第1話 星群乱舞
艦隊はそのまま前進を続ける。
目標としている艦隊「青龍」は、ミサイル発射後は沈黙を保っている。超水平線レーダーは、現在沈黙状態にある。
「電波擾乱剤か…」
「電波擾乱剤を放つにしても、時間がかかります。ここまで速く電波を擾乱されたとなると…」
電離層から電波を反射する形で敵艦隊を捕捉しようとしてきた第一主力艦隊は、電波自体が何故か目標地点よりもはるか手前で乱されてしまい、敵艦隊を捕捉できずにいた。
敵艦隊が電波擾乱剤を放ったかもしれないと思い付いた。だが、敵艦隊がこちらの観測部隊の観測から逃れてから、まだ精々一時間経ったか経っていないかぐらい。その短期間のうちには、電波擾乱剤を撒くことはできない。
電波擾乱剤は、電波の本来の形である電磁波を何らかの形で拡散させてしまう物質であることがわかっているが、こちらにはそのようなものはないので、詳しいことは不明。
しかし、戦闘後に何らかの形で電波障害が継続することが分かっており、そのため、通常の物質であろうと言うことは判明している。すなわち、電波擾乱剤は気体か、もしくはそれに類する粉末類であり、その領域を通過する電波は大きく拡散してしまう。
だが、そのような物質をこれほど早く散布したとしても、その濃度が足りないので、結果的にはそこまで電波妨害にはならないだろう、そう考えた桜蘭は全くもって正しい。
だが、電波擾乱剤を一瞬のうちに散布したとすれば、すべての過程に整合性が出る。つまり、もっとも単純で合理的解答は、メビウスが技術を革新し、電波擾乱剤の高速散布を可能にした、ということになる。
「敵艦隊の行動が判明次第、こちらも動く。それまでは観測に専念」
「了解」
桜蘭がそのように解答したのを、愁は特に聞いていない。どうせ了解としか答えないのだから、聞いても意味がない。
「こちら「桜蘭」、第一分隊に通達。第一分隊は敵艦隊の観測に専念する。同時に、臨戦態勢を維持」
第一分隊の通信回線に情報を流す。第一分隊の各員から了解の返答、今回は「鈴蘭」も音声での返答の意義を認めなかったからか、直接データ通信で送ってきた。
「軍令部から通信は?」
「軍令部からの情報なし。作戦続行の模様」
軍令部からの通信はここ一ヶ月入っていない。通常ならば軍令部との通信は半月に一回は入るのだが、作戦が特殊であるからかもしれないが、軍令部との連絡は全くとれていなかった。
今回の第一主力艦隊は、小笠原諸島に展開するメビウス艦隊の撃滅だけでなく、その先にある神話時代の島嶼──伊豆諸島への進出を目論んでいる。成功すれば史上初の、メビウスの勢力圏奪還となる。
10年ほど前に行われた「オリンピック作戦」、通称「天王山作戦」でさえ、メビウスによって奪われた制海権を完全に奪還するには至らなかった。オリンピック作戦時に投入された艦隊は、太平洋に存在したほぼ全艦隊であり、ハワイ奪還のために投入された最大戦力だった。
結果は歴史の示す通り、半数の艦船を失った代わりに辛うじてハワイを奪還しただけだった。さらにいうならば、ハワイの「蓋」ともいえる二大環礁──ミッドウェー環礁とジョンストン環礁をメビウスに奪われ、ハワイは常に危険にさらされることとなった。
今回は、その精々六分の一程度の戦力で伊豆諸島へと進出しようという話である。正直に言えば、無理な気しかしない。
一応、陽動として有人艦隊である第一群第八主力艦隊が出撃するらしいが、はっきりいって陽動にしても戦力が少なすぎる。
「敵艦隊捕捉、本艦隊東方250kmの海面」
「…おかしい」
桜蘭の声で現実に引き戻された愁は、まずそう言った。
明白におかしかった。敵艦隊が展開していた海面から大きく外れている。移動したとしても、明らかに遠すぎた。ひょっとして二個艦隊展開していたのか、とも思ったが、現在展開中の観測部隊である第四艦隊は、その海域にも展開していた。
つまり、仮に二個艦隊いたとしても、その今観測された艦隊は、本来、より早く見つかっているはずなのだ。にも拘らず、今の今までこの艦隊は観測されなかった。
「味方艦隊からこの艦隊の報告は?」
「今までありませんでした」
つまり、艦隊が瞬間移動してきたかのようなものだった。艦隊の瞬間移動などという妄想を信じるほど、ばかになれない。つまり、艦隊が観測されなかったのならば、その因があるはずなのだ。
「先頭に電波擾乱剤をばらまく艦を置きながら、電波擾乱をもちいて観測されないようにしていた?」
その可能性が一番高そうだと判断する。
実際、人類も昔そのような手を使ってメビウスを欺き、奇襲攻撃でメビウス艦隊を撃滅したことがあった。その点において、メビウスがそのような手段を用いたとしても別に不思議ではない。
人類はECMをもちいたが、それよりも効率的な方法でメビウスが行っただけの話だ。
「! 敵艦隊からミサイル発射されたもよう…!?ミサイル観測できません!」
「ミサイルが発射されたのに、それが見えない?そんな馬鹿な話があるわけないが…」
その瞬間、はじめの直撃がきた。
「甲板に被弾、火災発生、消火準備」
「CIWS起動、乱射!」
近接防御火器(CIWS )が、最後の防御手段としていきなりミサイルに浴びせかけられる。どこから現れたかも定かではないが、四方から爆発音が聞こえる。
しかし、その防御にも限界が一瞬で訪れる。
「舷側に被弾、第一区画大破!」
二発目が舷側に命中。艦首に命中し、非装甲区画である第一区画に一瞬にして大穴が穿たれる。
命中弾が重なる。
四発、八発など、大量に撃ち込まれたミサイルは、容赦なく「桜蘭」の甲板や舷側を破壊していく。
一通りミサイルの狂乱が終わったとき、「桜蘭」は完全に戦闘能力を喪失していた。どうしてこうなったのか理解できぬまま、愁は戦闘指揮権を次席旗艦である「鈴蘭」にひきわたす。
「桜蘭、軍令部に報告、「我れ、戦闘続行能力を喪失せり。これより帰港する」」
「了解」
愁は、撤退するためのコードを起動する。
艦長権限を発動したとき、桜蘭の声が響く。
「軍令部より返信、「撤退の要を認む。マリアナ諸島サイパン軍港に帰航せよ」とのこと」
「おかしい、返信が早すぎる」
この戦場で、なにかおかしなことが起きつつある。愁はそう実感していた。
「とにかく、サイパンに帰港する。取りかじ一杯」
取り舵を命じる。
だが、回らない。それどころか、面舵を切っているかのように、逆方向に流れていた。
「桜蘭、面舵ではなく、取り舵だが」
桜蘭が、取り舵を切っているはずだと伝える。
そして、愁は気づいた。本来あるはずの空間の変化が停止していた。それだけではない。
空間自体は停止しているが、回転していた。
すなわち、周囲の原子などは動くことなく、まるですり抜けているかのように、艦を無視していた。
「物理現象を無視している…」
困惑しか、浮かばなかった。
そして、それが接触してきたのは、そのすぐ後だった。
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