第1話 星群乱舞
星の海が、辺りを包み込んでいる。地平線の彼方まで、星の光が行き届いている。
無限に暗いはずの戦場に、光を与えているこの星達の光は、いつここへ来たのだろうか。
「敵艦隊を感知、方位角126度、142500メートル。敵艦隊の波長を確認。電波の波長は4,23Hz、敵艦隊符号「青龍」と同定」
脳に情報が送られてくる。
この戦場に、人はいない。人の脳に繋がれた情報端子が埋め込まれた戦闘艦に対して、人が乗り込んでいるとは言えないだろう。何とも非人道的な空間だろうか。もっとも、志願兵がそれを言うのもおかしな話だが。
旗戦艦「桜蘭」の艦橋には、特殊戦の浅野愁の脳外端子と直接データ的に繋がれた情報端子と、「桜蘭」の艦内コンピュータが生み出した機械知性である桜蘭がいる。
戦闘艦として整理された「桜蘭」は、結果的に人が住めるような空間とは言い難いような状況になっている。
この艦隊戦という戦闘形態を取っている中で、最初期の護衛艦、つまり超精密機械を薄い装甲に覆い隠されたような脆い艦では、メビウスに対抗できないことはほぼはっきりしている。
人類がメビウスとの戦争を始めてからはや100年近く。
最初期、つまり神話時代の終焉間近の頃には、護衛艦や空母などといった一点豪華主義によって建造された軍艦が、メビウスの侵攻によって撃沈されていったと言われている。
数を以って攻め寄せるメビウスは、艦隊を戦艦などの硬い装甲によって固められたもので編成し、ミサイルなどの甲板に対する攻撃をかなり無効化した。もっとも、すべてを防げたわけではないのだが、近距離まで迫られた時に、軽装甲の護衛艦などは大口径の砲による攻撃には耐えられなかった。
最終的にはメビウスに核攻撃を行い、大陸すべてを核の海にして陸からの侵攻を止め、海上からの侵入は神話時代最後の戦いである「太平洋戦役」によって、ほぼすべての護衛艦を失った代わりにメビウスの侵攻を止めてみせたという。
そんな豪勢な消耗は、もはや許される時代ではない。
一隻の喪失すら、太平洋統合政府にとっては大きな痛手となる。回復力は全く追いついていない。
「各艦に告ぐ。敵艦隊を発見。各自ミサイル戦を開始」
「こちら副旗艦「鈴蘭」、各艦了解」
第一主力艦隊第四分隊、コードネーム「龍殺し《ドラゴンキラー》」。分隊は戦艦4隻、巡洋艦6隻、駆逐艦6隻からなっている。主力艦隊は四個艦隊存在していて、その中でも最精鋭と目される第一主力艦隊。
その第四分隊は、何も見えない地平線の彼方へ、ミサイルを打ち込む。
何もない暗闇から、ミサイルの噴射炎が光源として光り輝く。束の間、星の光がその光で覆い隠される。そして、超音速で流星のごとく通り過ぎていく。
轟音の後、沈黙。
短い流星は、そのまま消え去った。
「敵艦隊からミサイル発射を確認。第八国防軍艦隊、観測中に攻撃を受け、現在避退中」
「第八国防軍艦隊に、武運長久を祈るとの通信を送っておいて」
本来は第一主力艦隊司令長官であるジェームズ・ロンバードが行うことなのだが、あいにくその旗艦との通信はジャミングによって遮断されている。
「第二次ミサイル攻撃を中止。敵艦隊とのミサイル戦を中止し、敵艦隊に接近する」
ミサイルは、そもそもこの第四分隊にはそこまで配分されていない。ミサイル一発辺り100万ドルと言われるような、超高級品を、消耗品として使うのは気が引けるし、何よりも観測なしでは当たり難い。
無駄弾を放つよりは、次の戦いに備えるべきだ。
「敵ミサイル群を近接防御火器のみで迎撃する」
「各艦通達、近接防御火器のみで、敵ミサイル群を迎撃せよ」
ふと、今本体は何を思っているんだろうと思った。
今、この「桜蘭」に乗り込んでいる愁という人格は、意識分割によって乗り込んでいるだけの仮初めにすぎない。戦闘終了後は、本体の愁と意識を再び結合させられる。
過去の自分もまた、同じようなことを思ったのだろうか?
記憶に連続性のない自分という人格に、問いかける。答えは帰ってこない。もう二度と、この自分という存在がいないことは知っているし、どうしょうもないことだ。
だが、それでも。
本当の自分は、今の仮初の自分を、覚えているんだろうか?
「敵ミサイル群接近」
「迎撃用意」
敵ミサイル群が、流星のように、超音速の風を伴いながら、「桜蘭」ら第四分隊に向かう。
「射程まで、6秒」
「仰角よし、励起完了。敵ミサイル群への照準よし、電気回線及び優先目標を指定、迎撃準備よし」
「残り2秒、1秒、今」
超高速演算で、時間経過が緩くなる。
1秒が長く感じる。そして、今、の声が聞こえた瞬間、近接防御火器からの火線が、敵ミサイル群を貫いていく。
爆発が次々に起こる。
そのたびに、小さな星が生まれ、華となり散りゆく。
寿命なき星たちが、あたりの海を埋め尽くしていく。
爆散、爆散。
火線は、すぐに鳴り止む。
「全弾迎撃完了。敵ミサイル群第二波観測できず」
桜蘭から、その声が聞こえた。
願わくば、今、本体の自分が、自分を感じていることを。
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