第4話 ジョンストン環礁沖の血戦
第一次攻撃を凌ぎ、小康状態になった第三分隊と敵先鋒艦隊。この僅かな間隙を縫って、愁は戦場を離脱しにかかっていた。
第三分隊の損害は駆逐艦四隻戦闘続行不能、七隻が何らかの攻撃を受け、うち二隻が中破、つまり戦闘に何らかの支障を来たしていた。
他にも、巡洋艦一隻にもミサイル一本が命中、甲板上に命中し高角砲座一基が大破した。
問題は航空隊で、愁の初動のミス─とはいえども最初の時点ではあれが最善手だったが─によって戦闘機九機を撃墜される事態となり、制空戦における不利を背負うことになった。
とはいえ、先手をとられた上に総計すれば1万を超えるミサイルによる損害がこの程度で済んだということは、消極的にせよ愁の優秀さの証明となった。
艦隊内の迎撃システムと脳外端子を直接リークして行ったこの迎撃戦によって辛うじてながらこの攻撃を防いだ愁としては、これ以上の損害をさけるためにも撤退するしかないと踏んでいた。
ただし、愁はあくまでも、自分達だけが攻撃を受けたものだと勘違いしていた。
「第二分隊より通信、“我レ、敵艦隊ノ攻撃ヲ受ク。敵艦隊戦力多ク、目下苦戦”」
愁の顔の温度が二、三度急降下したのを見ていたのは、この時一緒にいた桜蘭だけだった。
愁は、自らの想定の誤りに今さらながら気付いた。
敵艦隊の先鋒艦隊は、想定よりも西方に張り出していた拠点から出撃したものだと思っていたのだが、第二分隊は我々の第三分隊よりもさらに100㎞西方にいる。第三分隊はジョンストン環礁近辺のメビウス制海権へと食い込んでいたが、第二分隊は戦闘海域、つまりハワイの司令部直轄艦隊とメビウス艦隊が頻繁に戦闘している海域であり、そこら辺の地図は完全に埋められている。
新設したにしても、ついさき程空母艦隊に帰還した第一次偵察機隊は拠点を捉えていない。
つまり、存在しないところから艦隊が湧いたか、もしくは最初からこちらの艦隊の配置を割られていたか。
「敵艦隊はこちらの動きをとらえている?」
そうとしか考えられない。
敵艦隊が運良くこちらの偵察網を突破した後に、第三分隊ではなく第二分隊に襲いかかる?
第三分隊が国防軍艦隊と通信を行ったので、近辺の艦隊がこちらに来たならばまだしも、第二分隊は…。
「まさか、第二分隊の通信も捉えられ、それで位置を割られた?」
そうだとすればある程度のつじつまは合う。
第三分隊が行った偵察は貧弱だったし、偵察網を突破する可能性は十二分にある。その後に、第三分隊にも第二分隊にも襲いかかったのだから。
だが、第二分隊が偵察を行っていなかったとは考えられない。少なくとも、国防軍艦隊の救援に向かうときに無為無策に突入したとは考えられないし、そこまであいつもバカじゃない。
となれば、また運良く第二分隊の偵察を掻い潜った?
いやそれ以前に、そもそも拠点から前日、もしくはそれよりも前から出港していたのならば、どうして前日偵察の時に捕捉されなかった?
いや、偵察機の半数が撃墜されたのだから、出撃していた可能性は十分にある。
しかし、それならば第二分隊や第三分隊よりも先行し、円周の様に配置されている国防軍艦隊の偵察をどうやって掻い潜った?
国防軍艦隊が報告する間もなく、壊滅した?
それは無いだろう。
現在通信封止中の国防軍艦隊とて、緊急電くらいは送るだろう。少なくとも、敵艦隊を発見し次第、国防軍艦隊の通信封止は解除される。
となれば…。
「敵艦隊は、国防軍艦隊のいない穴場からこちら側まで侵入した?」
国防軍艦隊はジョンストン環礁を北東から南西までの180度を、30度ずつカバーしている。国防軍艦隊は策敵に特化しているので、30度開いていても十分にカバー可能だ。
というよりもそうなるように配置されている。
「南東から出撃して、国防軍艦隊の偵察できない南方海域を突っ切り、そのまま北方に転進し時計回りにこちら側の艦隊の横面を突く。
これならば、右舷側に敵艦隊が現れたのも当然か…」
となると、敵艦隊の主力部隊は…。
「しまった!」
愁は、いち早く本隊の危機に気がついた。
時計回りにこちらの艦隊を攻撃したとするならば、その主力艦隊もその襲撃艦隊にいると考えるのが普通。となると、本隊にはその主力艦隊が当たる。
味方艦隊単体ならば敵艦隊に勝てない。
あくまでも北方の艦隊と合流した上に、味方の先鋒艦隊が漸減する前提で作戦ができている。さらに、あくまでも敵艦隊は分散していないと考えた上でのものだ。
マンチェスターの法則を適応すれば、狭い地峡などで一対一の戦いを繰り返すのならば、それは戦力×質によって勝敗が決まる。
一方、自由に戦力が展開できる平原ならば(戦力)²×質によって勝敗が決まる。
個艦の質ならば人類側はメビウスの三倍近くあるが、メビウスの戦力は五倍以上。つまり、出来る限り戦場を制限するのが人類にとっては正しい。
その為に、先鋒艦隊は敵艦隊をジョンストン環礁におびきよせる役割を担っていた。
一旦出撃した敵艦隊も、ジョンストン環礁が攻撃されれば戻らなければならない。さらに、ジョンストン環礁に逼泊する艦隊を先鋒艦隊で撃滅すれば、一気に圧力は減殺される。
はずだったのだが…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます