第2話 乙
「我々銀河連邦は、諸君らを知的生命体基準『乙』への合格を認める」
私達がデュラニウム合金製のプレートを、謎の『銀河連邦』なる組織から受け取ってから、どれだけ経つだろうか?
知的生命体基準『丙』の基準は、後から思えば……何らかの人工物を自分達の太陽圏から
そして『乙』の基準は……光の速度に到達することと、推測された。
つまり恒星間飛行が可能であるか。しかし、光速が出たところで、それだけでは隣の恒星系へいくのに何年もかかる状態だ。彼らが現れた時に観測した数値は、光速を遥かに超えるものだ。
――この『銀河連邦』に入会するには、どれほどの科学技術を持っていなければならないのか?
私達は、光速はクリアした。
そして、技術の向上により、いわゆるワープ航法を確立した。光速を遥かに超える速力で、宇宙船は宇宙を航行できるまでになった。
そうなってくると、知的生命体は我々だけではないことを思い知らされる。
ワープ航行で航海していれば、見たこともない船を盛んに見かけるようになる。そうやって『銀河連邦』から『乙』の認定を受けた知的生命体との接触は、避けられないものになっていた。
接触は、情報交換や貿易が主だ。
私達もそうだが、知的生命体に進化していく過程で、非道い争いを体験してきた。そのため、お互い争いは避けたい。ましてや、自分達とは違う進化の過程の上に立つ者同士。
――私達には、何かが欠けている。
何かが欠けているからこそ『銀河連邦』は現れないのではないか?
それは、なんであるか?
技術なのか、精神形態なのか……何でもいい。情報がない。憶測しか私達『乙認定連盟』に飛び交っていなかった。
乙認定連盟とは表向きは『銀河連邦』との再接触をお互いに目指す組織だ。「みんな仲良く『乙』以上を目指しましょう」という名の下に結成された。組織に組み込まれるためには、知的生命体基準『乙』の合格、かつワープ航法を持つことが条件だ。だが、実際は情報の独占や、関税の基準などを決め「抜け駆けは許さない」というようなものだ。
どの知的生命体も、その先を望みたい。
この『銀河連邦』なる組織は、そんな下級組織的なものが勝手に存在することは、気が付いているであろう。だが、正体不明である以上、これも憶測でしかない。
模索を続ける私達に、ある知的生命体がとある技術を売り込んできた。
抜け駆けは許さない連盟ではあるが、そういった組織にも裏というものがある。裏で正式に公開されていない技術の取り引きを行っている。
私達に持ってきたのは、とある星が発見した技術だった。だが、その星は『丙』の認定を受けた後、滅んでしまったらしい。
カドニウムという特殊物質を使った転送装置。
星が滅んだ原因は、売り込んできた知的生命体によると、
「彼らは間違いを犯し、滅んでしまった」
売り込みの前に、その星の住人が残した日記のようなものを見せられたが、根本的な技術不足であったことは私達にも見抜けた。
指向性がその装置になかった。
そのために不作為に物質を転送し、自滅してしまったという。
自分の惑星の資源を無作為に消費したわりには、宇宙に進出する技術が圧倒的にお粗末だった。結局、バランスを崩した星にすがるしかなく、自滅したそうだ。
売り込まれたのは、その技術を改造し、指向性……つまり対象物のみ、転送を行うというものだ。
「特別に渡すよ」
と、その知的生命体はいっていたが、私達だけではあるまい。
他の生命体にも売り込んで、儲けているであろう。
私達は、連盟上の条約に不正であっても、魅力的な転送装置を手に入れた。
実際に手頃な小惑星で試したところ、指定した物質のみを回収することに成功した。言っていることは正しかったが、これは使いようによっては、発明した知的生命体同様自滅になる。
特定の物質を吸い取るということは、そのモノの重さを変化させかねない。
私達の太陽系が平穏であるのは、それぞれの星の重さが関係してくる。下手に重さを吸い取ってバランスを崩したら……滅んだ知的生命体の星のように、自転が止まってしまうかもしれない。はたまた、太陽に母星が突っ込むか、他の惑星が突撃してくるか……。
コンピュータで計算すると、実にバランスを保つことの難しさが分かった。
そのために、私達の太陽系内では使用しない。
それが一番だ。
そして、隣接する太陽圏内を調べ、生命体がいないことを確認することとした。
私達は星の知的生命体の頂点にいるのだ。他の太陽圏の生命体……僅かな単細胞であっても、生命として尊重しなければならない。もしかしたら、何億年後に我々と同じような知的生命体となるかもしれない。はたまた単細胞なままかもしれない。可能性がある以上、私達には責任が伴う。なので、生命体がいない太陽圏を調べ、使用することを決めた。
自己満足であることは、よく分かっている。
単なるアミノ酸の配列ならば、生命と見なさないことにして、その太陽系を私達は貪っていた。
バランスを崩し、小惑星が岩石惑星に衝突しようと関係がない。
生命体ではないのだから――
そして、何年も時は過ぎた。相変わらず『銀河連邦』は現れるようなことはなかった。
『採取は中止だ!』
突如、母星から届いたメッセージ。
採取が軌道に乗り出し、我々は強力な重力制御装置を用いることにも成功していた。それにより、他の太陽圏外からの膨大な物資の重さを相殺することができた。それを用いて、念願だった装置の建造を開始していた矢先であった。私達の太陽を取り囲み、エネルギーを効率よく回収するリング装置。しかし、その建造は止められたという。
原因は、あのカドニウムの転送装置。
やはり、あの知的生命体は私達以外にも装置を売り込んでいた。乙認定連盟のほとんどにだ。
まあ予想は付いたが……彼らは装置を試し、慎重に扱う者もいれば、大胆に使う者が現れた。そもそも知的生命体とはいっても、進化体の道筋が違うのだ。考えが違って当然だろう。
そして、問題が起きる。
とある知的生命体が、隣接する太陽系でその装置を使用していたそうだ。しかし、状況は私達と違う。彼らが手を出した太陽系には、まだ『丙』への認定を受けていない知的生命体がいた。
認定を受けていないだけであって、宇宙空間への物体を打ち上げていた。その太陽系の住人は、まだ他の惑星への興味がないのか、自分達の星の周りばかりに人工衛星を打ち上げていたという。
原始的な宇宙進出で悩まされているのは、自分達の打ち上げたロケットなどの残骸……スペースデブリだ。元々、細かな氷などで構成されたリングを有していた星。そのため、宇宙開発に支障をきたし、ゴミばかり漂っていた。
それに目を付けた者がいた。
「ゴミなら文句は言われまい」
ゴミのほうがすでに精製されている。効率よくリサイクルしてしまえば、鉱物採取よりも資源回収は簡単であろう。だが、需要にあうだけのスペースデブリを回収してしまった。その頃にはその星の知的生命体は、悩まされていたゴミが空から消えていることに気が付いた。初歩的なレーダーでもハッキリと。
そして、事件は起こった。
採取担当には目標が決められていたが、量が不足していたそうだ。上部からの圧力に屈した担当は、ついに僅かに稼働中の人工衛星に手を出してしまった。それだけでは足りず、上陸班まで展開し、まだ『丙』への認定を受けていない文明を略奪しはじめたというのだ。
問題にならないはずがない。
乙認定連盟はすぐに最高会議を招集することになった。
そもそもどこから、カドニウムの転送装置を手に入れたか?
裏取引がバレるのは当然のこと。協定違反など芋づる式に背徳行為が次々と、暴露されていく。
他の奴等は信用できない。
乙認定連盟は、こうして紳士的な集団から打って変わってしまった。いがみ合い、罵り合い……結局は、自分達の星で体験した争いの歴史が、宇宙規模で始まっただけだ。
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