。グレン達のような特殊なケースとは違う。


「ミーシャはね、お花に詳しいのよ。何でも教えてあげるよ!」


「じゃあこれは?」


「シラユメクサね。枕元に置いて寝るといい夢が見られるのよ」


「じゃあこれ」


「それはマーマレット。甘ぁい香りがステキなのよね」


「それじゃあ、これ」


「それは、うぅんと、キレイなお花!」


 花を囲み、屈託なく笑う2つの顔。その光景を、アルフレッドは信じられない想いで眺めていた。並ぶ2人に垣根など無い。憎悪も侮蔑も無い姿は、初めてだと言える。


――良いやつも居れば悪いやつも居る。


 脳裏に浮かんだ言葉が、アルフレッドの胸に響いた。それは諦めから心を閉ざした男に微笑みをもたらすのに十分なものだった。

 確かにレジスタリアの街は居心地が良く、活気良く働く人々に怠惰は感じられない。水だ食事だお菓子だと、しきりに差し入れをする様子は強欲さと無縁だ。力なき人々が手を取り合い、獣人も構わず寄り添そおうとする姿からは、真っ直ぐに育つ大木の様な清らかさを感じられた。


「ちょっとくらい、見直してやっても良いかな……」


 そんな想いに胸を温めた矢先、アルフレッドは、別の意味で信じられない物を見た。貴族屋敷からクライスが出てきたのだが、その出で立ちが問題だ。

 片手に皿を持ち、そこにうず高くクッキーを積み上げながら歩くのだ。まるでそびえ立つ塔だ。そんな物を気軽に持ち歩き、しかも乱雑に食べているのだが、塔が微塵も揺らがないのは不思議を通り越して不気味だった。


「おいクライス、何してんだお前」


「おや陛下。そして皆様方お揃いで。私はご覧の通り菓子を堪能している最中です」


「皆は真剣に働いてるぞ。お前も資材の1つでも運べよ」


「嫌ですよ、面倒くさい」


 怠惰な言葉にアルフレッドは眉をつり上げた。


「あーーっ、クライスおじさんだ。ミーシャにも1枚ちょうだい!」


「済まないね、これは私の分しか無い」


「ええっ! そんなに一杯あるのに、ケチだなぁ」


「頭脳労働者は多量の甘味を要するからね、諦めたまえ」


 上乗せされる強欲、そして大人気ない。ふくれ面のミーシャを見下ろしながらも、塔の建材を的確に食べ進めていく。

 ここが限界だ。アルフレッドは身をよじって叫ぶことを堪える事が出来なかった。


「何なんだよお前ぇ! 人がせっかく良い気分で終わらそうと思ってたのによぉ!」


「おやそれは宜しくありませんな。急ぎ森の屋敷へと向かいましょう。リタ殿の絶品なる菓子があれば、立ちどころにゴキゲンとなる事請け合いです。私もご相伴に与(あずか)りますので、お忘れなきよう」


「お前と一緒にすんな! つうかまだ食う気かよ!」


「この菓子はメイドが拵(こしら)えたのですが、今ひとつ物足りなく感じます。あの味を知ってしまったが故の不便です。責任をとっていただけますか」


「うっせぇよ。もういっぺんくらい死の淵を彷徨わせてやろうか」


 魔王、人族の再評価を見送る。無関係なレジスタリア民の評価に響いた事は哀れである。

 後日、巻き添えを食った形の信頼は回復されたが、クライスの評価だけは、この先も一定値以上を超える事が無かった。



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