第2話 魔女の休暇
脳外端子から、仮想海域のデータが届く。
それに合わせて、視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚などをそのデータに共有していく。
脳外端子からの感覚共有終了。
脳の活動と脳外端子からのシグナル信号を同調。脳内の感覚神経を脳外端子からの発振子に置き換える。普通ならば感覚神経も残しておくのだが、本気で相手をするつもりなので、余計な情報をシャットアウト。
思考回路や記録回路をすべて脳外端子からの信号に合わせる。
視界が開ける。
二つのものが見えていない、いつもの視覚だ。
「脳外端子内演算回路をネットワークに接続。桜蘭を呼び出す」
「脳外端子を軍本部ネットワークに接続。艦魂データを呼出、艦魂データ入力終了、艦魂構成します」
桜蘭が目の前に現れる。
「桜蘭、よろしく頼む」
「了解。相手は誰?」
桜蘭がそう問いかける。
ブローチもそのまま再現されている。この仮想空間内での演算は全て古典力学の範囲で行われているため、完璧ではないが。
「妾じゃよ、桜蘭」
笹宮皇女殿下が、桜蘭にそう呼びかける。
「笹宮殿下ですか。本気で倒しますよ」
「上等じゃ、叩きのめしてくれるわ」
鳴瀬が、開戦の合図を送る。
「左舷側サイドスラスター、92」
水平方向に92度傾けられたサイドスラスターが、艦の軌道を強引に変える。
そのまま、敵艦の位置を観測する。
敵艦「朔良(さくら)」は、速力40ノットでこちらへと突撃してくる。敵艦の針路を観測。こちらから12度傾斜。
「対艦ミサイルVLS発射!」
対艦ミサイル "Polaris"の発射口が開かれる。
「朔良」が砲弾を放つ。対艦ミサイルをこんな至近距離で打つのは、普通は自殺行為だ。だが、愁にとってはノーリスクだった。
「右舷サイドスラスター12!」
右舷のサイドスラスターを12度傾けて噴射。
敵弾が雷鳴を伴いながら「桜蘭」を狙う。だが、サイドスラスターによってとっくに命中は望めなくなっていた。
「ミサイル発射!」
敵弾が虚しく水柱を上げると同時に、「桜蘭」からミサイルが放たれる。それに対して、「朔良」が再び砲撃を行う。
「砲塔と直接リンク。データを艦長優先に」
「直接リンク完了」
「朔良」の砲塔の位置を捕捉する。距離二六〇(二六キロ)、細密観測、26,125,13。速力40,8ノット。針路…
愁の一撃で、勝敗が決した。
「「朔良」弾薬庫に誘爆、負けです」
「妾が、また負けたか…」
笹宮皇女殿下は、これまでで最速で撃沈された。
文字通り、一撃必殺を浴びた笹宮皇女殿下の「朔良」は、瞬殺された。
「さてと、折角カフェにも来たことじゃし、なにかいただこうかのう」
「ここのカフェは、星空パフェが有名らしいですよ。いただきますか?」
「それを頂く」
笹宮皇女殿下がそう言う。
愁がふとその星空パフェを見る。
「…、おい、正気か」
「何の事だい、愁?」
ニコリ、と鳴瀬が笑う。
こいつ、確信犯だなと、すぐにわかる。
「…、どうなっても知らないからな」
ひときわ低い声でそう言う。
しばらくして、星空パフェが届く。
「こ、これは…」
笹宮皇女殿下が、うっ、と顔を青ざめさせる。
明らかに、量が違った。
黒いチョコで星空を再現し、そこに銀色の粉をまぶす。そして、そこに黄色いアイスを載せてある。そして、肝心の量は、普通のグラスの直径の三倍に、これでもかというほど入っている。
「図ったな、鳴瀬!」
「いえいえ、私もこれほどのものだとはしりませんでした。いや、知りませんでしたね、はい」
どうなっても知らないぞ、鳴瀬。
なんやかんや言ってパクパク食べていく笹宮皇女殿下。お腹を壊しそうだなと思いつつ、愁は話を始める。
「それで、インド洋戦線はどうなんだ?」
「…、それをここで聞くか? まあいいが。ざっくり言えば、特に変動なしだが。
詳しく聞きたいんだろう。インド洋の統合政府は艦隊を半分近く失っているが、その分各所の圧力を減殺した。
近々、インド洋から太平洋に至る戦線を押し上げるつもりらしい」
「成功すれば、世界初の制海権奪還となるわけか…」
愁は、頷きつつそう言う。
「そういえば、お主も昔、制海権奪回のための戦闘を行ったことがあるらしいのう」
「いえ、そんなことは…」
その時、ようやく笹宮皇女殿下の言わんとすることを諒解する。
「なるほど、たしかに昔、小笠原へと行ったことはあります。もっとも、その後失踪して記憶の連続性はないですが」
「第一主力艦隊全ての失踪、あの事件は印象的だったのう」
「神話時代の終焉以来初めての事態でした」
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