第9話 役割立ち位置どっこいしょ

 第一回魔王軍会議。ダイニングは会議室という名目となり、食器が片付けられると共にその役割を着替えた。


「そんじゃあ会議を始めます。進行役は森の賢人ことアシュリーちゃんにお任せあれ」


「プクク、魔王アルフレッドって……プーークック」


「モコ、笑い過ぎだぞオイ」


 アルフレッドがモコをつまみ上げ、真正面から睨みつけた。


「ごめんごめん。悪くないと思うよ、魔王の役目。それにしてもなぁ、怠惰の化身みたいなキミが、魔王を名乗るだなんて!」


「オレだって仕方無しにやってんだよ」


「はいそこ、話し合いの邪魔ですから私語厳禁!」


「なんだよ、妙にやる気見せやがって……」


 各自が席に座ると、議題の提示とともに始まった。シルヴィアは父の膝。卓上をうろつくペコタンの背を撫でては暇を潰している。


「差し当たって決めるのはコチラ。このお仕事誰がやんのコーナーッ!」


「うっせぇな、叫ばなくても聞こえるっつの」


「働かざるものに食わせる飯はありません。それこそもう、ケツ毛すら食わせてやりませんから」


「食料はお前の所有物じゃねぇけどな」


「つっこむのはそこで良いの?」


「そんなわけで、人があぶれないようキッチリと分担しましょうね!」


 アシュリーが議題を石版に書き記していく。それは彼女ご自慢の、失伝した古代技術の一種だ。薄い石の板を濡らした指でなぞれば文字が書けるという仕様で、緑色の下地に白い文字がスラスラと浮かび上がる。念じれば書き直しも可能だ。

 今や博物館の片隅にひっそりと佇むような代物が、新品同然で活用されている。どうだと胸を張り、大きな膨らみをボヨンと揺らすアシュリー。しかしその説明を、アルフレッドは鼻をほじりながら聞き流し、モコは含み笑いにて受け止めた。


「ええとまずは家の事。掃除やら飯炊きやら、クッソ地味な仕事ですね。アタシは絶対ゴメンですわ」


「それは私がやるわよ。他に適任者は居ないし」


「そんじゃリタ、と。せいぜい頑張ってくださいなクケケ」


 濡らした指が滑らかに動き、その名が刻まれた。


「つぎは、シルヴィアの世話係ですね。遊びとか寝かしつけとか諸々」


「もちろんオレだ。他人に任せてなるもんか」


「一応私も加えておいて。アルフの手が塞がる時だってあるじゃない」


「そんじゃあアルフが専任の、リタが補佐と。次は外の話、地脈の調整はどうします?」


「僕がやるよ。アシュリーが術式を整えてくれたからね、後は1人でも平気さ」


「そんじゃこれはモコ、と。次に警備や監視。 不審な奴を見かけたら追っ払う役目なんですけど」


「それは私が任されよう、得意分野だ」


「ほんじゃエレナ、と」


「畑仕事は、今まで通りアルフで良いですか?」


「まぁやるよ。嫌いじゃないしな」


「はいりょーかいでっす」


 ここまで順調に進められたが、以降は雲行きが怪しくなる。


「ええと、森の管理。動植物の分布とか、繁栄とか移住、そんなヤツですね。これは得意なアタシがやりますね」


「お前が昨日までやってきたろ。そのまま続行で良いんじゃねぇの」


「そこで相談なんですが、森の管理って結構魔力を使うんですよ。なので、アルフにも手伝って欲しいなぁとか思っちゃって」


「なんでだよ、お前1人で頑張れよ」


「そこを何とか。たまぁにでオッケーなんで」


「……しょうがねぇ。本当に厳しい時だけだからな」


「エッヘッヘ、まいどありぃ」


 アシュリーは自分の名の隣にアルフと書き添えた。しかもその隙間にハートマークで埋めるという、どうにも反応に困る表記がなされた。

 そして話し合いはというと、ここから一気に荒れ始める。


「アシュリー殿、ひとつ良いだろうか?」


「おっとエレナ。どしたんです?」


「私の役目にもアルフ王の力が必要だ。誰が敵で味方か分からないからな」


「それもそうですね。そんじゃアルフが補佐と」


「おい、勝手に決めんなよ」


「あんまりアルフに押し付けないで欲しいな。彼にはお勉強の時間があるんだから」


「モコてめぇ、どさくさに紛れて義務を増やそうとすんな!」


「そうよモコちゃん。アルフには狩りをお願いすることもあるから、色々と忙しいのよ」


「お前もだリタ、人の都合を考えろ!」


「えっとぉ、この辺で1回まとめますねーー」


「やめろ! 一段落ついた空気を出すな!」


 内容としては単純である。リタは家事と育児、モコが地脈管理。アシュリーが森の品質保全でエレナが警備を担う。そして……。


「アルフはですね。畑を耕す傍らでシルヴィアの世話やら遊び相手となり、狩りで獲物ゲットしたり森の保全を手助けしつつ不審者が現れれば急行して隙間時間にお勉強タイムって感じです」


「ふざけんな、お前ら全員馬鹿だろ! バーカバーカ!」


「アシュリー殿、アルフ王には剣の修練に付き合って貰いたいのだが」


「そうですか。じゃあ追加で」


「足すな足すな! 森の賢人は引き算を知らねぇのか!」


 こんな暴挙は認めんと、アルフレッドも唾が飛ぶほどに拒絶した。口角泡を飛ばすの通りである。しかし彼がいかに身振り手振りを交えて語り尽くそうとも、話は平行線を辿るばかり。強く響いたのは愛娘くらいで、父を真似て両手を激しく振って見せた。

 そうして会話が滞る中、リタがやんわりとした口ぶりで意見を述べた。アゴ先に人差し指を添えるのは、彼女のクセである。


「皆ね、アルフの意向が知りたいのよ。ほら、一応はここの支配者なんだし」


「だからってこれは有り得ねぇ。過労死するだろマジで」


「じゃあ、それぞれが好きにやって良いのかしら?」


「良いよ別に。やりたいようにやれって」


「そう……じゃあお言葉に甘えるわね」


 リタの顔が大きく綻ぶ。本来なら場を和ませる笑顔なのだが、なぜかアルフレッドは寒気にも似たものを感じ取った。

 ちなみに会議の行方だが、ひとまず仮決定のままで決着を迎えた。アルフレッドの負担を減らす代わり、各担当者の判断で動いて良いという言質が取れたからだ。彼は実質、畑仕事とシルヴィアの世話だけが任される形となったので、夜を迎えるなり割とニンマリ微笑みながら眠りについた。

 そんな彼の寝室へ、足音を忍ばせつつ近寄る影があった。


「そろそろ眠ってる頃かしらね」


 正体はリタだ。彼女は普段着の清楚な装いを僅かに緩め、ボタンも1つ開けた姿で現れた。聞き耳をたて、寝静まったのを確認すると、ドアノブに手を伸ばした。しかし、その手は別方向から伸びた手と触れ合って止まる。


「うげっ、リタじゃないですか」


「アシュリー。それにエレナまで居るの?」


「おっと。奇遇だな、リタ殿」


 他の2人も際どい格好である事は同じだ。アシュリーのスカート裾は短く、絶妙な丸みを帯びるフトモモが顕わになっている。エレナはエレナで布一枚を羽織るのみで、瞬間的に全裸となる事を可能としていた。


「何してるのアナタ達」


「リタこそ何ですか。こんな夜更けに、いやらしい」


「私はね、家の中の事は好きにして良いと言われてるの。だから、アルフに添い寝するのは私の役目」


 勝ちを確信して微笑むリタだが、アシュリーも屁理屈に関しては常勝無敗だ。


「いやいや、ここも森の一部ですから。すなわち、森の管理人であるアシュリーちゃんの意思こそ尊ばれるべきで」


 その乱暴な自論に、もう一枚ほど重ねられる。


「私はアルフ王より治安維持を任された。当然ながら身辺警護も含まれる」


「警護って言う割には丸腰じゃないですか。つうかほぼ裸じゃないですか」


「敵は物の形をしてると限らない。はけ口のない性欲からも守らねばならん」


「いや、全然上手くないですから」


「アナタ達ねぇ。彼だっていい大人なのよ。隣でスヤスヤ眠ってお終い、とはならないでしょう?」


「そんなの当たり前じゃないですか」


「無論だとも」


「まったく、夜遊びをしたいなら街にでも出掛けなさい。私はそんな感じとは違うけどね、だって……」


『彼ほどに素晴らしい男はこの世に居ない』


 最後の台詞は、口調こそ違えど一致した。つまり目的は3人とも同じ。そうと分かれば、辺りにはツンとした緊張が張り詰めてゆく。


「私は本気なの。彼の圧倒的なまでの魔力に魅了、いえ、心酔したのだから」


「アタシだってマジですもん。アルフの傍に居れば森の富でウッハウハ。希少金属やら霊草なんかが盛り沢山ですから」


「私も譲る気は無い。アルフ王には何かがある。強さだけでなく、懐の深さも備えているのだ。そこにはきっと、私が渇望してやまない何かがあるハズなんだ」


「ほぇぇ、なるほど。つう事は皆が皆、純粋にアルフを愛していると」


「アシュリー、アナタのはだいぶ不純じゃないかしら?」


「そんな事ないです。森の富で色んな古代技術が蘇るんですから。ロマンですよロマン」


「それなら別に口説き落とす必要なんかない……」


「こりゃ参りましたね。3人とも目的がぶつかり合うとは、困ったもんですよ」


 アシュリーが大げさにウンウン頷き、場を取りまとめた。そうなれば次は争奪戦だ。緊張感は一層に強まり、一触即発の気配が辺りを包み込む。

 しかし、リタの漏らした一言が機運を遠ざけてしまった。


「ねぇ、ひとまず停戦しない? ここは3人がかりで挑みましょ」


「えっリタ。そんな趣味があったんです?」


「違うわよ。アルフがすんなりと私達を受け入れてくれると思う?」


「あぁ〜〜確かに。ここは手を結ぶ方が良いですね」


「待て2人とも。無理やり関係を迫るつもりが?」


「人聞きの悪いこと言わないで。アルフはね、恥ずかしがりなの。だから私達が強く出る必要があるって事」


「そうですそうです。まずは既成事実からって事で」


「なるほど。力技もやむなし、か」


「それじゃあ行きましょ」


 再びリタがドアノブに手を伸ばした、その時だ。指先は空を掴んでしまう。それもそのはず、ドアが内側から開いたからだ。


「どうしたんだお前ら、こんな夜中に」


「えぇと、その、座談会……?」


「そうですそうです、これは淑女の集いってやつでして」


「へぇ、あっそ。こんな暗がりでか?」


「最近の流行りですよ。敢えて真っ暗な中で相手の筋肉を褒め称えるとか、そんな催しが……」


「さっきの話は全部聞こえてたんだよ! さっさと部屋に戻れ!」


「はぁいごめんなさいねぇ〜〜」


 この事件を機に仕事内容は変更された。魔王の名の下、担当者への権限が大幅に縮小されたのである。その結果として彼は、忙しなく領地を駆け回る事になるのだが、自らが選んだ道だ。

 そんな体制が続くこと幾日。レジスタリア人は軍を送り出すことも、森の富を奪うことも止めた事で、周辺一帯にはかりそめの平穏がもたらされた。


「あぁクソが。仕事はまだあんのかよ!」


 魔王の怒号が森に響き渡る。多忙は自業自得なのだが、愛想良く過ごしたりはしない。怒り半分の態度で、そこそこ順調に仕事を片付いていく。


「アルフ、そこのが終わったら偵察をお願いしますよ。はぐれオーガが出たっぽいんで」


「次から次へと……絶え間ねぇな。森ごと焼き払っちまうぞ!」


「アルフ王よ。そちらは私が対処しようか? ちょうどヒマをしていた所だ」


「どうすっかなぁ、お前がやると面倒に……うん?」


「どうかしたのか?」


 アルフレッドの視線が木々の向こうへと注がれる。そこには、獣道を1人駆け続ける少年の姿が見えた。まだ若い、というより幼い。保護者も無しに夕闇迫る森を行くとは、いかにも不釣り合いで、ついつい首を捻ってしまう。


「エレナ、ワン公共に命じろ。あの少年には手を出すなと」


「もしかして知り合いか?」


「そうじゃない。だがとにかく頼む」


 エレナは言われるがまま口笛を吹き鳴らした。警備担当が決まった日に決められた合図だ。それだけで辺りからは唸り声が遠のき、闘気も陰ってゆく。


「アルフ王よ、完了した」


「あいよ、ごくろーさん」


「そいじゃあ次のお仕事行っちゃいましょーー!」


 それきりアルフレッドは少年を気にかけなかったのだが、再会はすぐに訪れる。そして、その出会いをキッカケとして、大陸全土は動乱の時代を迎える事になる。

 ただし彼らはその事をまだ知らない。アルフレッドも、一心不乱に駆け続ける少年ですらも。

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