第150話 旅立ち

 アレスがこの世を去ってから、二年の時が過ぎた。

 グルドラリア王国にあった三つの公爵家。


 ローバン、バセルトン、ヘーバイン。


 三公爵領は統合し、現在では一つの国家に変わっていた。これまで存在し得なかった、グルドラリア王国の敵対国として。

 ベファリス王子を始め、中央貴族は公爵家の失墜を目論んでいたが、国家として対立をする形となり、やがて新たな王を推戴して徹底抗戦した。


 亡きアレスを今更陥れようとするベファリスに対してアークが黙っているはずもなく、アレスの仲間だったハルト達率いる部隊は、これまでの経験を活かし数多くのダンジョンを攻略した。


 ダンジョン攻略者。その効果が絶大なもので、新国家の民は支持を一気に高める。

 アレスが残していった、強者の武器は今も尚その力を各地で奮っていた。

 ダンジョンに怯えることが無くなった民達のおかげで、国力の差はますます開いていく。


 アレスの提案で冒険者専用の学園が設立された。パメラとメアリの指導によりラカトリア学園とは比べようもない質の高さに、歴然の差を見せつけている。

 たとえ優秀であっても、最初から学園生だけでダンジョンに挑ませるようなこともなく、既に活躍している冒険者たちを付き添わせ経験を積ませた。


 レベルアップという見えない概念を元に、魔物と対抗していく生徒たちは指導を受けながら均等に魔物を倒していくことで、確実な成果を上げていった。

 冒険者を志す多くの者がこの学園で教育を受け、またクラン制度が導入された結果、冒険者たちの犠牲者は減っていく。


 グルドラリアに属していた元グルーザイド公爵領。

 新国家は、数々のダンジョンを制覇し、豊かになっていく一方。

 疲弊し続ける領地を見て、ダンジョンの脅威に対抗するため新国家に属することになる。


 グルドラリア王国として当然納得できるものではない。

 報復のために、兵士が送られるものの、戦力差によって迎え撃たれる。


 このようなことになった背景は、三公爵が居なくなったことでグルドラリアでは、これまでのような対策が取れなくなり、ダンジョンにいる魔物の数が増え犠牲者が増え続けていたことにあった。

 ハルトとレフリア達によって、グルーザイドのダンジョンが攻略されたのが決定打となって、民を守るため属する方法しか生き残るすべがなかった。

 グルーザイドが無くなったことで、グルドラリア王国は更に荒れていく。国交は完全に断絶されているので、食料の供給は絶たれ残されていたダブグレストも、疲弊していく国に見切りをつけた。


 これで、全ての元公爵領が一つの国へ変わった。


 全方面から、包囲された形となったグルドラリア王国に、新国家に対抗するだけの力は無くなっていた。

 アーク達はこれ以上何もすることはなく、グルドラリア王国が滅びゆくさまをただ待ち続けていた。

 全ての資源を絶たれた王国周辺では、農地が広がるものの民は貧しい生活を強いられていた。


 民は救いを求めて国から離れ、アーク達は困窮する民たちを快く受け入れた。

 仕事を与え、まともな生活ができるようにと、何もかも準備を整えていた。

 その事実を知ったため更に多くの民がグルドラリアから逃げ出していく。


「陛下! このままでは我がグルドラリア王国は……」


 新国家が生まれ、二つの元公爵家が寝返ったこの出来事は、ベファリスが王となってわずか一年の事である。

 ダンジョン攻略者という肩書きを使い、王になったことで、三公爵は予てより計画していたことを実行する。新国家を敵に回したことで、国を維持する事ができないほど国力は落ち込んでいた。


「黙れ! お前達の言いたいことぐらい分かっている」


 せっかく王になったものの、城から見える王都は以前のタシムドリアンのように荒れ果てていた。

 平原に農地を作ったとしても、すぐに実るはずもなくまだ農地とも言えないものばかりだった。

 これまで勝手気ままに暮らしてきたベファリスにとって、今のような生活に耐えられるはずもなく何もかもに苛立ちをぶつける。


「随分と、お困りのようですね」


 渦を巻いた黒い闇の中から、真っ黒なローブで身を包み顔を隠した者が突如姿を現す。


「貴様は!?」


「嘆かわしいですね。そんなに憎いのですか? あの、アレス・ローバンが」


 その言葉を聞き、ベファリスは、目を大きく開き剣を抜く。

 ギリッと歯を鳴らしその顔は憎悪へと変わっていく。今もなお、その名前を聞いただけで怒り狂う彼の姿を見て、両手を広げてため息を漏らす。


「本当に情けない人ね」


「無礼者! 衛兵、コヤツをこ、ろ……」


 腰を抜かしていたにも関わらず、威勢のある声は最後まで言葉を発することもなく、首が切り落とされて、床に転がった。

 また剣を抜こうとした何人もの衛兵全てが、黒い刃によって背中から胸を貫かれていた。

 ベファリスは殺されなかったが、剣だけがずたずたに斬られていた。


「お前は一体……」


「まさか、こんな事になるだなんてね、思いもよらなかった。今の貴方は最早害悪でしか無いのよ。さようなら」


 そう言い放ち手をかざした先には、黒く何かがうごめくような球体が出現した。

 腕を下ろすと球体は床を突き破り、下へ下へと突き進んでいく。その衝撃によって壁に多くの亀裂が入っていた。


「それでは、ごきげんよう……殿下。いえ、今は、陛下でしたね」


 そう言い残し、闇に飲まれるとさっきまで居た人物は、ベファリスの前から完全に姿を消した。

 最下層まで到達した球体は大爆発を起こしたが、まるで結界が張られたかのように街に被害はなく城だけが崩壊して王宮は姿はただの瓦礫すら残らない荒野に変わる。


「哀れな最後ね」


 かつて栄えていた、グルドラリア王国はその王政に幕を下ろすこととなる。

 何が起こったのかわからないまま、アーク達は事態の収拾に乗り出し、残っていた民を救済しつつ調査を進めていく。


 しかし、何一つとしてわからないまま、何もかも終わっていた。


 それから一年の月日が流れた。

 グルドラリア王城があった場所には、小さな城を建てられようとしていた。

 王都だった場所は積み上がっていく城と同様に活気が戻っていく。新国家の国王と言っても名ばかりで、かつて五つあった公爵家。

 この場所は六個目の公爵家という認識に近いものになっていた。


 ローバン公爵家では、これまでの対応にも区切りが付き、ようやく落ち着きを取り戻していた。


「奥様?」


「セドラさん、私はそろそろ行きます」


 そう言ってミーアは、あの日以来使っていなかったあのエストックを腰に下げ、装備を整えていた。

 パメラとメアリは、ハルトの側室となったがただの肩書だけで、新しい学園の講師として日々を過ごしていた。しかし、ミーアだけはそれを受け入れることはなかった。


 これまでの三年という月日によって、ようやく立ち直る兆しを見せたことは喜べるが、セドラとしては複雑な思いだった。

 完全武装する彼女の姿に、考えてはいけないことがよぎる。


「奥様! これからどちらへ行かれるのですか」


「訓練場です。私はアレス様のように、ダンジョンと戦い。アレス様のように、民を守りたいと思います」


 失われていた瞳に光が宿り、その姿はアレスの隣りに並んでいた、昔の面影が重なって見えていた。

 セドラは頭を下げドアの横に立つ。ミーアに進路を譲り後ろをついて行く。


 ミーアはエストックを振り回し、忘れていた感覚を思い出そうにもそう簡単に三年という月日は短いものではない。


「奥様。よろしければ私がお相手を致しますが?」


 セドラは二本の木剣を持ってミーアの前に立っていた。


「セドラさん。私はそのように呼ばれるべきではないと思います」


「私はアレス様の執事。であるのならば、その奥方に対して、奥様とお呼びするのは当然のことかと」


 ミーアとアレスは婚姻を結んではいない。

 婚約は解消されたが、ローバン家のアレスの自室でミーアは引きこもっていた。帰ってくるはずのないアレスを待ち続けた。だから、ローバン家の使用人はそういうものだと勝手に解釈をしていた。

 アレスに囚われ、この場所を……アレスの部屋から出れなかったミーアを、アレスの妻として迎え入れていた。


「奥様がなんと申されましても、私は奥様のためにこの生涯を捧げましょう」


 差し出される木剣を受け取り、少し困った顔を見せるミーア。

 セドラはそんなミーアに対して、容赦なく攻撃を繰り出していく。

 そんな二人を見ていた、アークはホッと胸を撫で下ろしていた。


 半年もすれば、ミーアはダンジョンへ向かう。

 何もしていない生活ではなく、アレスと同じようにダンジョンに立ち向かいと思っていた。

 理由は些細なもので、アレスが残してくれた指輪。

 その指輪の効果が発現したことで、そう思わせるきっかけとなった。


「ミーア。これを持っていきなさい」


 アークは剣を差し出す。

 鞘で隠れていたとは言え、柄を見ただけでそれが何かを理解していた。

 今も目に焼き付いて離れない光景が脳裏をよぎる。


「公爵様……それは使えません」


「やれやれ、娘にそんなことを言われると辛いな。いいから持っていきなさい、きっとアレスもそれを望んでいる」


 アークが渡そうとしている剣は、アレスを殺した剣。

 ミーアにとって、邪神を倒したというよりもそちらのほうが強い印象を持つ。


「アレスは、君に託したかったのかもね。今はそんな気がしてならないよ、持ってみるといいよ」


 ミーアが剣を手に取ると、アレスとの辛い過去ではなく、楽しかった思い出が蘇る。

 不思議と暖かさに包まれるような感覚に戸惑いながらも、ゆっくりと剣を抜く。


 剣の姿を前にしたミーアは、あの記憶は思い出すことはなかった。

 そして、穏やかな気持ちに包まれていた。

 まるで……アレスが隣りにいてくれるかのような気持ち。


「ここにはいつでも帰ってくるといい」


「はい。ありがとうございます、お父様」


 ミーアはその剣を背負い、町の中へと消えていく。

 その顔には、迷いはなく晴れ晴れとしたものだった。








   * * *




「俺は確か……邪神と一緒に?」


 なんで?

 こんなにも見覚えのある部屋にいるんだ?


「うわっ、何だよこれ! どうしてこんな事になった?」

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