Long Night Moon.ー3

アパートの部屋はエアコンをかけっぱなしにしてあった。渚は寒がり(暑がり)だし、また部屋が暖まるまで待つのも間抜けだ。冷蔵庫には切れ目を入れたチキンレッグの照り焼きとサラダ、あとはご飯を炊いてあった。その他、おかずになりそうなモノや軽食のサンドイッチも買っておいた。一晩過ごすには十分な量だろう。ケーキもあるので、多分チキンとサラダ、あとはサンドイッチに手を付ける程度だと思う。部屋のドアを抜ければ、もう目の前が6畳間のドアだ。本当に狭い1DKだが独り暮らしには十分だ。


 渚は6畳間に入るとすぐにバッグを部屋の隅に置いてコートを脱いだ。匂いを嗅ぎたい。しかしその前に一大イベントがある。クリスマスプレゼントの交換である。最も緊張するお時間の到来だ。指輪を見せてドン引きされたら・・・明日の夕方には鴨居からぶら下がる僕がいる。

 困ったことに部屋が狭い。6畳間にダブルベッドを置いていて、パソコンデスクとちゃぶ台、小さな書棚まであるので、空きスペースが無いのだ。食事をする時はちゃぶ台を壁際から離して「横置き」にして渚と対面するように座るしかない。そして僕は物事の順番が分からない。ケーキを食べて食事をしながらお話して、それからプレゼントの交換がいいのか?それとも先にプレゼントの交換をするべきか?かなり悩んだが、やるべきことは先にやっておこうと思った。僕もコートを脱いで、すぐにベッドの上に座った。渚が「?」と言う顔をしている。


「プレゼント、あるんだ」

僕は意を決して渚に告げた。渚はいそいそと置いたバッグに近づいて、なにやら白い袋を取り出した。青と金のリボンで口を結んである。

「私もー」

ここまではいい、問題はこの先だ。渚が先制攻撃してきた。

「メリークリスマス!」と言いながらその白い袋を僕に差し出した。まだだ、まだ決戦の時ではない。僕は「開けていい?」と聞いた。渚は笑顔で頷く。中にはスマホよりも大きな箱が入っていた。僕はその箱のリボンを丁寧にほどきながら緊張MAXである。この中身が何であろうと構わない。指輪を渡す瞬間が勝負なのだ。とは言え、渚が買ってくれたプレゼントだ。嬉しくないわけが無い。にやけながら箱を開けると、そこには二つ折りの革製の財布と、キーケースのセットが入っていた。


「洋ちゃんの財布、くたびれてたから・・・他のモノが良かった?」

渚がちょっと不安そうに聞いてくるが、これほど嬉しいプレゼントも無いだろう。僕が「身に着けていられるものがいい」と言ったのを憶えていてくれたのだろう。

「おー、コレはいいなー。欲しかったんだよ新しいヤツ」

「よかったぁ。友達に相談して買ったんだよー」

「友達、いたの?」

「す、少しなら」

「じゃ、俺からもメリークリスマスってことで」

「うんっ!」


頑張れ僕。思い切って渡せ。


「あの・・・こんなのなんだけど」

 僕は白いケースを壁際に置いた袋から取り出した。ケースには赤と緑の細いリボンが貼ってある。僕は渚の前にケースを差し出して、そっと蓋を開けた。心臓、ばっくんばっくんである。ここで「えぇ・・・」と言われたら、あの山にある寺に出家して、生涯を仏にささげよう。

「うわぁっ!いいの?ねえ、いいの?」

アレ?喜んでる。

「ペアなんだけど、いいかな?」

「うっそー、やだマジで?いいの、いいの?」

「着けてみる?」

「うんっ!」

渚は「迷わずに」左手薬指に嵌めた。なにこの理想の生き物。そして数秒後に。

「ゆるい・・・」


貴女の頭のことでしょうか?


渚はブータレながら左手を僕の前に突き出してきた。確かにリングがぶかぶかで、すぐに外れてしまうようだ。

「サイズ直し、すぐに出来るって言ってたから、今度一緒に行こう」

俺の嫁に渚を会わせると、その場で2人の修羅が生れそうだが、僕はこの子が好きなんだと、俺の嫁に告げよう。渚の方が美しいのだから仕方の無いことだ。

渚はひとしきり、全ての指に通して諦めたようだ。その指でも着け心地が微妙らしい。

「いいの?こんなに高いモノ」

「贈りたい物を贈るのがクリスマスじゃないかな?」

「嬉しいっ、大事にするね」

「じゃ、サイズ直しするまでケースに入れておこう」

「やだ」

「何が嫌なんだよ」(笑)

「指輪、チェーンで首からぶら下げたい」

「可愛いことを考えるなぁ」

「可愛い?ねぇ、私可愛い?」

「綺麗って感じ。でも可愛いとこも沢山ある」

「やだ、私、口説かれてる?」

「匂い嗅いでいい?」

「また・・・はい、どうぞ」


渚はすしざんまいのポーズになった。この胸に飛び込んで深呼吸してもいいのだ。冬の渚は「お陽さま」の匂いがする。

 僕はたっぷり3分は匂いを嗅いだ。もうこのままセックスに雪崩れ込んでもいいだろう。僕は仕事から帰宅して、すぐにシャワーを浴びてから渚を迎えに行った。渚はシャワーを浴びていないが、「ご褒美」だろう。ボディソープ以外の匂いがする渚とか、食パンが2斤あっても足りないぐらいだ。匂いを嗅いでいる体勢から押し倒した。


「またっ!駄目だってば、シャワーを浴びないと駄目だってばっ」

「俺はもう浴びた」

「私が浴びたいのっ!恥ずかしいでしょ、臭いよ」

「渚は臭くない。大丈夫」

この攻防に数分かけて、やっと姫様は大人しくなった。濡れてきたらしい。


さぁ、大人の時間の始まりだ。


 僕の部屋は明かりを消すと真っ暗になってしまうので、今日に備えて「フットライト」を買っておいた。これなら姫様も文句を言わないだろう。

「そんなのあったっけ?」

「買ってきた」

「すけべ・・・」


黙れ、小悪魔。


いつもの流れだが、今日は念入りに渚の身体をほぐした。アンモニア臭がした。そして、姫様は後ろから責められて陥落。その後、僕の上になって・・・後ろから責め過ぎて僕も限界だったが故に、あっさりと逝かされてしまった。

「えっ?でちゃったの?」

「ごめん・・・下から見てたら興奮し過ぎた」

電球の暖かい色に染まった渚の裸体が妖艶で凄かったのだ。しかも薄暗いから結構せっせと動いてくれたし。

「早いよ。多いし」

「1週間分だ」

「馬鹿っ!」

「身体、倒して乗っかっていいよ」

「重いよ?」

「知ってる」

「もう、馬鹿っ!」


ヤバい、暖かい。ぼくのこかんのさんたくろーすが萎えない。このまま2回戦まで行けそうだったので、また横に転がって僕が上になって・・・


「元気だ・・・」

「渚が綺麗なのが悪い」

「ちょっ・・・待って。逝ったばかりだから激しいのは・・・」

激しく動いておかないと途中で萎えそうだったので。

行為が終わってティッシュタイム。渚は「うわぁ」と言いながら、流れ出てくるものを受け止めていた。


「ホント、多いよ・・・」


 お互い、お泊り用の身支度をした。渚は薄手のスェットの上下を持参していた。おっぱいが際立つので、今夜は長い夜になりそうだ。僕もいつもの寝間着、黒いスェットに着替えた。


「あー、お腹空いた」

「どっちを先に食べる?ケーキ?料理ならチキンを焼いてあるけど」

「チキンっ!チキンがいいっ!」

「Fourteen・・・」

「なに?」

「いや何でもない」

「飲み物、ある?」

「お茶とか、あとインスタントでいいならコンポタもあるけど」

「コンポタ」


僕も渚も酒を飲まない。いや、僕は晩酌を欠かさない質だが、飲むと股間から元気が失せるので、渚といる間は一切飲まないのだ。


「煙草、吸ってていい?」

「うん。支度に10分くらいかかるし」

「手伝おっか?」

「キッチンは寒いぞ」

「じゃ、待ってる」


姫様は我がままである。


 テーブルを移動して、部屋の奥に渚を座らせた。小さなちゃぶ台に料理が並ぶ。豪勢とは言えないが、チキンの照り焼き(電子レンジで温めた)と大皿のサラダ。渚はコンポタ、僕はお茶。コレだけでちゃぶ台はいっぱいいっぱいになる。

「いただきまーす」

渚は正座して食べ始めた。本当に行儀のいい子だ。

「うわー、コレ本当に洋ちゃんが作ったの?」

「そうだよ」

「やだ、凄く美味しい。サラダも?」

「野菜は買ってきた。ドレッシングは作った」

「絶対に、私は洋ちゃんの前で料理しない・・・」

「そこまで上手くはないだろ。渚の手料理も食いたい」

「お腹壊すよ?」

「憶えろよ!」(笑)


 仲良く食事。なんて素敵な時間なんだろう、しかも僕の部屋でだ。時計を見るとまだ22:00前だった。夜勤をやってるので、まだまだ宵の口感覚だ。渚もまだまだ元気いっぱいだ。今夜は長い夜になる。

ケーキはあとで食べることにして、僕と渚は添い寝をした。僕の部屋には「娯楽」になるようなものは無い。テレビも無いし、芸人もいない。普段はサッサと寝るし、パソコンで動画や映画を観ることがある程度なのだ。それでも渚は満足らしい。腕枕をすると、コロコロ動きながらご満悦だ。来年の予定を話した。行きたい場所があることや、見せたいものがあるとか。渚はそんな話を瞳を輝かせながら聴いてくれた。そう言えば頼まれていたバイクの修理は2月と言うことになった。やはり1月は気忙しいし、3月になれば予定を入れたい。寒い時期の方がいいし、2月ならと言う話だ。


「ね?」

「なに?」

「シャワー貸して」

「いいよ、バスタオルはキッチンに置いてあるから使って」

「でね?」

「はい」

「ウィッグを1回外すから、見に来ないでね」

「外しちゃえばいいのに」

「駄目。まだするでしょ?」

 渚はその日のセックスが終わるまではウィッグを外さない。「坊主頭では色気も無いだろう」と言う、恥じらう乙女なのだ。

「じゃ、キッチンに行かないよ」

 バスルームと言うか、ユニットバスからトイレを外した風呂場は狭い。そして、キッチンとガラスドア1枚を隔てているだけだ。一応は「バス・トイレ別」の物件である。お陰で狭いのだが、「バス・トイレ別」と言うのは、僕にとって譲れない条件なのだ。


「寂しい?」

「あほか。10分くらいあっという間だ」

「10分じゃ出てこないよ?」

「いいからゆっくり入って来い」(笑)


 15分はかけていた。女の子さんのお風呂タイムは長いのだ。狭いバスタブにお湯を満たしながらシャワーを浴びて、バスタブで身体をしっかり温めて・・・他に何をするのだろうか?今まで付き合ってきた女の子さんはこの「空白の時間」が必ずあった。一緒に入っていても「先に出てて」と言って、5分は風呂場にこもっている。本当に何をしているんだろうか?


「洋ちゃんも入りなー」


やっと出てきた。

「バスタブ、お湯を貯めておいたよ」

「サンキュー」

実は僕は、「冬でもシャワー派」である。プロパンガスの高さを知れば、毎回お湯をたっぷり使うのが怖くなる。今日はいいのだ。渚のためならガス代が1万円を超えても構わない。

 バスタブのお湯は「使用後」のままだろう。つまりこのお湯に渚が浸かったと言うことだ。陰毛発見。ちょっと勃起しかけた。僕は短髪なので、頭からつま先までボディソープだけで洗う。その泡でひげまで剃ると言う「エコ仕様」だ。渚のためにシャンプーとリンスを買っておいた。ウィッグの下には「産毛」ぐらいの長さと細さの髪がある。まさか女の子さんに「ボディソープだけで洗え」なんて言えない。そこまで野暮天ではない。


ゆっくり目に入浴しても10分だ。

「アレ?早いね」

「ちんこだけ洗えばいいかなって」


枕が飛んできた。この枕も今日に備えて買ったものだ。普段はしっかりとした「重い枕」を使うが、渚用にふかふかの枕とクッションを買っておいた。腕枕も、そのまますると10分で腕が痺れるが、枕に頭を乗せてもらって、その下の首筋に腕を突っ込めば痺れたりしない。よだれで汚されるのはご褒美だ。

 ふかふかの枕程度の攻撃で僕が怯むわけが無い。

襲い掛かろうとしたその時。


「洋ちゃん、寝て」

「え?」

「ここに仰向け」

僕は素直に従った。姫様の従者なのだから当たり前だ。

「マッサージしたげる」

「マッサージ?資格とかあるの」

「やったことない」

「ソレでマッサージ?」


「洋ちゃんの脚」

「脚がなに?」

「私、洋ちゃんが病気を隠してるの、知ってる」

「病気?治ったじゃんか」

「違うの。うちの先生に訊いたらね?」

「あー、病院の先生かぁ」

「うん。再発はしないだろうけど、後遺症が残ってる可能性があるって」

「後遺症?」

「洋ちゃんの脚はいつも冷たいの。血行不良のままなんじゃないかって」

「歩けるし走れるし、もう大丈夫だって」

「他にもあるでしょ?」

「う・・・まぁ体調不良がたまに」

「私じゃ何も出来ないけど、次に悪くなったらうちの病院に来な?」


渚はそんな話をしながら僕の脚を優しくさすり続けていた。

もちろん、渚も自分の病気を隠していた。

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