第67話 柱の陰で

電話のベルで目が覚めた。

寝ぼけ眼で電話に出る。

「もすもす」

「おぅ 部長が? おはよっす」

社長からの電話と分かり一気に目が覚めてしまった。


2時間の時差が有るので、日本で始業時間のころベトナムは起床時間である。

「来月に帰国するんだがらな」

「えっ 会議の予定だがっす?」

「んねず そっちは 順調になってきたがら 部下にまがせで 帰ってこいちゃ」

工場を設立し、社員の募集から仕事の立ち上げまで、目まぐりしい日々の連続であったが、やっと軌道に乗ってきた矢先の帰国指示である。

5~6年位の駐在を覚悟して来たのだが、こんなに早く戻ることになるとは思ってもいなかった。

3年程度の期間では大した実績も出せなかったのだが、多くの仲間に助けられ充実した日々であった。

特に、秘書のダイちゃんにはベトナム人の風俗習慣や考え方などを教えてもらい、仕事を進める上で大いに役立った。

管理部長のトイさんには公私ともにお世話になった。

総務のタオちゃんには山形弁を教えることができた。


それにしても、いざ帰るとなると寂しいものである。

アパートの窓から見える雑然とした街並み、ヌクマムとドリアンの臭いが漂う市場、チューインガムを売り歩く裸足の少女、その全てがサイゴンでありベトナムである。


帰国の夜、タンソンニャット国際空港には大勢の仲間が見送りに来た。

一緒に連れてきた阿部君や田中君、一足先に一人で戻ることに心が痛む。

独身だった佐藤君、ベトナム人の奥さんと幸せになってほしい。

ルアン君、ロックちゃん、ビン君...みんな別れの手を振っている。

全員手を振りながら、キョロキョロしている...?

なんで?

「おーい 阿部く~ん! なしてみんなキョロキョロしてんだ?」

「....」

「だれがば 捜しているんだが?」

「柱の陰で 泣いでるアオザイ娘がいる...と思ってよ~! キャハハハ」


やけに大勢の見送りだと思っていたのだが、そう言うことだったのか。

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