Blue Moon.

4月に入ってすぐにデートして、もう4月10日は「渚の誕生日」だ。普段は月に2回も会えれば良い方だったので、今月はもう「渚の月」みたいだった。僕も渚の誕生日をスルーするつもりは無いし、渚もソレを当然だと考えているだろう。口には出さないが・・・

 渚は見た目に反して「控えめな性格」で、「私の誕生日だからっ!」と言う主張はしてこない。それどころか誕生日すら謎だったりする。渚が僕の誕生日を知りたがった日、サラっと渚は自分の誕生日を告げた。僕はその日を皺の少なめな脳みそに彫刻刀で刻み込んでいた。そう言った事情で、「誕生日のお祝い」をしようと提案するのは僕の役目だ。

 メールで「10日はどうする?誕生日だろ」と質問してみた。「なんで洋ちゃんが私の誕生日を知ってるの?」と驚いていたが、姫様の誕生日は1度聞いたら忘れるわけにはいかないだけだ。「前に言ってたじゃん。俺の誕生日を教えた日にだよ」

 姫様はそんなことを忘れていたらしく、それでも4月10日は休みにしていた。きっと、僕がスルーしたらどこか遠くの都会で雑誌の立ち読みでもして過ごして、次に会った時に僕に八つ当たりしただろう。回避出来てよかった。


「いつもの時間と場所でいい?」とこっちから誘った。「うん!」と元気の良い返事が返ってきた。前回は落ち込み気味のまま駅の改札で別れたのでちょっと心配だったが、しっかり立ち直ったらしい。いや、あれぐらいで何日も引きずられるような性格の子だと困ると言えば困るが・・・

 誕生日プレゼントはもう決めてあった。いつものデートはノープランばかりなので、「渚の欲しい物を買う」と言う日にしても良かったけれど、やはり優柔不断に思えてしまう。渚も遠慮して「ぬいぐるみでいいわよ」と言いそうだし。国産の安くは無いが高価過ぎない「腕時計」を買ったのはデートの前々日だった。男の僕からすると、女の子さんはあんな小さな文字盤で時間を確認出来るのか心配になる。いわゆるアクセサリー感覚と言う面もあるのだろう。僕は渚の白い肌の手首に巻かれていると映えると思われた淡いブルーの文字盤の腕時計を選んだ。時計店のおっさんに「プレゼントです」と告げたら、デカい箱を出してきたので、ソレは断り「なるべく小さな、でも瀟洒なケース」に入れてもらった。軍服のポケットに押し込んでも大丈夫な大きさだ。僕の計画は、先ずは「渚の欲しい物を買いに行こう」と提案して、あっちの店こっちの店と楽しそうに歩き回り、品定めをする姫様の表情をたっぷり鑑賞して、そのあと食事をして。

いつもの部屋で「本当の誕生日プレゼントを贈る」ことと決めた。買い物と食事で2時間かかっても、いつもの部屋で5時間はのんびり出来るはずだ。のんびりしないけど。


 渚の誕生日はとても暖かい日で、改札前で待っていても寒くはない。出来ればベックスで待ってて欲しいものだが、渚も今日は改札前にいるだろうと思った。その通りだった。

僕が10分前には到着するのを見越して、渚は15分前には待ち合わせ場所に到着するようだ。この時に寒ければベックス。暑くてもベックス。

 僕がバス停からの階段を昇り、駅のコンコースに辿り着くと、渚は遠くから僕を発見して手を振ってきた。なんだか照れくさいが、嬉しい光景だ。数メートルにまで近づくと、またしっぽを千切れんばかりに振っている。この子はなんて可愛いのだろう。見た目は怖いくらいに美しいのだが、やることなすこと可愛さがゲシュタルト崩壊している。可愛さが罪ならば、某グループの地下施設で1050年は強制労働と言う判決が下るんじゃないかとさえ思う。


「待たせちゃったか?」

「今来たとこ」

「あんまり無理しないで、ベックスで待ってればいいのに」

「時間が勿体ないじゃん」

「時間?」

「カフェに2回も入るのはもったいないよ?」

 そう言えばそうだ。ベックスで待ち合わせをしても、そのあとのデートコースに「食事」か「お茶」が入ることが多い。寒い時期はホテルに直行だけれど。今日はノープランで良かった。とりあえず「渚の欲しいモノ」を探すデートをして、買ったらいつもの部屋に行くだけで、途中に食事でもお茶でも挟めばいい。最近の渚は外食を好まなくなった。大抵は弁当なんぞを買い込んでホテルに行く。僕は健康な男なので、この流れは好ましいが「セックスばかり」と言うのも極まりが悪い。


「じゃ、渚の誕生日プレゼントを買いに行こう」

「うんっ!」

 実はコートのポケットに入ってるんだけどね。サプライズは必要だろう。いつものように渚は僕の左半歩前を歩く。ゆっくりと、ゆっくりと。今まで付き合った女の子さんの中でも、渚の歩く速度は遅い方だ。僕はその後ろを歩きながら想像する。あの猫の目のような美しさの瞳、長いまつ毛。渚は何を見て何を思って歩くのだろう?僕は従者のように渚の後ろを歩くだけだ。たまに香る渚の匂いを嗅ぎながら。


「あ、洋ちゃん。予算は?」

急に振り向くな、怖いじゃないか。

「ナンボでも。家とか車とかならローンを組むし」

「馬鹿、私は免許持って無いのっ!」

「へぇ?珍しいな。今の若い子は18歳になったら合宿で取るんじゃないの?」

「時間が無かったのよ。洋ちゃんは運転出来るんだっけ?」

「話さなかったっけ?俺はトラックドライバー時代が長かったんだ」

「じゃあ運転も上手いんだぁ」

僕は車よりも渚に乗るのが好きだし、乗るなら国産と決めている。そんな余計なことを言うと渚に罵られるので黙っていたが、渚は「純国産のスポーツクーペ」だ。


「ドライブ、行きたい」

「俺、車持って無いぞ」

「レンタカーとか嫌?」

「考えておく」

「予算は?」

「あー、何が欲しい?アクセサリーぐらいなら大丈夫だ」

「こないだのデパートに行く」

「洋服とか欲しいの?」

「何か探す。欲しいモノって思い当たらないものねぇ・・・」


 だから僕も誕生日に悩んでジッポを買ってもらったんだ。渚も特に物欲が無いみたいだった。若しくは「欲しいモノがかなり高価で躊躇われる」とかだろう。ヴィトンの財布とか。

 デパートで渚は1万円に届かない範囲でイヤリングを選んだ。不思議なことに渚には「ピアス穴」が無い。僕ですら若い頃はピアスをしていたのに。赤い珊瑚のイヤリングだった。意外と高いのでびっくりした。ピアスではなく「イヤリング」だと、金具の大きさをカバーするために装飾部分が大きくなるからだろうか?ここで誕生石を選ばれていたら死んでいたと思う。


僕はレジのお姉さんからラッピングされたプレゼントを受け取って、その場で改めて渚に渡した。

「ありがとー」

渚は嬉しそうにニヘラニヘラと笑う。こう言うところが本当に可愛い。

「飯、どうする?」

「最近、マックを食べてないなぁ」

「マックでいいの?どこかちょっといい店に入ってもいいよ?」

「誕生日プレゼント、高かったから。マックがいい」

「そうか?じゃ、マックで食うか?」

渚はジッと僕を見上げる。その視線は「野暮なことは言わないの」と語りかけてくるようだ。

「買って行くか」

「そうそう、洋ちゃんはいい子になったね」


 マックで適当にセットを買った。そのままホテルかと思ったら、今度はコンビニに行きたいと言う。何かと思ったら、サンドイッチを買い込んでいた。「マックを食べたらお腹いっぱいになっちゃうでしょ」だそうだ。このエロ娘・・・


いつもの部屋に渚を先に通す。ドアを閉めると渚はツィっと振り返って背伸び。


姫様お得意の「キスをしなさい」と言う命令だ。キスをすると部屋の奥に行くのがお約束だが、今日はその場で抱き着いてきた。

「誕生日憶えててくれたぁ」

僕は渚の頭をそっと抱き寄せて「22歳」と呟いてみた。

「まだ22歳だもんっ!」

そう、「まだ22歳」だったな。

 渚は上機嫌でバスルームに消えて行った。僕は今日のために買っておいたプレゼントをベッドの枕の下に隠した。ベッドに入ったら渡そう。


「洋ちゃんも入りな」

「ん。今日はずいぶんと早いな」

「いっぱい一緒にいたいの。でも洋ちゃんはしっかり洗ってきてね」

「なんでだよ」


あ、渚から妖気が・・・何かスイッチが入ったらしい。

 姫様の命令なので、僕は尻の穴から袋の裏まで念入りに洗った。いや、いつも洗ってるけれど、心の問題だ。今日の僕は世界ランクで2桁に入るくらい清潔なのだ。

渚はいつも通り、椅子に腰かけてサンドイッチを広げていた。飲み物も買ってきたので一緒に袋から出されていた。


「誕生日、おめでとう」

僕は渚の頭を撫でてみた。簡単にデレた。

「嬉しいっ!」

多分、この後ベッドで僕は殺されるのだろう。死ぬ前に「形見」だけは渡しておこうと思う。

バスローブの前をしっかり留めていないから、おっぱいが見える。絶対にわざとやってる。

食べ終えてもすぐにベッドに移動しない。消化に悪いからだそうだ。


「ドライブ、行きたい」

「分かったから。次のデートはドライブするから」

「ホントっ?」

「インディアン、嘘つかない」

「インディアンだったの?」

「秋田にはインドもあったし」

「待って。秋田って何?あと、インディアンはアメリカじゃないの?」

「俺のおふくろの郷里は秋田だよ。言わなかったっけ?」

「初耳~、私の実家と正反対じゃない」

「秋田はいいぞ」

「田舎じゃない」

「あ、秋田を馬鹿にすると米を食えなくなるぞ。稲穂が地平線になる世界だぞ」

「田んぼしかない(笑)」

「スイカとトウモロコシもある」

「ハタハタ?」

「アレはな、山形県と戦争をした結果、独占出来るようになった」

「そだっけ?」

「だから山形県民は海ではなく、畑に熱心でいも煮をするんだ」

「そっか」


時間もいい感じに過ぎたのでベッドに移動する。まだ渚はバスローブを脱がない。僕は枕元の方に位置をキープして、先ほど隠したプレゼントを手探りで探す。


「誕生日おめでとう」

僕はちょっと照れながらその包みを渚に差し出した。

渚はきょとんとしている。なにこの可愛い生き物・・・

「なんで?」

「こっちが本命のプレゼント」

「えっ?えっ?さっき高いの買ってもらったよぉ?」

「いいから。コレも受け取ってくれ」

コレで僕はこのベッドで殺されてもいい。この腕時計を僕だと思って強く生きてくれ。

渚は物凄く慎重に僕から包みを受け取った。本当に「おずおずと」と言う感じだった。

「開けていい?」

「もちろん」

「あー、うわぁっ!時計だぁっ!」

「駄目だった?」

「嬉しい、こんなの嬉しいに決まってるじゃんっ!」

「ベルト、革製のを選んだからサイズ直しは要らないでしょ」

「うんっ!付けていい?付けていい?」

作戦は成功である、時計はSEIKOだし、このあと性行だ。


 渚が、確変大当たりが終わったパチンコ台みたいに「スンッ・・・」と静かになった。


「ねぇ?」

「どうした」

「あのね、私ね・・・」

「はい」

何か深刻な話をするようだ。

「妊娠出来ないけど、いいの?」

確定演出だと思っていいのだろう。死ぬまで一緒だと信じていいのだろう。

「二人だけの方が楽しいかも知れないじゃないか?」

「いいの?」

「サイズ直し、指輪さ、もっといいのを買う?」



このあとめちゃくちゃセックスした。



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