第149話 アレスの結末

 これ以上他に使う魔法は必要がない。

 魔法でダメージを与えるようなこともなく、この剣だけで終わらせればいい。

 今の俺にはその力がある。


 本体から繰り出されたビームのような攻撃は、ドゥームブレイドによって軽々と切り裂かれていく。

 どんな攻撃だろうと、この漆黒の剣の前に何もかも無力に等しい。

 アムドシアスの時と同様に、この武器は何でも容赦なく切り伏せることができる


「なんだよ……そう、怯えるなって」


 あの像も、本来であれば第一形態で、今の姿……あの靄が邪神その者。

 俺が知っている結末はアイツを倒したとしてもスキを突かれてミーアに取り憑かれる。しかし、取り憑こうにも結界が阻むだろうし、そもそも……もうそんな事はできない。


「これで終わりなんだから、いいかげん諦めろ」


 何度攻撃されようとも、邪神からの攻撃程度で俺の歩みは止めることはできない。

 靄が腕のように伸びてくるも、薙ぎ払うことで一瞬にして消えていく。今更だけど、この剣がもっと早くに完成していれば、こんな事にならずに済んだのかも知れないな。

 邪神からは声と言っていいのか分からないような、叫びを撒き散らしていた。


「お前はここで終わるんだ。それぐらい、分かるんだろ?」


『キサマは一体!?』


 そんな声が聞こえた気がするが……ドゥームブレイドによって本体が切り裂かれていく。

 邪神の核となる黒い宝玉がむき出しになる。

 それを目掛けてドゥームブレイドが貫いていく。

 暴れ狂う靄は完全に停止をしていた。


 それからは何事もなかったかのように、靄だった者と一緒に宝玉も塵となっていく。

 ドゥームブレイドも俺の手から離れて床に落ちることもなく一瞬で消えていく。


 これで、何もかも終わった。

 祭壇の階段に腰を下ろし……最後の仕上げだ。


「アレス。もう終わったのかい?」


「分かっているはずだ。まだ終わってはいないだろ?」


「いつだってそうだ! 何もかも抱え込み過ぎなんだよ。分かっていたのなら、僕にだって教えてくれても良かったじゃないか!」


 ハルトの剣幕に、体が勝手に身構えてしまう。

 神具の効果はすごいな。ハルトの持つ神具から発せられる力は剣だけではなく、ハルトの体からも感じ取れる。

 ここまで、その武器に対して恐怖を持っているなんて……誰がそんな物を用意していたのだか。

 これも製作者が用意したものなのか?


「ハルト。後のことは全部お前に任せる。できることなら、幸せにしてやってくれよ?」


「そんなの無理だよ、無理に決まっている! 僕にそんな事できるはずがないってことぐらい、アレスも分かっているだろ?」


 ハルトやレフリアが拒もうとも、三人が拒もうとも、それもまた決まった事なんだよ。

 俺がそう言ったから、父上たちを脅してまでも決めさせた。

 あの三人は、ハルトの婚約者として……俺の代わりを任せた。


 これが良かったなんて思わない。

 俺がこの世界に来て、俺のせいでこうなってしまった世界で、皆が生き残るにはこれしか方法は見つからない。


 魔物の暴走は、強者の武器を持つ皆なら、誰も成し得なかったダンジョンの攻略者がいる限りきっと多くの人を守るだろうな。

 その中心にはハルトとレフリアがいる。


「今すぐじゃなくても、いつかきっとできるはずだ。焦ることなんて無いだろ? 結論を急ぐなって」


「それはアレスも同じことだろ? 僕たちは何時もアレスを追いかけてた。少しでも追いつけたと思っていたのに……勝手ばかりをして!」


「俺にそんな事はできないさ。だから、親友であるお前に頼みたいんだよ」


「本当にダメなんだね……」


 何も言わず一度だけ頷く。

 ハルトは両手でしっかりと剣を握り締める。

 もう少し大人しくしていろ、お前はここで終わるんだよ。


「狙う場所、間違えるなよ?」


 みぞおちを人差し指でとんとんと叩き、立ち上がる。

 これ以上はあまり時間がないようだな。

 ハルトは、ギュッと目を閉じて、一呼吸してから目を開く。


「ああ、分かっている……アレス、守ってくれてありがとう」


「俺はお前たちに出会えてよかったよ」


 そう言い残して目を閉じる。

 勝手に発動するシールドは、神具が打ち破り俺と一緒に邪神を貫く。

 邪神が最も恐れる武器。


 あれが何なのかは俺は知らない。だけど、邪神を倒すためには必要なものだったが……俺ではその武器は何故か扱えなかった。

 理由は全然わからないが、教えて貰ったことだけは実行に移すことが出来た。


 邪神の一部を俺の中に封じ込め、完全に消滅させる唯一の方法。


「ありがとうな……ハルト」


 最悪の結末は、俺が感じたあの苦しみをミーアたちに背負わせることになってしまった。

 レフリアにも嫌な役回りをさせてしまったな。アイツのことだから、かなり怒っているよな。

 だけどさ、お前たちならきっと大丈夫だろ?


 俺なんかの悲しみなんてそう長く続かないさ。

 皆を守れたことが俺は嬉しいんだよ。


「元気……で、やれ、よ」


 神具の力は俺の中にいた邪神を完全に消滅させていた。 

 封印されることもなく、コイツの望み通りに……。


「アレス? 答えくれよ!」


 ハルトの声にアレスに何も答えることはない。

 貫いた体が剣から離れ、仰向けにその大きな体が横たわる。


 レフリアが結界を解除し、三人は一斉にアレスに向かって走る。

 アレスを取り囲み、どれだけ声をかけても、回復魔法が無駄だと分かっていても、決してそれをやめようとはしなかった。


「アレスさん、しっかりしてください」


「アレス様……お願いです、目を開けてください」


 アレスの体は、光りに包まれていく。

 魔物とは違って塵になっていかず、白い光の粒となり空へと向かっていた。

 ハルトにレフリアは寄り添って背中を支える。そのまま肩に顔を置いてハルトは涙を流していた。


「アレス様! なぜアレス様が!!」


 ミーアは消えゆくアレスの体を抱きしめるが、溢れ出す光は留まることもなく辺りを包んでいく。

 真っ白な空間へと変わっていき、抱きかかえていたアレスの体も光となっていく。代わりにミーアの手に小さな箱が残されていた。

 その時はっきりと声が聞こえた。


『約束だったよな?』


「アレス様?」


 幻聴に見上げたミーアの目には、空から降り注ぐ太陽の光に目を細める。ミーアの周りには埋め尽くされた雪は、キラキラとその光を反射し眩い光となっていた。

 残された箱を握りしめミーアの泣き叫ぶ声が響き渡る。


「あの馬鹿」


 ミーアの姿を見て、レフリアはそう呟き目を背けていた。

 ダンジョンは消えてなくなるが、ここにはアレスの姿はなく誰もが涙を流し続けていた。



   * * *



 レフリア達は、数日掛けてローバン家に戻っていた。

 戻ってきた彼女たちは周りには一緒にいるはずのアレスが居ないことで、立派に成し遂げたということをアーク達は感じ取る。

 誰からも称賛されべきことなのに、そこに喜びはない。


「おかえり……」


「ローバン公爵様。これをお返しします」


 レフリアは、アークに預かっていたアミュレットと魔晶石を渡す。

 アレスの唯一の遺産。

 何も残すこともなく居なくなってしまい。アレスらしいと言えばアレスらしい、そんな事をアークは思っていた。


「ありがとう。今日はここで休むといい」


 その日の夜。

 ミーアは残された箱をゆっくりと開ける。

 中には紙が入っており、開いたことでその紙は床に落ちる。


「アレス、様」


 紙の下には、指輪が収まっている。

 子供の頃に貰っていた物よりも大きく、ミーアの指にすんなりと嵌る。

 青い宝石が三つ、真ん中が大きく淡い青色と、隣りにある小さい宝石は濃い色をしていた。


『ミーアへ


 遅くなって悪い。』


 落ちていた手紙にはそれだけが書かれていた。

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