知的生命体への合格プレート

大月クマ

第1話 丙

「おはようございます! 本日も朝を迎えました」

 私は、「何がおはようございます、だ!」と悪態をついた。

 朝……昔の言い方をすれば、そういっていいのだろう。太陽が地平線から顔を出すことが『朝』と呼べるはずだ。

 そして、このニュースがその『朝』に定刻通りにテレビから流れる。

 1年前にもこのニュースを見た。

「世界の終わりまであと7日になりました!」

 やたらに明るい女性のキャスターの声が気に障る。


 ――この悪趣味なニュースを流している者を探したい。


 いつの頃からか、ニュースキャスターはCGのキャラクターに置き換わった。

 生身の人間であれば、到底冷静に状況を伝えられるわけがない。

 その昔、人口が100億人をこの星は突破していた。だが、今は何人残っているか。

 そもそもこのニュースなど、誰が流しているのかよく分かっていない。

 1年前、その時は「8日」といっていたので、カウントダウンは正確だ。

 今、この星の昼は半年、夜も半年。いつの頃からかこの星の自転はほぼ停止してしまったのだ。


 ――すべては我々の責任だ。


 我々は物体を転送する光線を発見した。

 カドニウムという物質を使用する光線だ。

 最初は海水から物質を抽出するという形を取っていた。

 海水には様々なモノが溶け込んでいる。金や銀、プラチナ、ウラニウム……発見されている天然の物質のほぼすべてが溶け込んでいるといっていい。

 我々はこの光線を利用することによって、あらゆる物質を回収していった。

 そして、海水だけではない。地層へ、星のコアまでも手を伸ばした。

 星の奥深くには、金だけでも地表を数メートル被うほどあるのだ。鉄などのありふれた金属はもちろんのこと、鉱山で採取が難しいあらゆる物質が地中の奥深く……マントルの更に奥に眠っている。


 ――それに手を出さないはずはない。


 発明された光線によって、我々は無作為に開発していった。

 無作為に採取した物質は莫大であり、自分の星に重大な障害を与えていたことには、無頓着であった。しかし、少しずつ思い知らされることになる。

 まず、この星を有害な太陽風などの電磁波から守っていた地磁気が弱まっていった。

 星に蓄積されていた金属を採取したことにより、地磁気の源であったコアの回転が少しずつ遅くなったのだ。

 その結果、有害な電磁波などが地上に降りそそぐこととなる。しかし、その時の科学者達の出した結論は、間違っていた。膨大な資源採取には触れることはなかったのだ。

 我々は欲望のままに貪った、自分の星の物質を。


 ――その時で止めておけばよかったのかもしれない。


 次に起こったのは、自転の速度低下。それは偶然見つかった。

 打ち上げていた人工衛星内の原子時計のズレが、計算されたモノと違っていたからだ。そして、導き出されたのが自転の速度低下である。

 最初はほんの僅かであった。だが、日が経つにつれ、実感できるまでになってきた。

 計算された暦通りに太陽が昇らないことを、人々は恐れた。その頃には、地磁気の乱れが非道く、日中に外に出るのは危険である、とまで言われたほどだ。

 降りそそぐ宇宙からの電磁波で、大気のバリアであったオゾン層も破壊されていたからだ。

 自転の低下の影響はそれだけではない。

 星は物質の性質ごとに、マントルや地殻を形成している。それが均等に運動をしていたからこそ、この星は安定し、コアは地磁気と重力を提供してくれていた。だが、バランスを崩した星の内部は手に負えなくなっていた。予想外なところで巨大地震を引き起こした。地殻とマントルの拮抗がバランスを崩したからだ。予想不可能な巨大地震が頻発した。

 そして、いくつもの都市が、国が、滅んだ。

 地表の被害はそれだけではない。地磁気が弱まった星からは、太陽風によって大気が剥がされた。バランスを崩した重力は、それに追い打ちを掛ける。今まで重力が遠心力を勝り、大気をつなぎ止めていたのだ。それが無くなるとどうなることか……。

 僅かな凹地にしか大気はとどまることができなくなる。

 我々の星は、空に浮かぶ衛星のように、大気をそうやって無くしてしまった。

 それに海も……。

 気圧が無くなれば、それで保っていた海は蒸発。星の上からは液体の水が無くなってしまった。

 夜、空を見上げれば、他の恒星はほとんど動いては見えない。


 ――もちろん、我々も対策をしなかったわけではない。


 原因も特定できた。カドニウムを使った転送による無秩序の物質採取。それにより星のコアのバランスを崩し、このような結果になったのだと。

 すぐさま装置の使用停止を求められた。だが、すべての人が従ったわけではない。


 ――金の卵を産む鳥を殺すことなど、到底できなかった。


 それでも地道にコアのバランスを保とうと、我々は必死になった。

 カドニウムの転送装置を反転させ、逆にコア内へ物質を送り込むことをした。しかし、手探りだ。どう修復すればいいのか判らない。その作業の間にも、自転は遅れていく。

「衝撃を与えて、動かしてはどうか」

 と、核兵器や水爆などもコア内に転送して、爆発させようともした。しかし、未だにコア内はそのような兵器が耐えられる世界ではない。転送を試みた瞬間に、起爆することもなく押しつぶされてしまった。

「星を捨てるしかない」

 一部の人間はそうやって、宇宙に活路を求めた。しかし、我々の宇宙開発技術では長期間……半永久的に人を宇宙、他の星で生活するレベルに至っていない。月に初の衛星都市を造り、隣の太陽系第四惑星へ数名の宇宙飛行士を送り込んだ程度だ。ロケットも化学燃料によるモノが主流。遠く別の惑星を調査するのにも、他の星の重力を利用するスイングバイに頼るしかない。そんな技術しか持たない我々は、宇宙で別の惑星への移住など不可能であろう。

「母星に留まるしかない」

 最後に我々が取った生存方法は、地下へ……。

 皮肉にも原因を作ったカドニウムの転送装置を用いて、大規模な地下シェルターを短期間で建設した。世界中でそうやって作られたはずだ。

 だが、不意に起きる巨大地震。それにより消えていく都市もあるようだ。

 辛うじて我々は、この地下都市で生きている。

 そして、あの朝のニュース。

 予言めいた内容のように7日……太陽が昇り沈み、再び顔を出すことを1日と考えたら、後7年。備蓄し、僅かに生産されている食料のことを考えると、それがこの地下都市の限界であるだろう。


 ――我々は自分達には過ぎたモノを、発明したのかもしれない。


 今後、この星の調査に来た異星人が、我々の行ったことは愚かであると考えるであろう。

 そして、この装置を使う時は、よく考えてほしい。

 我々のような過ちを起こさないように。


 ――異星人。


 そう、我々は一度だけ異星人と接触した。

 もうずいぶん前のことであり、僅かな記録しか残っていない。だが、確実に異星人と接触した。それは宇宙に手を伸ばして、半世紀も経っていない時のことだ。

 我々が飛ばした人工衛星が、太陽の影響圏外、つまり外宇宙に偶然にも出た。すでに機能のほとんどが損傷した衛星であったが、辛うじて電波を出せる状態であったという。

 突如、空に我々の月ほどの球体が現れたかと思うと、当時の世界の代表機関に接触を求めてきた。

 呆気にとられている我々を尻目に、古めかしい潜水服――後で考えれば宇宙服であろう――のようなモノを着た二本脚の彼らが、


「我々銀河連邦は、諸君らを知的生命体基準『丙』への合格を認める」


 と、純金製のプレートを渡してきたそうだ。

 そして、気が付けば彼らの姿は消え、謎の巨大球体も消えていたそうだ。

 眉唾の話ではあるが、それが唯一の異星人との接触であった。


 ――この宇宙には我々以外の知的生命体がいるかもしれない。


 否定的な意見もあったそうだが、謎の文字が書かれた純金製のプレートはある期間まで存在していた。だが、彼らとは会うことはできないであろう。


 この星の文明は滅び行くのだから――

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