第148話 邪神復活

 ミーアは目を丸くするものの、そんな突拍子もない言葉に、ぎこちなく首がゆっくりと左右に揺れる。

 

「今日から執行される。父上達は皆承諾済みだ、ミーアがどう足掻いたとしても結果が変わることはない」


「な……なぜなのですか? どうして、アレス様が?」


 ミーアはそのまましゃがみ込み、両手で耳を塞ぐ。

 今俺から聞かなかったとしても、この事実は変わりようがない。

 何もかも決定されている。朝になればこの屋敷に俺の居場所は無くなる。


「今までありがとう。居なくなる相手……いや、こんな俺なんかよりも、ミーアならきっと良い人は必ず見つかる」


 声が届いていたのか、ミーアは何度も首を振り、俺の元へ駆けろようとするが俺が展開しているシールドによって阻まれる。

 何度もシールドを叩こうとも、決して打ち破ることは出来ない。

 そんなミーアの姿に目を背けることもなく、見ていることしかもう出来ない。


「どうしてなのですか! なぜアレス様がそのようなことに!」


「ミーア……さようなら。元気でな」


 手をミーアに向けて、魔力糸によって自由を奪い取る。


「嫌、待ってください! アレス様。アレス様!!」


 会場のドアを開いて、ミーアを床に下ろす。

 俺達を見ていたクーバルさんは抱きかかえて、嫌がるミーアを連れ出していた。嫌なことをさせてしまったが、俺を見る目からは怒りを感じられなかった。

 ミーアが居なくなったことで、影に隠れていたレフリアたちがやってきた。


「今のはどういうつもりなのかしら?」


「お前達は知っているんだろう? なら、あえて説明をする必要があるのか?」


「何か他に方法があったとは思わないの? これじゃミーアが可哀相だわ」


 レフリアの言いたいことは分からなくはない。

 しかし、現状においてベリアル程度に苦戦をするような仲間なら……ただの足手まといでしか無い。


 だけど、一人だけの力はどうしても必要になる。

 この中で選ばれたのが、ハルトとレフリアだった。


「お前達には悪いとは思っている。重荷になるのも分かっている、だけど……俺はハルトに託したい」


「分かった……だけど、僕はそうならないことを願っている。それだけは忘れないで欲しい。僕が何を考えているかなんて、親友のアレスなら分かっているよね?」


 軽くシールドを叩く。ハルトなら、俺の胸を叩いていただろう。

 しかし、そんなハルトの問に対して、答えはなく、終わりは既に決まっている。

 これが今の全てにとって最善であり……俺たちだけが最悪なだけだ。

 ただ、俺のせいでこうなったと言うだけだ。


「頼んだぞ、親友」


 俺は一人で、逃げるように上空へ飛び立つ。

 魔力を集中させ、周囲に風を巻き起こす。

 やがて分厚い雲は無くなり……柔らかな光を放つ月が姿を見せる。


 ここだけ開かれた空は、自分の心を現しているかのように見え、月を見ていただけなのに涙がこぼれていく。

 どうしようもなく、何度拭い取っても止まることはなかった。



   * * *



「アレス。気をつけて」


 朝になり、父上が用意してくれた物資を収納していく。

 家を追い出されるということになっているにも関わらず、この量は明らかにおかしい。

 全く何処まで過保護なんだか……。


「父上、どうかお元気で。兄上、後のことはお任せします」


「ああ、分かっている」


 母上は何も言わず、抱き締めてくれたので、俺も手を回す。

 この人達が俺の家族で居てくれて本当に良かった。

 もっと違った生活もあったと思う。


「母上、そろそろ行きます」


 レフリア達と一緒に、馬車に乗り込む。

 最後ぐらいはという、兄上の提案に不要だと言ったものの、最後まで聞き入れてくれることはなかった。

 もしかするとという不安が、よぎってくる。


「皆、お元気で、さようなら」


 馬車が動き始め、レフリア達は神妙な面持ちをしている。俺が巻き込んだのだから、最後ぐらい文句の一つがあってもおかしくはない。

 それなのに、未だ会話の一つもなくただ時間が過ぎていく。


「ああ……やっぱりか」


 俺がそう呟くと、少し経ってから馬車はゆっくりと止まり、扉が開かれる。

 納得のできない三人は、ここで待っていたのは兄上の提案から推測していたため。索敵を展開している俺にはこうなることが予想できていた。


「早く乗りなさい」


 レフリアはそう言って、俺の許可もなくレフリアの隣にメアリが座り、パメラとミーアが俺の隣に座る。

 扉が閉まると、何事もなかったかのように再び進み始める。


 こうなってしまった以上、三人を置いて行くというのをレフリアたちも納得はしていないのだろうな。

 これだけ巻き込んでおきながら、今更虫のいい話にならないだろうな。


「アンタのことだから、怒るのかと思っていたわ」


「お前達は本当にこれで良かったのか?」


 三人は頷く。レフリアは目を閉じて首を振るが、何を今更といった様子とも取れる。

 なら、せめて……覚悟の揺らぐことのないようにするだけだな。


 馬車は王都まで使うこととなっていて、のんびりとした時間を過ごしていた。

 婚約者でなくなったにも関わらず、俺に関わろうとしてくる。

 そんな彼女たちを抵抗をすること無く受け入れ、行き過ぎたアプローチに戸惑う。


「それで……?」


 王都に辿り着き、皆の体を休めるために、明後日から向かうことに決めた。



   * * *



 用意していた、箱に皆を乗せラストダンジョンに向かう。

 ダンジョンが暴走することもなく、何処にも被害は出ていない。

 アムドシアスとの戦闘があった場所も、真っ白に降り積もった雪に覆われていた。


「ここが目的の場所だ」


「そう……皆、気を引き締めてね」


 武器を構えて下へ続く階段に足を踏み入れる。

 ここの魔物の多さは尋常ではない。だからと言って無尽蔵というわけでもない。

 あれから時間が経っているとは言え、ここにいる魔物はそれほど残っていないだろう。


 索敵を展開しただけで、異常な情報量に吐き気すら感じていたこの場所ですら、風球だけを使って奥へ進んでいける。

 最下層までの階段を既に知っている。魔物による妨害も全く無いため。

 順調に歩みを進めていく。


「アレス様。ここには一体何があるというのですか?」


「俺の目的か……それとも、願いかだな」


 ミーアは俺の言葉に納得の出来なさそうな顔を浮かべていた。

 ここが終われば、ミーアが死ぬことはなくなる。

 それに、家族も、友人たちも死なずに済む。


「この奥が最終地点だ」


 ダンジョンの最下層にあるボスの部屋と比べて不自然な扉を開けていく。

 さっきまでいたダンジョンの内部から雰囲気がガラリと変わる。

 教会の祭壇のような作りで、柱が八本ありその間の天井部分はアーチになっている。

 先にある壇上はご丁寧に段差が設けられ、四本の両腕を広げ真っ直ぐにこちらを見る、不気味な像が置かれている。


「あれが?」


 レフリアは一歩後ろへと下がり、まだ復活をしていない像に恐れをなしている。


「レフリア、後のことは頼んだぞ?」


 俺はそのまま進んでいく。

 この日のために、俺はここに居る。


 手を上げ、レフリア達の周りに巨大な氷の壁を作り出す。

 シールド並の強度を持つ壁があれば、後ろにいるレフリアたちも少しぐらいの時間は稼げるだろう。


「アレス様!」


 ミーア。


「アレスさん」


 パメラ。


「アレス様」


 メアリ。


 三人の呼びかけに、振り向かないと決めていたが……俺は立ち止まって振り返ってしまっていた。

 透き通る壁にするべきじゃなかったな。

 最後の最後で、俺はミーアを泣かせることしか出来ない。


「レフリア! 悪いな」


 レフリアは氷の壁に囲まれた四方に、魔晶石を置いていく。

 目を閉じて、鍵となるアミュレットに魔力を注いでいく。

 結界に包まれたことで、ミーアの泣き叫ぶ声は聞こえなくなり、三人に向かって手を上げて前に進んでいく。


「後のことを気にする必要はもうない」


 奴はまだ復活をしていないためこの一撃によって完全に復活する。

 魔力を集める時間も十分すぎるが……像に向けて、アレス最大の魔法をぶつける。


「テンペスト!」


 荒れ狂う嵐によって、像が粉々に砕かれていく。


「レフリア様。何か知っているのですか?」


「馬鹿げた話だけど……アレスを信じるしか無いわよ。私達には何も出来ないのだから」


「ミーア様はそのようなことをお聞きしたいわけではないと思います」


「あれが、邪神だそうよ。アイツだけが何故かその復活を知っていた。そして、たった一人で、倒すつもりなのよ」


 ようやくお出ましだな……。

 俺の右手には、漆黒の剣ドゥームブレイドがある。

 アムドシアスですら倒せたこの剣なら、お前にだって通用するよな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る