第55話 バニヤンの木
ベトナムの行事は旧暦が元になっている。
日本でも季節の変化を旧暦で言う場合もあるが、太陽暦を採用してからは古来の行事に西洋の習慣などが入り乱れ無節操な感じがする。
その点、ベトナムは旧暦の行事を頑なに守っている社会と言えるだろう。
昔々のこと、貧しい牛追いのクオイは薪拾いに出かけた森で一匹の子虎に出会いました。
とっても可愛いので一緒に遊ぼうと抱き上げると、茂みの奥から「ウォー」と吼える母虎の声。
驚いたクオイは、思わず子虎を放り投げ、急いで近くの木に登って隠れました。
すると、可愛そうに子虎は地面にしたたか打ちつけられて死んでしまったのです。
「どうしよう、怒った母虎が僕を追いかけに来るぞ」
怖くて怖くてぶるぶる震えていたクオイが次に見たのはとても不思議な光景でした....
母虎は、ピクリとも動かなくなった我が子に気づくと、やおら1本のバニヤンの木に近づき、葉っぱを噛みしだきました。
そして、それを子虎の頭に塗りつけると、なんと死んだはずの子虎がすくっと起きあがったのです。
「すごいぞ、あれは魔法の木だ」
木の上で一部始終を見ていたクオイは思いました。
虎の親子が去った後、するすると木から降りこの不思議な木の前に立つと、どうしてもこの木が欲しくなってしまいました。
そこで、えいやっと引き抜いて持ち帰り、自分の家の前に植えたのです。
そんなクオイの様子をいぶかしそうに見ていた母親に、クオイは言いました。
「お母さん、これは魔法の木なんだよ。大事にしてあげないと、怒ってどこかに逃げていってしまうかも知れない。決して木の周りを汚したり散らかしたりしちゃダメだよ」
ところが、そんなある日のこと、クオイが牛追いの仕事を終えて家に向かっていると、なんと母親がバニヤンの木の根本にゴミを捨てているではありませんか!
「おかあさん、ダメだよそんなことしたら....」
と走り出した瞬間、なんとバニヤンの木がゴゴッと音を立て地面から抜け始めたのです。
クオイが冗談のつもりで言った言葉が本当になってしまったのです。
バニヤンの木は、そのまま空に向かって飛んでいこうとするではありませんか。
クオイは必死で根っこにしがみつきました。
でも、クオイの小さな体では止めることが出来ません。
あれよあれよと、バニヤンの木はクオイを連れたまま天高く上っていってしまいました。
そして、クオイがたどり着いたのは月の世界でした。
ベトナムでは今でも満月の夜には、月の上にバニヤンの木と、木の根本に座ってこちらを眺めているクオイの姿が見えると言われています。
旧暦8月15日は中秋節。ベトナムでは子供のお祭りです。
今夜は童心に帰り、月餅を食べながらお月見をしようと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます