第11話

 そんなやり取りをしながら森の奥地の開けたところまで進んだところで、リュシフィアがふと足を止めた。

 「リア様?どうかなさいました?」

 それには答えず、辺りを見回しているリュシフィア。一通り見渡したところで、ある一点に手をかざし、時空魔術を放った。

 直後、パキン、という音と共に何かが割れて崩れ去る。そこに現れたのは、小さな社。何もない森の中にあるには相応しくない、それなりに装飾が施されているものであった。

 「……社?なんでここに……?」

 小さく呟く。次の瞬間、

 グルルルルル……

 何かが低く唸る声が聞こえた。

 「……え?」

 慌てて辺りを確認する。いつの間にか、三人の目の前に巨大な猪がいた。

 「魔猪!?」

 「マリファ嬢、危ない!」

 猪の魔物、魔猪が襲い掛かってきた。すんでのところで回避すると、バルトローズが斬り掛かり、リュシフィアが雷の矢をいくつも発射した。

 だが、一筋縄ではいかないようで、魔猪の攻撃による土埃がとんでくる。

 「くっ……」

 印を結び、浄化魔術を使う。発動に時間が掛かったが、魔猪は光に包まれて消えていった。

 「……!まだだ!」

 背後から音がし、社が崩壊すると共にもう一体の魔猪が現れた。こちらに向かって突進してくる。

 間に合わない、やられる。そう思ったが、魔猪の動きがぴたりと止まった。

 「……え、あれ?」

 リュシフィアが、右手を掲げている。そのまま、腕を横に払った。すると、みるみるうちに魔猪が圧縮されていき、そのまま霧散した。

 後には、魔石を手にしたリュシフィアと、呆然と立ち尽くすマリファとバルトローズの二人が残されていた。

 「すごい!すごいですリア様!あんな一瞬で!」

 「……流石、魔術師団長だな」

 「……」

 無言で佇むリュシフィア。だが、先程までとは雰囲気が違っていた。

 「リュシフィア様……?」

 声をかける。すると、ゆっくりとこちらを振り返って言った。

 『……魔物の、数。そして、魔力。どちらも増大しているが、一時的なものだ』

 リュシフィアの姿で、リュシフィア声で、リュシフィアではない誰かが語る。神聖で、かつ邪悪で。膨大な魔力を持つ、そんな誰かが。

 『あの社は、古の魔王の魔力を封印するための、封印の祠。あの二体の魔猪は、祠の番人。祠に近づいたから、襲って来た。ただそれだけ。戦闘になったから、その混乱に乗じて祠を壊した。封印の祠は、この国に満ちている魔力と、地脈に直結している。祠を壊すことで魔力に乱れが生じ、魔物の大量発生や魔力の増幅に繋がっている。けれど、それは次第に収まる。魔力の乱れは一時的なもの。すぐに元に戻る。それに応じて、魔物の数も魔力も元に戻る。気にするべきことではない。何も問題ない。……何も、心配いらない』

 ただし、とリュシフィアではない誰かは続ける。

 『元に戻ったときに、この国が残っているかどうかは、保証できないけれども』

 「……どういう、意味だ?」

 『封印の祠。あれが何を封じているのか、聞いていなかったか?この国の実態と、着せられた罪を考えれば、魔王はこの国を滅ぼさんとするだろう。……祠は残りふたつ。復活の時を、楽しみにしているといい』

 ニヤリと笑って、目を伏せた。

 気配が変わる。先程までの雰囲気は消えてなくなり。

 「……あら?お二人とも、いかがなさいました?」

 首を傾げた状態のリュシフィアが、そこにいた。

 マリファとバルトローズが、顔を見合わせる。先程まで、誰がいた?リュシフィア様との関係性は?

 「どうもこうも……さっきのはどういうことだ?リュシフィア、君は一体誰と共にいる?肉体を共有でもしているのか?あと、何故社を壊したんだ?」

 バルトローズが、質問を一度にいくつもぶつけるも、返ってきたのは詳しい説明ではなく、

 「……はい?あの、さっきの、とは?魔猪を一体倒して、その後背後からもう一体出てきたので時空魔術で圧縮し浄化しただけですが……?誰、とは?他に何方かいらっしゃいました?……社?壊した?……あれ、壊れてる⁉」

 戸惑った様子でマリファとバルトローズを交互に見て、壊れている社に驚くリュシフィア。先程の出来事については、全く心当たりがないようで。

 「……封印?古代の魔王?国を、滅ぼす……?どういう、ことでしょう……?」

 乗っ取られていたであろう間の状態を説明しても、ますます困ったように眉をひそめるだけであった。

 結局何も分からないまま、森を出て教師に報告することになった。

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