第147話 終わりへと向かう時間

 俺は約束通りに、ローバン家に戻ってきていた。

 レフリア達はあれからダンジョンに行くことはなかったようだ。恐らく負っていた怪我のこともあるし、何より俺のように、雪すらお構いなしというわけにも行かなかったのだろう。


「アレス様。おはようございます」


 セドラはワゴンを押しながら部屋の中に入ってくる。湯気が立ち上るボウルと、水差しも用意していた。

 昔から変わらずと言ったところだな。


 夏だろうとも冷たい水を絶対に用意することはなかったし、元気になったからと言ってもセドラの過保護は健在のようだな。

 顔にお湯をかけ顔を洗い終えると、用意されているタオルが渡される。


「朝食は少し後でいい」


「も、もしやお体の具合が!?」


 あのな……昨日の夜遅くに帰ってきたんだぞ?

 いくら太っている俺だとしても、三時間程度しか寝ていないのに食べる気がなかったとしてもおかしくはないだろ?


「そうじゃない。あまり寝ていないから食欲が湧かないだけだ。後で食べるから冷めててもそのまま残しておいてくれ」


「かしこまりました。ですが、もう一度お聞きしますが、本当にお体は大丈夫なのですか?」


「眠いだけだって。心配し過ぎなんだよ」


 セドラは、怪訝そうな顔を浮かべながらも、ワゴンを持って部屋から出ていく。

 あの心配性も変わらずと言ったところだけど……少しだけ老けたような感じがするな。

 父上よりも二歳年上だっけか、俺のことで色々と苦労をかけたようだから父上もあの頃に比べて老いが見え始めているのかもな。


「明後日は、年末のパーティーか」


 三公爵、ローバンを筆頭にバセルトン、ヘーバイン。

 現在は王国と水面下で争っていた。仕掛けてきたのは中央貴族の連中と、あの馬鹿王子。

 ハリボテを利用してなぜ公爵家を相手に争うのか全く理解が出来なかった。


 これまでの平穏だったはずの王国に置いて、こんな事はただの愚策でしか無い。

 王子の口車に乗せられて、中央貴族共は言いなりになっているのだろう。


「そのことに関しては、俺の出る幕はないだろう」


 魔物を倒せるからって、人を殺したいと思わない。

 王政が間違っていたとしても、俺のようなやつが前に出るだけで王族だけでなく、多くの民が犠牲となる。


 タシムドリアンのような悲劇を誰だって起こしたいとは思わないだろう。

 だけど、あの王子はダンジョン攻略者という武器を使って宣戦布告とも取れる怪文書を送りつけている。

 見て見ぬ振りをしていたが……あの時見せていた父上と兄上の怒りは凄まじいもので、会いに行くだけでもかなり緊張した。


「暗殺なら、俺なら余裕でできるのだろうけど……」


 その後を考えれば、誰が仕掛けたかはすぐにバレる可能性も出てくるだろう。

 例えバレなくても、疑われるようなことが続けば、何処かで必ず対立が生まれる。


「あれは? 兄夫婦?」


 窓を開けて、兄上達の所へ向かう。


「おはようございます、兄上、姉上様」


「おはよう、アレス。たまには付き合わないか?」


 兄上は最近俺に対してやけに丸くなっている。

 剣の訓練も厳しいものではなく、体を温める程度のようなものだ。


「そうですね。しょうがないので、お二人を相手にしてあげますよ」


「アレス君、随分と余裕を言ってくれるわね」


 そうは言うものの、姉上様も人が変わったかのように優しくなっている。

 あの忌々しい物を使って脅してくるようなことも無くなり、多少の我儘ですら怒られるようなことも無くなった。


 その原因があるとするのなら、俺の左腕が関係しているのだろう。


「今日はシールドを打ち破れるといいですね」


 シールドを展開し、氷の棒を作り出す。

 兄上は剣を抜くと表情が一変する。俺が動かなくても、二人の剣が俺に届くことは絶対にありえない。

 兄上たちもそれが分かっているので、全力で向かってくる。


「行くよ、アレス」


「なら、こちらから行きます兄上」


 俺のレベルがカンストしていたとしても、剣術は大して成長していない。

 兄上たちにとってそれほど脅威の相手になりえないが、運動をするには丁度いい相手になる。


 訓練とは言え、全力で戦うにも怪我をさせてしまえば色々と支障も出てくる。

 俺の攻撃は昔から当たることはなく、兄上の攻撃はシールドによって防がれるから、全力を持って戦える。


 しかし、二人を同時ともなると、相変わらず攻撃の手段がエグいとしか言いようがない。

 子供の頃に父上が全力でなかったにせよ倒しただけのことはある。

 魔法もなしでよくこんな事ができるよな。


 俺たちが朝の訓練をしていると、父上とセドラも加わり、仲間はずれは嫌と言って母上も参戦してくるが……何で俺の仲間にはなってくれないんだ?

 それとも、全力をそんなにも出したいというのか?


「待って、もういいだろ。寝起きでこんなに動かされて、腹が減ってきたんだよ」


 一時間ほど動き、訓練というよりも決闘だな。

 そんなに俺のシールドを破りたいのか?

 確認できることじゃないのだけど、恨み辛みというわけじゃないよな?


 使用人たちは、パーティーの準備に取り掛かっていた。

 そんな中先にやってきたのは、バセルトン公爵家当主、ガドール・バセルトン。

 その息子二人とレフリアがやってきた。


 俺がとある提案をすると、長旅で疲れているというのにガドール公爵は快く受け入れてくれる。

 屋敷の中でなく、訓練場に案内をするとハルトに向かって大きめの木剣を放り投げる。

 大剣ほどではないが十分だろう。


「ちょっとアレス? これは一体?」


「レフリアの武器はさすがに止めておいたほうがいいかもな」


 多分問題はないのかも知れないが、対象が俺でないのだから用心するべきだろうな。

 レフリアにも木剣を渡し、ここに居る全員にシールドを掛ける。


「ようし、ハルト。お前の実力を確かめさせてもらうぞ!」


 ガドール公爵は持ってきていたバトルアックスを構える。


「兄さん。本気で行きます」


 ハルトはレフリアへと視線を向けると、ニッコリと笑うレフリアに安堵していた。

 だけど、レフリアはブレイブオーラを発動させていた。


「り、リア……冗談だよね?」


 俺が朝に味わったことを、今は親友であるハルトにも経験してもらうことにした。

 何とも微笑ましい光景ではないだろうか。

 ハルトを追い回す、三人を見て俺は一人でケラケラと笑っていた。


「なかなか楽しいことをしているようだね」


「ガドール公爵がなかなか来られないので、様子を見に来たのだけど……アレス、説明をしてくれるかい?」


 背後から、あまりにも聞き慣れた二人の声に、笑っていた俺は固まっていた。

 ヒュンという音が聞こえ、慌てて二人から距離を取る。


「おお、アーク。なら、五対二と行こうか」


 父上の攻撃を交わしながらどんどんと追い詰められていく。

 ハルトからは、抗議を受けるものの俺たちとは違って、なぜだかこの五人は連携がうまくまとまっていた。


 そんな時間も、ローバンらしいと言うか、俺自身が楽しんでいた。



   * * *



 そして、色々とあったが……年末のパーティーは予定通り始まる。


「それじゃ……最初は誰が踊ってくれるんだ?」


 そう言ってみたものの、俺が差し出した手を誰も取ろうとはしない。

 俺から一人ずつ誘えってことなんだろうな。


「え、ええぇ? わ、私からなの?」


「誰だっていいだろうが。お前達は俺の婚約者なんだから……」


 パメラの手を取って中央に進んでいく。

 多少の不自由はあるが、好き勝手に踊っていく。最初は緊張していたパメラだったが、踊り始めていくと、自然な笑顔に変わる。


 そんな顔をされると、こちらも釣られるように笑顔を浮かべてしまうが……大丈夫なのだろうか?

 俺が笑ったことで不審がられないか、周囲を見ていると、パメラに怒られてしまう。

 ダンスの時ぐらいは、自分だけを見て欲しいと言われる。


 次の相手はミーアだった。

 パメラのような大きな動きはなく、ゆったりとしたものへと変わっていた。

 三人とも綺麗に着飾っているにも関わらず、こうして近くでミーアを見てしまうと、自覚してしまう。その思いに恥ずかしさがこみ上げてくる。


 そして、チラチラと見ていたのがバレてしまったのか、ミーアも恥ずかしそうにしていた。

 視線をもう少し上げろと言われ、パメラとはまた違う指摘をされてしまう。

 そういうのならもう少し露出を控えてほしいものだ。


 ミーアからメアリに移るのだが、手を引かれるがまま休憩用のソファーの場所に連れて行かれる。

 メアリが言うには、手伝いもなく一人だけで作ったらしい。

 元々料理がうまいのは知っていたけど、さすがメアリなだけはある。

 俺のために用意してくれたカップケーキのようなものを、メアリ自身の手を使って俺の口へ運んでくる。


 まるで勝ち誇ったかのような笑みを浮かべて、二人に向けられる視線は、まさに小娘扱い。

 敢えて一口では食べ切れない大きさにした理由は、俺の口だけではなくメアリの口にも運ばれる。

 俺たちの様子を見て、腹立たしく思っているのだろうが、今はメアリとの時間であって既に自分たちの時間が終わっている彼女たちが手を出すことはしない。

 メアリは色々と用意周到だよな。二人はダンスのことを意識していたようだけど……。


 そんな時間は過ぎ、そろそろ時刻が変わろうとしていた。


「アレス様、このような場所で……」


「ミーアか。雪が降ってきたから、少し見に来ていただけだ」


 何時の間にか降り出していた雪によって、庭は少しずつ白く染まっていく。

 このローバンで雪が降るのは珍しい。着ていた服をミーアの頭からかぶせて肩を並べた。

 ミーアの手は、俺の腕を掴み雪を眺めながら頭を預けている。


「また空から見てみるか?」


「いえ、今はこのまま眺めていたいです」


 会場からは、日付が変わったことで新年を祝う言葉がガドール公爵によって語られていた。

 今日この日をもって、何もかもが終わり、俺たちの関係も変わっていく。

 俺が一歩前に進むと、ミーアも一緒に足を踏み出す。


 ミーアの手に触れ、俺たちの手は繋がることもなくただ掴んでいた指をほどき、俺だけ前に進む。

 少し進んだ所で振り返る。


「今日。俺たちの繋がりは無くなった」


「何を仰っているのですか?」


「アレス・ローバンはローバン家当主によって、廃嫡と追放が言い渡された。同時にミーア・シルラーン。パメラ・ヘーバイン。メアルーン・バセルトンこの三名との婚約は解消となった」

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