1月は「Wolf Moon.」
約束があった。僕と渚はその約束を言葉にすることは無かったけれど。
二人は「添い遂げる」と言う約束だ。不思議なことに、僕と渚の「距離」は物凄く近かったのだ。離れて暮らしてはいるが、会えばその距離はゼロに・・・いやマイナス方向に進んでいく。「二つの丸ではなく、一部が重なり合う」感覚と言えばいいのだろうか?「絶対とも言える信頼関係」があったのだ。
クリスマスを一緒に過ごし、渚は25日の昼過ぎに帰っていった。
「メールするね、メールしてね」の別れの挨拶はいつも変わらない。
そして渚と会うことも無く年が明けた。元日の昼頃に「あけおめメール」が来ただけだ。当時はこの「あけおめメール」でサーバがパンクしかねないので、大手携帯会社は「あけおめメールは時間をずらしてください」と言うアナウンスをしていたほどだった。渚は真面目な子なので、きちんと時間をずらして元日の昼にメールをしてきた。僕も「明けましておめでとう。今月はいつ頃会えるかな?」と返したが、このメールへの返信が中々来なかった。元々、渚とのメールは「間が空く」のが常だった。大体3日も待てば返信があるので、僕も放置することに慣れていたのだ。
しかし今回は1週間経っても返信が無い。ちょっと心配になってもう1回メールをしてみた。もうメールごときで緊張するような関係ではない。2回目のメールへの返信は翌日だった。
「ごめん、忙しかった。今月はねぇ、会えないかも知れない」
残念ではあるが、イブの晩にたっぷりと「教育」しておいたので、二人の関係の危機とは思えない。それに渚は寒さに弱いから、1月2月のデートは回数が減るだろうと思っていたところだ。ただ、メールの数まで減るとは思っていなかった。元日から数えて8日目にしてやっと2通だ。忙しいのだろうと気を利かせて、僕もメールを控えることにした。
「忙しいんだ。何かあったらメールすること」
とだけ送って放置した。メールで根掘り葉掘り訊くのは僕の「スタイル」ではないのだ。
「何かあったら」と言う僕のメールを言葉通りに受け取った渚は「何も無いのでメールしない」と言うスタイルを貫こうとしているようだ。僕は毎日2回はメール着信をチェックしていたが、届くメールは広告関係ばかりで、そんなものは全部迷惑メールフォルダに押し込んだ。相手も百戦錬磨である。迷惑メールフォルダに放り込んだメールアドレスではなく、違うアドレスで送って来るから質が悪い。僕は別に「ネットで出会い」とか「ケータイで副業」に興味はない。僕のメールアドレスを知っているのは、ヨドバシ・ドット・コムやらAmazonくらいで、あとは数少ない知人(メールよりも電話派)と渚だけだ。メアドが漏れた理由が分からない、もしかしたらケータイキャリアが漏らしているのかも知れないと邪推している。
もう「青春のような熱い季節は戻らない」のだと気づいた。渚にはまだその「熱」があるだろう。ソレは僕がとうの昔に失ったものだ。僕に残されたのは「温もり」程度のモノだ。僅かばかりの温もりは、しかし渚が求めていたモノだろう。だから僕たちはこの人生を共に歩んでいるのだ。
だが、僕は「失うこと」にも慣れ過ぎていた。この世界は意味も無く「全てを奪う」こともある。「愛は惜しみなく奪う」と言う言葉があるが、この世界は愛すらも無く奪い去ることもままあるのだ。僕は何を失ってきたのだろうかと数えようとしても、憶えていないモノは数えることすら出来はしない。
最後に惜別の涙を流したのはいつだっただろうか?この世界が僕に「背中を向け続ける」のなら、僕もこの世界を見たりはしない。僕はこの世界に足跡すら残すことをしない。渚は、僕と世界を繋ぎ止める「かすがい」なのだ。渚は僕が世界を見るための「Window」だ。
ただ、渚がいきなり別れを告げて来ても「そうか・・・」と思うだけだろう。この惑星(ほし)に付き従う「月」がある日軌道を逸れて飛び去ろうとしても。
この惑星は「そうか・・・」と思うだけではなかろうか。月はいつだって「そこにあった」のだ。新月から満月、そしてまた新月へ。遷ろう姿は様々だが、月はいつだってそこにある。この約束は「盟約」ではない。いつかどちらかが消えても、ソレは仕方ないこと。
まだ、この世界は僕を殺そうとはしていない。
僕は淡々と寒い冬を乗り越えようとしていた。そう言えば渚との約束があることがなんとなく「支え」になっていたのだ。渚の友達のバイクを直すと言う約束。ソレが2月の話だったから、きっと来月は会えるだろう。そう思っていた。勿論、渚が僕の元を去ることなど想像だにしていない。僕は「失うことに慣れ過ぎている」が、「渚を失うこと」には慣れていない。そのメールが届いたのは1月の終わりだった。「金色の箱の写真」が添付されたメールには「欲しい?」とだけ書かれていた。
金色の箱に緑色のリボン。写真をよく見ると、ソレは有名ホテルの名を添えた「ガトーショコラ」の箱だった。
2月、バレンタインデー。
僕はすぐに返信した。
「くれ」
数通のメールには、ご無沙汰しましたなんて言葉は無い。僕だってメールを送っていないのだからお互い様だ。いつも通りに「今度、いつ会う?」と言う話になり、今回はメールだけで約束の日が決まった。当然「バレンタインデー」にいつもの場所でいつもの時間。流石に寒いので、先に着いたらベックスで待つように釘を刺しておいた。
いつもの・・・
安心感のある言葉だ。
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