第2話 魔女の休暇
三人の中で、わずかに沈黙が流れる。
愁はあくまでも「元人格」に過ぎない。やらかしてくれたのは、愁のコピー人格、さらにいうならば、これも5年以上前の話だ。愁の14歳の頃の、少年であった頃の人格のコピーに、一体何が期待できるというのだろうか。
「近々、軍令部はまた大規模侵攻作戦をするつもりらしい」
鳴瀬が口を開く。
笹宮皇女が止めようとするが、まあいいか、と止めるのをやめてしまった。本来話せば軍機違反なのだが、どうして止めないのだろうか、と頭の中で声がする。
まあ、あからさまに軍を集結させていて、さらに事前通告もないということは、つまり十三都市誓約同盟内の決定だろう。そうなれば、侵攻作戦以外の軍の集結は考えられない。
「ウビン島とセカンド・リンク・エクスプレスウェイ破壊が目的か?」
「ノーコメント、これ以上は話せない。インド洋政府にも太平洋政府にも話していない。もっとも、太平洋政府に話すつもりはサラサラないがな」
「僕はいいのかい? 明らかに太平洋政府の人間だけど」
鳴瀬と笹宮皇女が目を合わせる。
一瞬の目線の交錯だったが、それで会話は終わりらしい。
「構わないよ。第一、お前さんは軍令部に伝える義務もないだろう。義務がない上に僕に対して不利になるようなことは、基本的に言わないことは知っている。
言っても得にならんものは、何も言わんって、昔言ってただろ」
笹宮皇女は、熱心に星空パフェを食べている。こちらの会話には全く興味がないのか、それとも食べるほうが重要なのか…。
「確かに、そんなこと言ったなあ…。まあ、別にいい。それより、頼んでいたものはどうした?」
「…、言っておくが、これを渡すのは「アジア東洋海軍によるアジア・太平洋の臨時統治機構と太平洋における国際連合の臨時超主権機構の…」
「はいはい、103項目の話だろう。あんなもの、とっくに有名無実化しているから、別に渡しても構わんさ」
呆れたような目とため息で、鳴瀬は分かったという。
「最初で最後の忠告だ、これを見たら直ぐに処分することだな。ヘマに技術省にでも渡ると、あとあと面倒なことになる」
「了解…、にしても、どうして103項目なんてものが存在するんだろうな」
「2086年度両国協議会決議第103条、フルネームは馴染みがない。やっぱり103項目といったほうがいいなあ…」
どうしてフルネームで言ったのか、と尋ねると
「言えることを確認しておきたかったから」
という至極真っ当なのかどうか判断のつかないことを言われた。
「技術協定のことか?」
「ええそうです、笹宮皇女…、ってもう、食べ終わってる…」
「え、ええぇぇ…」
鳴瀬が盛大にため息をつく。これでも皇女相手なのだが、いいのだろうか…。
「わらわはこのパフェ、気に入った! もう一個買ってくる! じゃがその前に…」
鳴瀬に指をさす皇女殿下。
「言っておくが、そちのやったこと、妾は見ておらぬからな。仮に査問会か軍事裁判に呼び出されても、決して、妾の前でやっていたことだとは言うな」
「そこらへんは大丈夫ですよ。こいつは信用できますし、何よりここらへんは僕の腹心の部下で固めてある。そうそうバレやしませんよ」
おいおい、と思ったとは愁だった。
「完全にこっちの情報筒抜けかあ…。しかも、やろうと想えば殺されるわけねえ…」
「安心しろ、友人を殺す趣味はないからな」
そうでもなかったら、ここにはいないだろうよ。
「それで、何を渡したのじゃ」
「興味津々か…、聞いたらアウトだと思うのは僕だけか…」
「僕も賛成、というか、これ聞いちゃったら、完全に共犯だけど…」
「いざとなれば、皇女の力でねじ伏せる。侍女の一人か二人くらい、首が飛ぶかもしれんがな」
アハハハ、と笑えもしない冗談である。
「メビウスの研究資料ですよ。もっとも、技術省のものではなく、国防軍第三課のものですが」
「第三課が、じゃと? 確か、国防軍第三課は応用技術を実用化するところのハズじゃが…。それに、そんなメビウスの研究資料なんてものをどうやって作ったんじゃろうか…」
知らないはずも無理はありません、と続けられる。
「国防軍第三課の外局である国立「メビウス」研究所、通称「セレマ」が行っていることですから」
「セレマ…、実在するのか?」
「あまり大声で言えませんがね。もっとも、よく言われるように悪玉組織という訳ではありませんよ。そもそも、「セレマ」には固有の研究施設はない。
あくまでも、軍とのつながりを生かして、メビウスがどのような生態をしていて、どのようにして増殖するのかを調べるだけです。
もっとも、確かに嫌な噂は耐えませんがね」
「セレマ」。元の意味は、「汝の欲するところを行え」。
「ガルガンチュアとパンタグリュエルの物語」に登場する「テレーネの僧院」のように、ユートピアの代名詞としても使われることがあった。
しかし、国立「メビウス」研究所にそのような名前がついた理由は不明。誰かがそう言い出したには違いないのだが、誰が言い出しっぺなのかは不明なままだ。
「一つ聞こう、お主はそれに所属しているか?」
「いいえ、所属していませんよ。あいにく、僕の先輩がセレマに所属しているといったことからしか…。
あと、先輩からの提供は任意です。決して強制したわけではなく、渡したいからくれないかと聞いたら、快く引き受けてくれただけです」
セレマの話を聞いていると時間が無くなりそうなので、さっさと話をすすめる。
「それで、本題に入ってもいいか」
「ほう、てっきりこれが本題かと思っていたが。まあ、太平洋政府からの緊急リクエストだから、本題ではないだろうがな」
「どっちだよ、と突っ込みたいが省略させてもらう。本題だ。
単刀直入に言う。今回僕が送ってもらってほしかったこの資料は、103項目の例外規定である双方の任意による、資金代償込みの直々の請求になった。鳴瀬の先輩が快く引き受けたのもそのせいだろう」
ほう、と鳴瀬が目を光らせる。
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